アンリミテッドペイン
重なる彼女
  翌日。
「すいません。まだ調子が悪いんで・・・・・はい。休みます」
ガチャと電話を切る。俺は学校を休む事にした。
昨日は、廊下で失神してるのを部活中の生徒に発見され、ちょっとした騒ぎになってしまったので、休みやすい土台はできていた。
 救急車を呼ばれかけたり、誤魔化すのに苦労したが・・・・・・。
今日の夜。
あの女、向里佳那と『アンリミテッドペイン』で戦う。
彼女に、どんな思惑があるのかわからない。
なぜ、俺のアバターネームを知っていたのか?
それを突き止めなければならない。
しかし、それ以上に俺は彼女に勝ちたいと純粋に思っている。
現実世界とは言え、俺は彼女に敗北した。
『アンリミテッドペイン』でも負ける可能性がある。
それが怖い。俺は『アンリミテッドペイン』で負ける事が何と比べても怖い。
さて―――
格闘技の世界には失神癖と言うものがある。
打撃による失神や、絞め技による失神。
失神した夜に普通に寝てしまうと失神するのが癖になってしまう。医学的な根拠は知らないが、そういう考えが格闘技には存在しているのは事実だ。
では、どうするのか? 普通に寝ると失神し易くなってしまうなら、どうやって先人の格闘家は対処してきたのか?
答えは至ってシンプルだ。
寝ない事。
徹夜すればいい。そう考えられていた。
何度も言うが医学的根拠は知らない。
本当に正しい対処法なのかは知らない。
けれども―――
俺は一睡もしなかった。
敗北の悔しさ。再戦への不安。
そして、向里佳那と手を交えた記憶が、頭の中でフレインされて、寝付けられなかった。
その結果の徹夜明け。
しかし、夜から朝までの膨大な時間。俺はベットに潜り込み悶々とした時間を漠然と過ごしていたわけではない。
机の上、PCから浮かび上がるホログロム。三次元で再現される動画。
『アンリミテッドペイン』の対戦動画だ。
膨大な数ある対戦動画をアーカブからサルベージさせたもの。
一人は動物型。
人間型に動物の特徴を組み合わせたようなタイプのアバターだ。
この選手はクマをベースにしたアバターで、黄色いカラーリングを選択している。
上半身だけ赤い服を装備させているのは、何かのオマージュなのかもしれない。
それに対するもう一人。
アバターは人間型。それも女性型。
短くボーイッシュなイメージの髪型。
服装は赤く艶やかなチャイナドレス。
やがて試合が始まる。
動物型の持ち味は、HPの多さ。多少の打撃ではよろめきもしないアーマー効果。
多くの動物型の選手は、優れたフィジカルを武器に攻めに徹底するスタイルがテンプレート化している。
一撃打たれたら2撃を2倍の火力で返す。
そういうタイプのアバターで、黄色いクマも例に漏れず、開始早々、前に出る。
大きく振りかぶった前足。その隙に女性型のアバターは、素早く前蹴りを数発入れる。
クマはアーマー性能でビクともせず、前足を振り下ろした。
紙一重。実際に女性型アバターの前髪の数本が切り取られた。
それほどまでに僅かな回避動作で避けきったのだ。
反撃に、またも素早く細かく前蹴りを放つ。
試合はこの繰り返しになった。
避けては反撃。避けては反撃。その繰り返し。
一方的にHPが削られ、クマ側の焦りと苛つきが見て取れる。
徐々に攻撃が雑に荒々しくなっていく。
それに対して女性型アバターはーーー
「タイミングを取っている。狙っているな」
彼女の挙動から、俺はそう読み取り、言葉を漏らした。
その直後、クマから繰り出されるのは大振りな一撃。
それまで紙一重で回避していた彼女が大きく後退して回避する。
渾身の一撃を回避されたクマはバランスを大きく崩す。そのタイミングに彼女は飛び込んでいった。
文字通りの飛び蹴りで。
しかし、その軌道は従来の飛び蹴りより遥かに低い。ほとんど地面スレスレの低空飛行。
そして、地面と平行に飛ぶ。
狙いは、クマの右足。それもバランスを崩し、体重が集中して乗っている右足。
いかに打たれ強かろうが
いかにアーマー効果があろうが
体重が乗った片足に、体重が乗った飛び蹴りを食らえばダウンする。
そして衝突する。
片足に衝撃を受けたクマは『アンリミテッドペイン』の世界で再現される物理法則のまま、横回転のきりもみ状態で地面へ倒れた。
そのクマに向かい、女性型アバターは・・・・・・
飛んでいた
飛翔。
空を飛ぶ如く。人間離れした脚力で飛び上がる。
一方、仰向けで地面に倒れているクマ。
彼女は、そのクマに最大の攻撃を繰り出そうとしているのが見て取れる。
彼女は、空中で体を丸め、可能な限り体を縮める。
それはまるで、最大限まで圧縮された物体が元に戻ろうと、爆発的なエネルギーを得ていく様子を見ているかのようだ。
そして放たれた技は―――
フットスタンプ。
落下のタイミングに合わせて、伸ばされた両足は、クマの頭部を踏み砕いた。
クマのアバターは消えていく、残された彼女の頭上には勝者(winner)の表示が浮かび上がっている。
最後に見せたフットスタンプ。それは向里佳那が俺に向けて放ったフットスタンプと完全にオーバーラップして見えた。
彼女―――女性型アバターに表示されるアバターネーム。
『ハイトゥン・イー』
間違いない。このアバターは、向里佳那だ。
「すいません。まだ調子が悪いんで・・・・・はい。休みます」
ガチャと電話を切る。俺は学校を休む事にした。
昨日は、廊下で失神してるのを部活中の生徒に発見され、ちょっとした騒ぎになってしまったので、休みやすい土台はできていた。
 救急車を呼ばれかけたり、誤魔化すのに苦労したが・・・・・・。
今日の夜。
あの女、向里佳那と『アンリミテッドペイン』で戦う。
彼女に、どんな思惑があるのかわからない。
なぜ、俺のアバターネームを知っていたのか?
