「魔王様」の定義

神無乃愛

希望と憶測


 通話を終了して、千紘はシスに礼を述べた。
「どうするつもりだい?」
「向こうから薬学の本を送ってもらうことにした。明日、明後日くらいにはもう一度空間をつなげて欲しい」
 本が来るか分からない。ただ、達樹が己たちに助けを呼んだから、自分たちがこちらに来たという仮説があるなら、己がその本をどうしても必要としているなら、こちらにその本が来てもおかしくはないと千紘は思っている。
 自分も色々欲しかったのに、そう千夏はむくれているが、本当に必要なものだけに力を集中させるべきだと千紘は思った。
「僕もその本を見てみたいから、是非こちらに本が来て欲しいよ」
「……余計なものは来て欲しくないがな」
 特に哉斗の父親とか。
「君のお父上は何をしてらっしゃる方なんだい?」
「俺と同じで医者だよ。母親が千夏と一緒で看護師だった」
 今は専業主婦だが。
「達樹の家が代々政治家なら、うちは代々医師の人間が多いんだ」
 翠の実家は、裏家業があった家だが。そして、哉斗の父親は現在警官である。
「翠と千夏の気性は哉斗の父親直伝だからなぁ……」
 思わず千紘は呟いた。何故哉斗がそうならず、翠と千夏がそうなったかが未だに親も含めて誰一人解明することが出来ない謎なのだ。

 とりあえず、今回の謎である、時間軸の解明が先だ。
 千夏ともう一人の神官は聖女様のところへ向かった。シスと二人、廊下を歩いていく。
 以前、千紘が達樹から最初の電話をもらったとき、既に達樹が行方不明になって一週間が経過していた。その間、達樹は半日ほどしかこちらにいない。そして二度目、千紘が達樹に電話をして連絡がついたとき、あちらでは一ヶ月以上の歳月が経過していた。それなのに、こちらでは二日も経っていないと言われたのだ。
 そして今回。父親に千紘が連絡を取って驚いたのは、そこまであちらの時間が経過していないということだ。こちらでは三ヶ月以上の歳月が経っているが、あちらは一週間も過ぎていないのだ。こればかりは、どういった理屈でそうなっているかが分からない。
「……僕の空間を繋ぐ魔法がおかしいのかもしれない」
「その可能性もある。だけど、あまりにもばらばらすぎる」
 シスと歩きながら謎を話していく。理由を解明する鍵は何なのか。以前と違うのは、こちらに召還された人間が多いことか。
「あと違うのは俺たちがこっちの世界としっかり関わってることだよ、千紘兄」
「達樹!」
 いつの間に後ろにいたというのか。
「小さな括りから大きな括りまで言っていくと、かなりあるんだ。まずは俺たちが王と謁見したこと。それからあちらの技術とこちらの魔法をあわせたこと。俺たちとシスたちでこの自治区を作ったこと。それから魔物たちとしっかり関わっているし、シスたち以外の神殿とも関わりが出てきた。
 何より大きいのは千紘兄たちの存在かな?」
「チヒロたちの存在?」
「そ。シスにも言ってないんだけど、あの日、俺死のうと思ってたんだ」
「達樹!!」
 何故そこまで悩んでいるのに、自分たちに相談をしないのか。
「あ、千紘兄たちには相談できる内容じゃなかった。多分この調子だと父は逮捕されるし、祖父も色々危ない。つまり、この治療にお金をかけることが出来なくなるんだ。
 俺は薬あって何とか生きてる身体だろ? そろそろ潮時かなって。どうやったら兄さんたちに心配かけないで死ねるのかなってずっと考えてた。でも、答えなんて出なくて。そしたら、俺はこっちの世界に来てた。
 死ぬか伝説の勇者になるかって言われて、両方断ったけど、シスの話聞いてたら少しだけでも助けられるかなって思った。そしたら、電話が通じたんだ」
 千紘たちに守られてばかりの達樹が、「誰かを守りたい」と思ったことが大きいのかも知れないと千紘も思った。
「達樹はこれが終わったら戻りたいと思うか?」
「分かんない。でも皆は戻りたいでしょ?」
 達樹は、千紘の問いへの答えをぼかした。それこそが達樹の「答え」だった。もう、あちらの世界へはほとんど執着が無いのだろう。ここで死ぬつもりなのだろう。
「千夏姉が言ってたんだけど、薬の辞典頼んだって? 多分翠兄とか怒ると思うな。自分たちも欲しいものがあると思うし。千佳姉も怒ってたよ。どうせなら俺の薬手帳、もしくはカルテを寄越して欲しかったって」
「……そこまで思いつかなかったな」
 欲しいものが増えてきている。これではシスの負担が大きくなりすぎると思い、後は召喚術は使わせないほうがいいと千紘は判断した。

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