闇にとりつかれた者

ノベルバユーザー173744

闇にとりつかれた者

 9月5日…私の誕生日である。

 節目の年…本当ならば、体も徐々に夏のような疲労感しか覚えない暑さから解放されているはずだったが、私は、体調が良くなかった。

 不眠である。

 そんじょそこらのものではない。

 夜になるほど目が冴える…テンションが上がる厄介なものである。

 で、昼間眠っているかと言えば、そうではなく、黙々とクロスワードや、パズルを解き、懸賞応募をしつつ、週に4日病院に通う。

 週に4日の病院は電気治療。不眠と突然の恐怖感や不安を和らげる心療内科は3週間に一回、元々内臓と気管支が弱いため、主治医は月に一回…これが定期の病院。

 これが気を抜くと体調を崩し、喘息に、熱に、風邪にとなると行く回数は増える。

 基本、痛みに鈍いうえに、自分の体調がどれ程悪いのか自覚のない私は、熱が出るまで…喘息の発作で、呼吸が出来なくなるまで放置する。

 不眠も、仕方ないよね…と思いつつ起きていると、突然ぶっ倒れる。

 一度など、病院の待合室で、崩れ落ち、誰もいなかったので、次に来た患者さんに揺すられるまで気がつかなかった。

 めまいなどしょっちゅう。よろけて捻挫も当たり前…。

 でも、少しでも体を治そうと…努力は怠らない。

そうすると、先生には口を揃えて「頑張らなくていいから、自分に負荷をかけてはいけないよ」と諭され…その負荷とはなんぞや?と思いつつ、いつかは仕事に戻るために少しでも勉強したい。できれば、観光ボランティアの資格とか、取っておきたいと、情報誌を集めては、短期で、値段が安い講座を受講する。



 今日は、中国語講座だった。

 夕方からで、家は街灯も近くにないので、帰りは懐中電灯を灯しながら帰る。

 その前、昼間に定期の病院に行った帰りに、何かが入っているな?と郵便受けを開けて、首をかしげる。

「市役所広報課?何かやったのか…?私」

 悪いことをした覚えはないが…と思っていると、もうひとつ封筒があった。

 差出人の名前はないが、見たことのある文字…でも誰だろう…? 

 考え込みながら、家に入り、今日の授業に必要なものを入れたバッグを確認して、二つの封筒をどちらから開けようかと考える。

 そして、大きい市役所の封筒を開けると、まばたきをする。

 色紙である。

 達筆だなぁ…誰のだろう…と同封されていた紙を確認し、

「うっそぉ!!えぇぇぇ!?当たっちゃった!!俳優さんの…あの八名さんのサイン色紙だよ~!!どうしても欲しかったんだ!!」

と喜ぶ。

 刹那は渋いおじさま好きである。

 自分の部屋の中をぐるぐる回り、どこに飾ろうか…いや、大事にしまって置こうかと悩みつつ、一旦、テーブルに置き、もうひとつの封筒を見る。

 差出人の名前はない。

 でも文字は知っている…誰だろう…。このまま送り返すことも…相手の名前がないし無理だ…と、覚悟を決めて、封を切った…。

 出てきたのはDVD…ケースには『花木蘭かもくらん』と書かれている。

 『花木蘭』は中国語で『ファムーラン』。

 中国の、実在したかどうか不明な点もあるものの、京劇などの題材になる男装の麗人…。

 ディズニーのムーランは、この花木蘭がモチーフである。

 そして、刹那のキャラクター、二喬にきょう花蘭からん木蘭もくらんは彼女の名前を貰っている。

 刹那の中国の神話伝承歴史に小説好きは、周囲には知られている。

 特に、三国志と封神演義好きも…。

 でも…。

 呆然と文字をたどっていると、封筒の中から、小さいメッセージカードが出てきた。

『HAPPY BIRTHDAY!!』

 表書きには、カラフルな文字が踊っていた。

 DVDを置き、震える手でカードを開けると、血の気が引いた…。

 いや、全身の汗腺が開いたかのように汗が吹き出てきた。

 急いで、タオルを取り、手や体、首に…果ては滴り落ちるびしょびしょの髪も乱暴に拭き、そして、震える手で、もう一度開いた。

 文章を見る勇気はなかった…ただ…、

『レッドクリフの尚香しょうこうさんの役をされてたヴィッキー・チャオさんて可愛いよね!!それに、花木蘭もされるんだって!!こっちで見れるといいなぁ!!絶対に似合いそう!!』

と、言っていた自分の声がこだまする。

一瞬だけ見た文面には、『この間、やってたから…録りました。良ければ見てね…』と書かれており、続いて『メールアドレス変更しました』という一文と、アドレス…に、震えが止まらなくなった。

 何で…?何で、こんなときに…?

