アンリミテッドペイン

チョーカー

打ち合いの末

 月並みだ。
 これは酷く月並みなセリフだけれど、楽しい時間には終わりが訪れる。
 激しい攻防の中。不意にお互いの攻撃が止まる。
 何か特別な事が起こったわけではない。
 僅かなタイミングのズレ。呼吸のズレ。自分のイメージとのズレ。
 そういった機微の変化が、互いの手を止めさせたのだ。

 呼吸が激しく乱れる。胸が空気を求めて上下する。
 撃たれた部分が熱を宿す。体温はどのくらいまで上昇しているのか?
 機械ならオーバーヒートを越え、熔解してるんじゃないか?
 馬鹿げた想像だが、そう思わざる得ないほどの熱を感じている。

 空気が変わった。今まで以上に張り詰めた空気。
 それを演出しているのは俺ではない。彼女だ。
 『ハイトゥン・イー』は、この戦いに決着をつけようとしている。
 そして、それを可能にする技を繰り出そうとしているのだ。
 西部劇のガンマンも決闘時はこんな気持ちなのだろうか?
 死を司る弾丸に生身を晒し合うような感覚。

 来る。

 彼女の足元から爆発音が轟く。
 震脚。中国拳法独特の踏み込み。
 たった一歩、前に出るだけの動作。
 しかし、その踏み込みが速ければ速いほど、打撃の速度は加速する。
 そして、地面を踏み込む力。体が前進しようとする動きに急ブレーキをかける動きだ。
 慣性の法則に則り、下半身が急停止する事で、上半身は更なる加速が行われる。
 十分に加速した肉体から放たれる突きの威力は、他の格闘技の追随を許さない。
 中国拳法における最強の一撃。
 しかし、爆発音は2つ。
 1つは彼女の足元から―――もう1つは?
 俺の足元から聞こえたものだ。そう、俺の震脚だ。
 彼女の蹴りを主体にするスタイル。強靭な下半身。
 それなら、切り札として震脚を使う技を持っていてもおかしくない。
 そう考え、おれは予め対策を立てていた。
 それは震脚と震脚の打ち合い。つまり、相打ち狙いだ。
 俺の震脚は見よう見まねのモノマネレベル。
 本物とは程遠い技だが、それでも威力は十分に高い。
 相打ちならば、彼女の一撃の威力を削ぐことだって・・・・・・
 1秒にも満たない一瞬の思考。
 俺の拳は彼女に向かい、彼女の拳は俺に向かってくる。
 しかし、互いの拳は互いの体にたどり着くことはなかった。
 俺の腕に彼女の腕が絡みついてくる。彼女の腕は螺旋の動きを開始する。
 俺の腕が行っている真っ直ぐな動きが、横から円を書くような動きで弾かれた。

 「ここにきて、化勁だと!?」 

 化勁とは、相手の突きなどの攻撃をいなすディフェンス技のこと。
 俺は大きく、バランスを崩す。
 無防備な状態な俺に対して、彼女は―――2回目の震脚を行う。
 まるで交通事故。トラックにぶつけられ、体が宙に舞う感覚。
 いや、実際に俺の体は吹き飛ばされている。
 すぐに地面に叩きつけられ、転がされる。
 だが、俺は立ち上がる。
 俺が吹き飛んだことで彼女との間合いは、広がった。
 およそ、10メートルか?

 「まだまだ、勝負はここか・・・・・・」

 俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 俺の頭上には敗者(loser)の文字。彼女の頭上に勝者(winner)の文字が浮かんでいる。
 もうすでに、俺のアバターに設定されているHPヒットポイントの残量が0まで消費していたらしい。

 「負けた!負けた!畜生が!?」 
 
 俺の叫び声が虚しく、周囲に響いた。

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