「魔王様」の定義

神無乃愛

トラウマと涙


 武器を持っていないことを証明するため、サキュバス側で用意した服に着替え、香の焚かれた部屋に通された。
 媚薬効能のあるお香か。……達樹はそう判断すると、それを外に出した。水をかけて消すことでいきなり効力が上がっても意味がない。
「ようこそ。門番さん」
「え!?」
「一度お会いしたことのある方は覚えてますよ」
 にっこり笑って、後ろにたった。
「あなたでは無理ですよ。既に俺の前では無力、でしょう?」
 さわり、後ろから首筋を触った。
「わ、私にいきなり触れるなど!」
「それは禁止されていませんから。どうせならお互い口説いた方が楽しいじゃないですか」
「なっ!?」
「どうぞ、あなたの持つ淫魔の力で俺を虜にしてみてください」
 既にこの女性は気を乱している。まず無理だろう。
 あっけなく、その女性が陥落し、次の女性が部屋に来た。

 そんなことを何度繰り返したか分からない。食事も運んで来てくれる侍女を口説いてみたりすると、結構逃げる。達樹としてはつまらなくなってきた。
「あと一時間で終了だよ。寝るか」

 これを見ていたアネッサ女王は怒り狂い、最後は自分が行くと部屋を出た。

「やっぱり最後はアネッサ女王ですか」
 達樹は気にすることなく、アネッサに向かって言った。
「一番最初に来て欲しかったですね。だと、あなた方にも勝機はあったのに」
「ふざけるでない!」
「俺、正直あなたのような色香は苦手なんです」
 達樹がベッドに腰掛けると、アネッサも当たり前のように隣に腰掛けてきた。
「……人の話、聞いてました?」
「聞いておったぞ」
「やめてもらえませんか?」
 その言葉にアネッサがにやりとした。そして達樹に迫ってきたのだ。
「やめっ!!」
 やめろ! 嫌な記憶が呼び起こされる。あの無理矢理継母に犯されるあの悪夢を。

 思わずアネッサを振り払いしゃがみこんだ。
「ぐぇっ」
 幼い頃に植えつけられたトラウマは今でも達樹の中で暴れまわっている。
「……触れるな……その……な手で……俺に触れるな! 人殺し!!」
「なっ……何事じゃ!?」
 そのあとは覚えていない。気がついたら朝になっており、ベッドの傍にはエルフリーデと千紘が立っていた。
「阿呆か! 自分をあれほど大事にしろって言っただろうが!」
 何が起きたのか、それをあとで千紘に聞いた。もう少しでかなり手酷い言葉を投げるところだったらしい。慌てて翠が部屋に乱入し、達樹を殴って止めたそうだ。
 驚いているアネッサを無視して、エルフリーデが千紘たちを連れてきたそうだ。
「……ありがとう」
「お前、あっちの世界、、、、、、で何かあったのか?」
「何もないよ」
「そういうことにしておいてやる。女王が酷く混乱していたぞ」
「ん。あとは交渉、千紘兄と翠兄でやって」
「そうさせてもらう」
 ぱたんと閉じた扉を見つめたあとエルフリーデに向き直った。
「心配、かけちゃったね。ごめんね」
 今にも泣きそうなエルフリーデの頬に、達樹は手を当てた。
「半分くらいは予測ついてたんだけどね。でも、手っ取り早く済ませるにはこれしかなかった。俺、ああいう色香には耐性あったから適役かなって思ってた」
 アネッサの色香が過去の恐怖をあそこまで引き出すとは思いもしなかった。
「もう、大丈夫だよ。なるべく心配かけないように動くから」
 エルフリーデの頬を伝った涙を達樹はぬぐった。

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