 もう2年も連絡を絶った友人だった。

 メールアドレスを見たときに、全身が震え、立っていられなくなり、泣きじゃくる。

 今でも、眠れない…原因の人が…何故…!? 

 怖い…怖い!!

 私は、数日前から痙攣している指で、必死に別の友人にメールを送る。

 彼女からメッセージカードが届いたこと…DVDが届いたこと、電話番号じゃなく、メルアドしか送ってくれていない…つまり、メールを返してこいと言うことか?とのこと…怖いんだ、怖い!!

 かなり混乱してメールを送ったが、子育て中の友人は大変だと理解しているため、今度は、心療内科の担当の相談員の先生に電話をする。女性が出たので震える声で話していると、担当の方ではなかったらしく、途中で変わってもらう。

 半分以上パニックである…メールアドレスがあって、誕生日プレゼントがわりのDVD…差出人の名前はない…もう忘れたいと思うのに、思い出すのは、夜中のメールに、昼間にお風呂に入っている間のメールの罵声…。

 本当にお風呂に入っているのも、最近は苦痛で、シャワーしか浴びれない…夏は水でいいが冬は、暖まるまで待てないので、湯を沸かして、それをぬるめにして、バケツ二つに分けて、全身を洗い頭を洗い、一万円生活じゃないが、3分タイマーを置いている…。

 2年…たった2年と思うかもしれないが、必死に生きてきた…。

 毎日毎晩メールに怯え、テレビ番組を各々家で見て、メールを返す。

 怠るとキレられ、無視…。

 いつの間にか束縛されている自分がいた。

 前の会社の友人と遊びに行くと言うと、

「あっそ…ふーんカラオケ?私歌えないのに!!」

 だから行くのだと言っても機嫌が悪い。

 でも、自分と会うときは、約束通りに来てくれたことはなく、

「もう来てるんだから、早く来てよ!!」

と、メールで呼び出される。

 私は本が探したいと言ったときには、

「私が読めないのに!!嫌がらせ!?」

と言う癖に、自分は私の買えない、高級ブランドの服を取り置きして貰っているから、買いに行く。と言う。

 華やかな…綺麗な服の中で、くたびれたスニーカーとジーンズ、シャツの私は浮いていて…そわそわしているのに、選んで置いた服以外にも、

「これどう?」

と問う。

 その誇らしげで、自慢げで、ウィンドウショッピングが楽しいんだ…買うのが楽しいと言いたげな顔に、妬みもしたくなる。

 でも、返事をしないと、怖いため…。

「う~ん…いつも持っているのが黒系だから、差し色を入れたら?」

とか、

「それよりも、ここの夏用のスカート良いよねぇ?」

と、貧乏性…ケチの私は、彼女が選ぶ数万円の一着よりも、ギリギリ低いものを示す。

「えぇぇぇ!?そう?」

「そうだよ。似た柄よりも、違う物の方がいいって!!」

 じゃないと、同じような値段の服を買わされる!!

 いくら綺麗で可愛い、素敵なものが欲しくても、高級ブランドの新規品を買うほどお金がある訳じゃないのだ。

 でも、悩んだように、

「こっちもいいんだけどなぁ…」

と、長考に入る。

 このときは邪魔をしない。すれば、こっちも服の脱ぎ着を店員に勧められるからだ。

「よし、こうしよう!!」

 友人は決め、どちらもレジに持っていく。そのハンガーかけには、取り置きのコートもある。

 ニコニコと店員さんは笑う。

 友人も満足そうだが、自分には到底無理だった。



 フラフラした…未だに電話に怯える日々…。

 電話は、止めることも出来ないし、番号を変えたところでとそのまま…アドレスも彼女は知っている…それなのに、書いてあると言うことは、メールを送ってくれと言うメッセージか!?

