「魔王様」の定義

神無乃愛

移動の準備を始めます


「で、どこからどこまで移動するんだ?」
 クンツォーネが知らせを聞いて一番乗りでやってきた。
「それを今考えているところ。神殿が守備できる範囲だけじゃ足りないと思ってる」
 達樹は躊躇いもなく、答えた。
「出来うることなら、自治領全部移動させたいんだよね……。資材とかも考えるとさ。後は移動する場所にもよるかな?」
「移動だけなら、妖精ピクシーに応援頼め。空間の圧縮等は得意分野だ」
「頼みたいのは山々なんだけど、肝心の妖精ピクシーが俺を避けてるから」
「何をしでかした、貴様は」
「何もしてないと思う」
 そう、達樹は何もしていないはずだ。ただ、エメラルドが隠していることをおおよその憶測で暴いただけで。
「貴様の場合、無自覚であるというのが納得がいかん。チヒロとスイを窓口にしたいんだが」
「してくれて構わないかな? 俺と馬合わないもん。クンツォーネさんは」
 その言葉を受けて、クンツォーネはその場を去った。これからシスとどの辺りまで範囲を広げられるかの会議である。

 出来うることなら、自治領すべてと言い張る達樹と、神殿から守れる範囲というシスの意見は真っ向から対立していた。
「神殿の位置だけを変える。僕としてはその方が都合がいい」
 近場に神殿を置かないことで、神殿とグレス聖王国、二つからの干渉を避ける狙いがあるという。
「俺としては、逆に全部持ってって、神殿から来る客以外を断りたい。城砦みたいにして、周囲から孤立させる。出入り口は神官の許可を得た人間だけが通れるようにするんだ」
 正直に言えば、ここは向こうの科学との応用で住民はいつでも神殿から別場所に移動できるようにと考えている。その方が今まで培ってきたものを保護すると共に、「門外不出」のように扱うことが出来る。
「一応、千紘兄と翠兄にも話通してあるし、ドワーフ側と通行証作りにこれから話になると思う。その通行証に神官長の保護印を付け加えることによって、住民はいつでも神殿から出入りが可能になる。その方が住人も『神殿の加護は失われていない』と思うことが出来るはずだ」
「また、魔法と科学を一緒にするのか。するのは分かった。だが、場所はどうするつもりだい?」
 そう、問題は場所なのだ。どこの領地にもなっておらず、広大で外からの侵略を受けにくく気候的に安定したところ。
「この際、気候は二の次にしてもいいんじゃないかい? 寒ければ暖炉がある」
「ただ、小さい子供とお年寄りが……」
「問題ないよ。神殿側の『魔法医師ウィッチドクター』には陳述書が届くくらいだ。『聖女様を安心できる場所へ』ってね。挙句、君とエリザベス殿が領民を見捨てないと分かったら、神殿側が悪者になってしまう。天候的な部分くらい悪者になってもらいたいね」
 シスのその言葉に達樹は思わず笑った。ある意味、「好きなようにやれ」とのエールにすら聞こえる。
 さて、どこの領地にもなっていない場所を探すとするか。


 大体の場所は、すぐに目星がついた。
 砂漠、である。
 その内容はすぐに住民に知らせた。
「……砂漠って」
「空白地帯だった。そこ以外にありえない。問題は、未知のオアシスを捜すこと」
「シスさん、あなたのせいよ。天候を二の次にしろなんて達樹に言うから」
「チカ殿、済まない」
 達樹の言葉を受けたシスと千佳がこそこそと言い合っていた。
「目的地は捜しながら行くしかないと思う。哉斗兄、エメラルドちゃんへの懐柔お願い。翠兄はいつものごとくドワーフさんたちに通行券の作成急がせて。シスと千佳姉でエリさんとエルフリーデさんのところへ説明お願い。
 エリザベスさんは俺と一緒に一度国王に会いに行きます」
 千紘と千夏は留守として他の事をやってもらう。エリザベスと達樹には自警団の腕っ節自慢三人が付き添う形になる。
 ふふん、と千夏が笑った。どういう形で移動させるか千夏の頭には思い浮かんでいるらしい。

 王家へは軽く筋を通しておくだけだ。移動させ、残った土地は王国の好きにしていいと。
 それだけで国王はいやらしい笑みを浮かべ、了承した。

 たった三ヶ月ちょいで素晴らしい土地となった自治区域を、ものに出来ると思い込んでいる阿呆の顔に呆れながら達樹たちは城をあとにした。

 後顧の憂いはなくなった。あとは移動のみである。

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