「魔王様」の定義

神無乃愛

翔くんとルーちゃん その7


 翔のやり方としては、大道芸的なものを考えていた。
 刀を素早く抜き、素早く用意されたものを切断、そしてすぐさま鞘に収めるのだ。

 ところが、見た魔族の一人が茶化し始めた。
 おそらく剣術に自信があるのだろう。だったら、と翔は思った。
「万が一のため」という理由で、刃を鍛えていない日本刀も用意されている。これならば打撲ぐらいで済むだろう。
 実を言えば、翔は祖父と両親に「お前に居合は危険」と言われている。容赦しないらしい。剣道もどちらかと言えば反則負けが多いくらいに翔の技は危険なのだ。
「ルーちゃん、相手怪我させたらごめん」
「?」
「多分、あの人に手加減できそうにないから。だから、『斬れる』状態じゃない日本刀を使うけど」
 その言葉にルシファーが怪訝そうな顔をしてきた。
「あの方に手加減をすると? 我や皇太子、そして陛下の師範役あるぞ?」
「だから手加減出来ないって言ってるの。こっちでやれば、死ぬことはないからさ」
「お前が死なぬように祈っているぞ」
「ありがと」
 居合用の着物はここにない。つまり、洋服のままという、ある意味ちぐはぐな格好だ。
「始め!」
 太刀筋は、基本どおり。それだけで十分である。
 男が、じりじりとこちらに迫ってくる。柄に手をかけたまま、翔は少しずつさがっていく。
 男の太刀筋がどんなものか、一度見てみたい。そのために機会を伺っていた。
 それを男も知ってか、正面に剣をもってきたまま、動かすことなくこちらに迫ってきている。

 一太刀目が勝負どころ。

 試合に集中する二人の意思が一致した瞬間だった。

 横から来るか? 正面から来るか? それによって翔が鞘から刀を抜き出す頃合が変わってくる。
 おそらく一太刀目でこちらを仕留める気だ。それが分かった瞬間、翔は一歩前に出た。

 お互い、手の内は見せない。それも一致した考えだった。

 正面から振り下ろされた太刀筋を、基本どおり一太刀目で相手の攻撃をかわし、そのまま二太刀目に入る。
 二太刀目は胴へ。それでいい。
「勝負ありましたな。異世界からの客人よ」
 声を放ったのは相手の男だった。
「この勝負、それがしの負けにございます。客人はそれがしの鎧の間に刀を入れてございますれば」
 周囲にどよめきが走った。
「それがしの一太刀目は様子見。それに対し客人の一太刀目はかわし、違いますかな?」
「一太刀目は鞘から抜いたのではないのか?」
 皇太子が不思議そうに言った。
「いえ、違いますな。一太刀目で刀を抜くのもそうですが、相手の技を流すという技法もあるようでございます」
 凄い勢いでばれてる。そう思った翔はため息をついた。
「正解です。これは居合術、もしくは抜刀術と呼ばれる技法です。一太刀目は鞘から刀を抜くと同時に相手に一撃を加えるか、このように相手の技を流します。二太刀目で相手に止めを刺す技です」
「これは、剣では出来ないのか?」
「難しいと思いますよ? 一太刀目を防ぐのは大抵、この『しのぎ』と呼ばれる部分です。刃がついていません。それに対して、二太刀目は大抵刃のついた部分で攻撃しますから」
 少しでも間違えば、刃は簡単にこぼれてしまうのだ。それほどまでに日本刀は繊細で芸術的ともいえる武器だ。

 ちなみに、余談ではあるが翔は剣道の段位もちでもある。そして祖父と父の稽古の元、マイナーとなっている二刀流も習得しているのだ。そして、現存している武芸十八般をしごかれているという、とんでもない立場なのだ。

 剣道位なら、何とか教えられるかな? と思うが、普及させるには刀が少なすぎる。それ故、エーベル王国でも言及しなかったのだ。
「かけちゃん、どうして二本も作ってもらってたの?」
「ん~? 俺二刀流もやるから、欲しかっただけ。日本じゃマイナーだけどさ」
「是非とも見てみたいものだな」
「うっそん」
 これ以上、自分の手の内を見せるつもりはない。しかし、試合をした男から見れば楽しいものらしい。
「それがしを二太刀で仕留めたのは、客人のみだぞ? しかも、まだ手の内を残しておるとなったら、楽しいではないか!」
「あんただって、手の内全然明かしてないじゃんか!!」
 試合直後のはずだが、既にお気楽なムードへと変わっていた。
「翔、諦めるのだな。あのようなものを見せられては、陛下も興味津々だ」
「ルーちゃぁぁん」
 留めはルシファーだった。

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