 錯乱しそうになる自分に、電話先の先生は、

「一筆箋で、ありがとうって送っておけばいいんじゃないかしら?メールを返すつもりはないんでしょう?」

「こ、怖くて…出来ません…!!」

 涙が零れる。

「怖いです…メールがずっと…鳴り続けるのか、想像したく…ないです…」

「じゃぁ、御礼状だけ送っておけばいいのよ。後はそのまま」

「でも、家に来たり…」

 もう嫌だ…もう駄目だ…思うだけで血の気が引く思いがする。

 友人にメールをしたらまた、メール地獄になる。

 携帯の会社を変えさせられ、無料通話だと言いつつ、延々と相撲の様子だの、感想だの勝敗だの…一勝負事にメール…風呂に入っている間に溜まっているメール、眠っている間に、入っているメール…。

 …絶対に無理…もう駄目だと絶望に打ちのめされる。

 怖い…怖い…戻りたくない!!

「じゃ、じゃぁ…頑張って、御礼状贈っておきます…」

「そうそう。もしそれで何かあったらその時には連絡をしてね?」

と、電話が切れた。



 そして友人からも『頑張らなくていいよ。体調が悪いの知ってるし、また何かあったらその時には私から、刹那の体調は最悪だって言っておいてあげる。それにしても、今更何がしたいんだか…』と言うメールに、涙が零れる。

 彼女と別れる前に、揉めた。

彼女と無料通話が、出来るように携帯の購入費用を一部負担して貰っていたのを会えないため、払えなかったからだ。

 早く返せ!!

と罵るメールに、恐怖感がまし、送った。

 それで終わったはずだった…。



 終わらせたかった…嫌いではなかった。

 姉のように、兄弟ごっこと言われても、分かっていても…喧嘩…一方的に食って掛かられても…大好きだったから怖かった。

 自傷した傷を、見せられ…血がにじんでいても、カミソリを買おうとするのを止めると、

「産毛処理だよ。切るときは別のでするし…」

と、真顔で答える…逆に、空想、創造力のある自分にとっては、余計に青ざめる。

「駄目だよ!!それに、いつ寝てるの!?」

「普段は夕方の3時。眠れないから不眠時に飲むのと、それでも眠れないときには再不眠時と再再不眠時のも飲む。で眠れないと、また飲む」

「何してるの!?薬切れちゃったら困るでしょ!?それに、一度にそんなに飲んじゃ、体がおかしくなるよ!!」

「でも、眠れないし」

 呟く。

「運動して疲れたら眠れるから!!だから止めよう?ね?」

「でも、眠れないんだよ!!」

「そんなに早くに寝てるからでしょ!?規則正しく!!それに、間食しない!!何で夜中に食べるの!!」

「食事が豆腐だから」

とこんな調子である。

 お説教と言うより教師と生徒。

 無理だった…一人で背負えないものを持っていた。

 で、崩壊…。

 昼夜監視が自分を見張っていると、怖くなり、何度も窓が閉まっているか、ガスの元栓が閉じているのを確認する。

 あるはずはないのに、盗聴器でも仕掛けられているのではないかと怯える…。

 壊れていた…。



 涙が止まらない…。

 あの時の苦しみを、伝えたはずなのに…それなのに、また私を引きずり込もうとするのか…。

 痙攣と、緊張する手でペンをとった。

 そして、手紙を書く。

『お久しぶりです。私は一進一退ではなく一進三退…と言った感じで…体調を崩し、全身にあちこち痛む関節や筋の痛みと向き合っています。

 『花木蘭』ありがとう。今度観るよ。

 あなたのお陰で私は私でいられた…けれど、今は自分の体を優先します。また会いましょう…。

 大好きだったよ…』

と、書き上げ、封をして送った。



 自分が、これが正しいのか解らない…。

 でも、自分自身…もて余す自分の病…もう一人なんて無理だと思った。

 それに、メール地獄は勘弁したかった。

 未だに怯える私にとって…彼女は誕生日とはいえ…どうして連絡をとってきたのか…解らない…だから余計に困るのだ。



 昨日送った手紙は、偽らざる真実で…偽りで…自分も解らないもの…。

 でも、多分…内容に、怒って破り捨てるんだろう…と思う。



 それでいい…マタアイマショウ…いつか…。
「」

「エッセイ」の人気作品

コメント

コメントを書く