アンリミテッドペイン
真相の一片
「春日あかり」
佳那から発せられた名前を聞いて、俺は―――
(あぁ、やっぱりか)
と自分の中でも予想していた名前だった。
本当に彼女は俺のことを嫌っていた。その事実が胸を締め付けてくる。
「城一郎さん」と佳那が心配そうな表情を俺にみせる。
嗚呼、そんなに心配するほど、俺の表情が酷いのか・・・・・・。
「城一郎さん、心中察します。でも、まだやるべき事は残っています」
「やるべきこと?」
「ええ、城一郎さん。貴方はこう言いました
俺のクラスで、俺が『アンリミテッドペイン』のプレイヤーだとか、アバターネームである『痛み傷』なんて知ってる奴はいないんだ
では、春日あかりさんは、なぜその事を知っていたのでしょうか?」
 
 「なぜと言われても・・・・・・」
いろいろな可能性が頭に浮かぶが、とても正解とは思えない。
なぜ、春日あかりは、『アンリミテッドペイン』での俺を知っていたのか?
「城一郎さん。タブレット端末を出してください」
俺は言われるがまま、佳那にタブレット端末を差し出す。
それを佳那は慣れた手つきで操っていく。
やがて、佳那の指が止まり、「やっぱり」と彼女は呟いた。
そのまま、佳那はタブレット端末の画面を俺に見せた。
そこに表示されているのは、今までに見た事もないような画面表示。
なんらかのアプリか?
「このアドレスに見覚えはありますか?」
画面の一部の表示されている数字の羅列。
見覚えは・・・・・・ある。
「確か、そいつはあかりのアドレスだ」
佳那は「・・・・・・でしょうね」と小さくつぶやいた。
「あなたのタブレット端末は、春日あかりさんのタブレット端末と同期させられてます」
「同期?どういう事だ?」
「城一郎さんがタブレット端末を使用した際、あかりさんのタブレット端末に情報が送信されている・・・・・・という事です」
あかりのタブレット端末へ?送信?
「つまり、俺のタブレット端末はあかりにハッキングされているという事か?」
いやいやいや。だってあかりだぞ?
俺のイメージするあかりは、そんな真似ができる奴じゃない。
性格的な事だけではなく、技術的な意味でもだ。
普通に可愛らしく、明るい女の子。普通の女の子だ。
確かに、そのイメージの源は、彼女と俺の関係が険悪になる前の印象ではあるが―――
人間はそう変わらない。
俺は、その考えを佳那へ伝える。しかし―――
「その通りね。彼女と話した印象では、ハッキングの技術も知識も持っているようには見えないわね。まして、タブレット端末は個人情報の宝庫だから、セキュリティは市販されているPCよりも遥かに高く設定されている」
「じゃ・・・・・・」
「だから、同期なのよ。同期なら、貴方の隙をついて、タブレット端末に直接、自分のアドレスを打ち込めばいいだけ。練習すれば1分くらいで可能なのよ」
「いや、そんな・・・・・・でも、いつだよ?いつ、そんな真似をやれるんだ?彼女は俺の事を嫌っているはずだぞ?そんな彼女が俺のタブレット端末を弄っていたら、流石に不自然だろ!」
俺は彼女、春日あかりを擁護するように思考が動いている。
けれども―――
「さて―――
いつ『あかりさんが城一郎さんのタブレット端末を、同期したのか?』
可能性だけなら、いくらでも考えられますね。
例えば、城一郎さんと仲が良かった時代に遊び半分で同期したとか。
例えば、城一郎さんと仲が良かっ時代から何かを企んでいたとか。
例えば、城一郎さんと仲が良かった時代なんて、本当は存在せずに、タブレット端末を同期するためだけに仲が良かった振りをしていた・・・・・・とか」
何かが壊れる。壊れる音がした。
それは幻想。俺が持っていたはずの春日あかり像。それは幻想だと直視される。
「わかった。もう、良い」
俺はそう言った。しかし、聞こえなかったのか佳那の言葉は終わらなかった。
「けれども、彼女の動機を考えれば、悪意ではなく、むしろ・・・・・・」
「むしろ?」
「いいえ」と佳那は首を横にふる。
「それは、私が言う事でもなければ、城一郎さんが気がつかなければいけない事です」
「 ? それは一体、どういう意味だ?」
「おそらく、城一郎さんだけでは、真相に届くことはありません」
彼女は、はっきりと断言した。
「ですが、時が来れば、ヒントくらいなら差し上げますよ」
そう言って、佳那は笑っていたが・・・・・・
本当に意味がわからない。
ただ、意味がわからない事を言って、混乱していた俺を助けてくれた。
そう思う事にした。
「それで、これからどうします?私のアバターネームまで知っていたという事は、城一郎さんのPCの情報もあかりさんへ流れていると考えるのが自然ですが?」
「PCまでか・・・・・・。今日にでも、その同期設定って消せるか?」
「はい、登録されているアドレスを消すだけですから」
「まず、今日はそれだな。それで、明日は・・・・・・」
「明日は?」
「春日あかりと直接、話す。話して理由を聞く」
俺は、そう宣言した。
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