それを突き止めなければならない。
しかし、それ以上に俺は彼女に勝ちたいと純粋に思っている。
現実世界とは言え、俺は彼女に敗北した。
『アンリミテッドペイン』でも負ける可能性がある。
それが怖い。俺は『アンリミテッドペイン』で負ける事が何と比べても怖い。
さて―――
格闘技の世界には失神癖と言うものがある。
打撃による失神や、絞め技による失神。
失神した夜に普通に寝てしまうと失神するのが癖になってしまう。医学的な根拠は知らないが、そういう考えが格闘技には存在しているのは事実だ。
では、どうするのか? 普通に寝ると失神し易くなってしまうなら、どうやって先人の格闘家は対処してきたのか?
答えは至ってシンプルだ。
寝ない事。
徹夜すればいい。そう考えられていた。
何度も言うが医学的根拠は知らない。
本当に正しい対処法なのかは知らない。
けれども―――
俺は一睡もしなかった。
敗北の悔しさ。再戦への不安。
そして、向里佳那と手を交えた記憶が、頭の中でフレインされて、寝付けられなかった。
その結果の徹夜明け。
しかし、夜から朝までの膨大な時間。俺はベットに潜り込み悶々とした時間を漠然と過ごしていたわけではない。
机の上、PCから浮かび上がるホログロム。三次元で再現される動画。
『アンリミテッドペイン』の対戦動画だ。
膨大な数ある対戦動画をアーカブからサルベージさせたもの。
一人は動物型。
人間型に動物の特徴を組み合わせたようなタイプのアバターだ。
この選手はクマをベースにしたアバターで、黄色いカラーリングを選択している。
上半身だけ赤い服を装備させているのは、何かのオマージュなのかもしれない。
それに対するもう一人。
アバターは人間型。それも女性型。
短くボーイッシュなイメージの髪型。
服装は赤く艶やかなチャイナドレス。
やがて試合が始まる。
動物型の持ち味は、HPの多さ。多少の打撃ではよろめきもしないアーマー効果。
多くの動物型の選手は、優れたフィジカルを武器に攻めに徹底するスタイルがテンプレート化している。
一撃打たれたら2撃を2倍の火力で返す。
そういうタイプのアバターで、黄色いクマも例に漏れず、開始早々、前に出る。
大きく振りかぶった前足。その隙に女性型のアバターは、素早く前蹴りを数発入れる。
クマはアーマー性能でビクともせず、前足を振り下ろした。
紙一重。実際に女性型アバターの前髪の数本が切り取られた。
それほどまでに僅かな回避動作で避けきったのだ。
反撃に、またも素早く細かく前蹴りを放つ。
試合はこの繰り返しになった。
避けては反撃。避けては反撃。その繰り返し。
一方的にHPが削られ、クマ側の焦りと苛つきが見て取れる。
徐々に攻撃が雑に荒々しくなっていく。
それに対して女性型アバターはーーー
「タイミングを取っている。狙っているな」
彼女の挙動から、俺はそう読み取り、言葉を漏らした。
その直後、クマから繰り出されるのは大振りな一撃。
それまで紙一重で回避していた彼女が大きく後退して回避する。
渾身の一撃を回避されたクマはバランスを大きく崩す。そのタイミングに彼女は飛び込んでいった。
文字通りの飛び蹴りで。
しかし、その軌道は従来の飛び蹴りより遥かに低い。ほとんど地面スレスレの低空飛行。
そして、地面と平行に飛ぶ。
狙いは、クマの右足。それもバランスを崩し、体重が集中して乗っている右足。
いかに打たれ強かろうが
いかにアーマー効果があろうが
体重が乗った片足に、体重が乗った飛び蹴りを食らえばダウンする。
そして衝突する。
片足に衝撃を受けたクマは『アンリミテッドペイン』の世界で再現される物理法則のまま、横回転のきりもみ状態で地面へ倒れた。
そのクマに向かい、女性型アバターは・・・・・・
飛んでいた
飛翔。
空を飛ぶ如く。人間離れした脚力で飛び上がる。
一方、仰向けで地面に倒れているクマ。
彼女は、そのクマに最大の攻撃を繰り出そうとしているのが見て取れる。
彼女は、空中で体を丸め、可能な限り体を縮める。
それはまるで、最大限まで圧縮された物体が元に戻ろうと、爆発的なエネルギーを得ていく様子を見ているかのようだ。
そして放たれた技は―――
フットスタンプ。
落下のタイミングに合わせて、伸ばされた両足は、クマの頭部を踏み砕いた。
クマのアバターは消えていく、残された彼女の頭上には勝者(winner)の表示が浮かび上がっている。
最後に見せたフットスタンプ。それは向里佳那が俺に向けて放ったフットスタンプと完全にオーバーラップして見えた。
彼女―――女性型アバターに表示されるアバターネーム。
『ハイトゥン・イー』
間違いない。このアバターは、向里佳那だ。
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