アンリミテッドペイン

チョーカー

現実での敗北

 俺の名前を―――アバターネーム『痛み傷ペインウーンド』を呼ばれ、思考が停止した、俺の頭。
 そこに彼女の―――向里佳那のオデコが近づいてきた。
 頭突きが叩き込まれる。一瞬で黒く染まった視界。
 鼻から眼球へ、衝撃が通り抜ける。
 圧迫された眼球から俺の意識を無視して大量の涙があふれ出てくる。
 涙で視覚がぼやける。遅れて来た痛み。
 衝撃でよろけて、1歩2歩と後退。
 思わず、掴んだ向里佳那の手首を逃がしそうになる。
 視線の隅。下から、何から跳ね上がってくる。
 向里佳那の両手は拘束している。
 さっきのよろめきで、互いの間合いは僅かながら開いている。
 ならば足・・・・・・膝か。
 いや、違う。
 いくら、向里佳那が長身と言っても、そのまま放った膝蹴りが俺の顔に届くほど身長差があるわけではない。
 さらに言えば両手が押さえられて、飛び膝蹴りもできないはず。
 ジャンプの気配がすれば、それに合わせて、俺が両手を引けばいい。
 それだけでバランスが崩れる。

 ならば、何か?何が来る。

 もしかしたら、しかし、でも・・・・・・
 この間合いで出せるのか?蹴り技を?

 向里佳那の上半身が後方へ反っていく。後方の壁に後頭部を当たるが意に介した様子はない。
 まるでバレリーナーの柔軟性。不安定な状態でバランスを整える、強靭な下半身。
 彼女の小さく、コンパクトに折り畳んだ足が、踵が俺に向かっている。
 そして、衝撃。

 何の光だ?あれは・・・・・・蛍光灯?
 天井に設置されているはずの蛍光灯が俺の正面にある。
 瞬時に脳を覚醒させる。
 向里佳那から放たれた一撃が、顎を射抜いたのだ。
 跳ね上げられた俺の顔面が、視線が天井を向いていた。
 地面についてるはずの両足から浮遊感を感じる。
 踏ん張りが効かない。気を抜けば、その場で倒れてしまうほどのダメージ。
 ダウンを嫌い、向里佳那に抱き、体重を浴びせようかと思った。
 だが、彼女の束縛はすでに解かれている。いつの間にか、俺は彼女の手首から手を放していた。
 そして、彼女もまた、俺から距離を取って離れている。
 俺は完全に死に体。意識が体から乖離している。

 この状態、彼女がどんな攻撃を仕掛けてきても、俺に対処する力は残っていない。
 取り留めておかないと肉体から零れ落ちそうになる意識。
 薄れいく意識とは反対に、徐々に濃さを増していく敗北感。

 いや・・・・・・
 倒れてしまう、その前に、これだけは聞いておかないと

 「お前、なんで俺の名前を知っていた?」
 「なんでって・・・・・・クラスメイトだからでしょ」
 「―――――しらばっくれんなよ」
 俺の口から放つ強い口調。
 これは虚勢。敗北感からくる虚勢だ。
 強がっておかないと、心が体に屈服してしまう。
 それだけは避けたい。ほんの一欠けらだけ残った矜持がそうさせる。

 そんな俺の心情を彼女は理解しているのか?それとも、まったく理解していないのか?
 彼女はスカートのポケットから、タブレット端末を取り出す。
 「出しなさいよ」
 「なんのために?」
 「この状況で電話番号とメールアドレスの交換以外にあるの?」
 「それこそ、なんのために」と言いかけたが、素直に応じた。

 それらの作業を終えた彼女はこう言った。

 「明日、夜の7時。『アンリミテッドペイン』で野試合を申し込むわ。それで私に勝ったら、私の知っている事を全て教えてあげる」

 それだけ、言い残して彼女は立ち去った。
 それを確認してから、俺は前のめりに倒れた。

 
 

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