「魔王様」の定義

神無乃愛

サキュバスの前にインキュバス


 宿屋でサキュバス族の拠点を聞いて、達樹たちは旅に出ることにした。
 勿論、その間にも色々情報を仕入れ、アネッサの居場所を特定していく。
「達樹、色気のある姉ちゃん大丈夫か?」
 翠が心配して訊ねてきた。
「難しいかな。逆に惑わされないから大丈夫だと思うけど」
 サキュバスのところに行く前に、インキュバス族のところを通ることにした。
 女性陣はインキュバス族のところに入る前にエルフリーデのことを考え、別行動と相成った。
「やっぱり歓迎されないね」
 女性がいれば違うだろうが、男だけ、しかも人間とくれば歓迎されないだろう。その上、達樹たちが別世界から来ていることは当然知れ渡っているだろう。
「女装させてくればよかったな」
 不穏な言葉をはいたのは千紘だった。
「千紘、無理だ。いくら上手に達樹を女に見せかけても、本能でばれて逆に酷い目にあうぞ」
 翠のフォローとも取れない言葉が飛び出していた。
「あ!」
 唐突にこちらに声をかけてきたのは、インキュバス族ではない男だった。
「バートじゃねぇか!」
「スイにカナト、一体どうした?」
「人探しがてら寄った。もしサキュバス族の女王と同じ名前なら、インキュバス族で何か分かるかもしれないと、うちの軍師殿が言うんだよ」
「そうかそうか。俺は今からインキュバス族の王に会うんだ。納品だよ」
 同じ夢魔族として交流があるらしい。
「女も連れてこりゃ良かったのに」
「ちょっとな……神殿で酷い目にあって、男性不信なのが一人いるんだ。だから今回は留守番」
「チナツじゃないよな?」
「千夏じゃない。ずっと片隅で大人しくしてた子だよ」
「傍に男がいたじゃないか」
「達樹は例外らしい。よく分からん」
「女性のような顔立ちと線の細さからか?」
 バートと呼ばれたアルプ族の男と翠が延々と話をしながら歩いていく。それに続く形で達樹たちは歩いていた。

「ようこそ」
 美丈夫と呼べる男がそこにいた。
「あなたがインキュバスの王ですか?」
「いかにも」
 まぁ、この程度か。とも思ってしまう。あちらの世界に行けばホストでもできそうだ。
「俺たちは人間のアネッサ嬢を捜しています」
「人間のアネッサなど我は知らぬ」
「そうですか。知らないならこの土地にいる必要もない。無事に出る許可をください」
「それだけ!?」
 バートが驚いていた。
「俺は無闇な殺生をする気はないって、宿屋でも力説してたと思うんだけどなぁ。アネッサ嬢さえ見つかれば、あとは国に帰るだけ。魔王領と他の人間領の争いに口を出す気もないし」
 因みに、次に行くのはサキュバス領である。
「女性もいるので、無闇矢鱈に誘惑しないこと。した場合は俺のほうで攻撃したと見なして、反撃させてもらいます」
「それは、確約できない」
「できないのでしたら、サキュバスの女王に紹介状を書いてもらえませんか?」
 実はそれが目的だったりする。
「……ついでにこれを届けてくれ。我の使いでアネッサ女王に会いに行く一行に、我が一族は危害を加えない」
「ついでに、誘惑もしないと?」
「それは我らにとって食事のようなもの。確約できぬ。そなたらも目の前に食事が出てきてずっと我慢するなど無理であろう?」
「じゃあ、俺と一緒に来ていただけませんかね」
「達樹!」
 哉斗が驚いて声をあげてきた。
「ぶっちゃけ、今バートさんが納品したのって女性向けの装飾品じゃないんですか? それを渡す相手は……」
「まままま、待て! そなたいつの間に!!」
 王の言葉に達樹はにっこり笑った。
「かまをかけただけです。確率は男性用か女性用で半分。女性用であれば贈り物であるというのが可能性として高い。それを贈る相手、サキュバスのどなたかであればいいなぁ……、くらいですよ」
 達樹の後ろで千紘たちがため息をついているのが分かった。予想以上にインキュバスの王が釣れる。
「もう一つ言うなら、インキュバスとあろう夢魔族が贈り物をしてまで取り入らなくてはならない相手は、対になるサキュバスかなと思っただけです」
「いかにも。アネッサ女王に同盟の申し出をしているのだ」
「一緒に行きましょうか」
 そして、インキュバスの王にとある言葉を囁いた。
「我の連れとして同行を許す」
「ありがとうございます。どうせですから、バートさんも如何ですか?」
「そうだなぁ……。スイとカナトもいるなら楽しそうだな」
 こちらを気にする様子もなく、バートが乗ってきた。

「達樹、何をした」
「何もしてない。相手を口説く時に付き合うって言ったくらい」
 あまり言いたくないので、嘯いた。

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