「魔王様」の定義

神無乃愛

この王は阿呆なので、別の人にします


「ほう、そなたらが『伝説の勇者』か」
 高圧的な物言いは、達樹の実父を連想させた。
 そして、ここまで来る間に見た民はガリガリとやせ細っていたはずなのに、王とその側近たちは煌びやかな服とでっぷりと太った身体。アドバイスする気が失せてくる。
「一応は。まだ召還されて間もないので実感はありませんが」
 達樹の右脇にはシス、左後ろに千紘と翆がいる。
「私はたいした力を持っておりませんが、皆優秀な者たちばかりです」
「そなたは?」
「私は若輩者ですから」
 とりあえず王を怒らせるところから始めてみる。どれくらい短気で、どれくらい人望がないかを見極める。
「朕が必要とするは、我が娘を取り戻す勇者。それ以外に用はない」
「姫君が囚われていらっしゃるのですか?」
 あまりにもベタな展開だ、そう囁くのは翆。
「いかにも。民には秘匿しておるがな」
「それを私如きに教えてよろしいのですか? 私が民に知らせないとお思いですか?」
「秘匿せよ! 美しき我が娘が魔王に連れ去られたなど!」
 おそらく恥と思っているのだろう。何故、姫君が狙われたのか、そこを知りたいが絶対に口を割らないだろう。「魔王」と呼ばれるものにいくつかの推測をする。まずは、本当に魔物を統べる王、「魔王」である場合。この世界ではありえると思える。第二に、「魔王」ではなく他国に侵略され連れて行かれた。城下町を見ればその可能性もありえる。第三に、「駆け落ち」。……馬に蹴られたくないのだが。第四に、恨まれて殺された。まずこれ位かなと思う。
「それから、城下町で蔓延している病気も魔物や魔王のせいだと伺いましたが……」
「左様。魔王を倒せばおさまるはずじゃ」
「……無理ですね」
 達樹から出た言葉に、シスがぎょっとしていた。
「そのほう、朕に口ごたえする気か!?」
「口ごたえしますよ、そりゃ。現実を見ない馬鹿王には、現実を突きつけるしかないんですから」
 その言葉に動いた近衛兵は少ない、暴れる王に怯えて従うのが関の山。おそらくは、家族が人質となっている可能性がある。
「姫君を助けたとして、また病気を魔物が蔓延させるかもしれないのに、そちらを放っておく馬鹿に助言のしようはありませんから。私があなたの立場、もしくは姫君の立場でしたらまずはこれ以上病気を蔓延させない方法を取ります」
「ふざけるのもいい加減にせよ! 我が娘と民を秤にかけ、何故姫を助けない!?」
「それが阿呆だと言うんです。あなたが民のいない国の玉座に座るのならよろしいですが」
 すっと、達樹を守るように千紘と翆が前に出た。
「どうする? 達樹」
「どうもしない。この国よりももっとましな国を守るとするよ。少しくらい捜せば出てくるでしょ。沈没船にいつまでも乗っている趣味はないから」
 踵を返して謁見の間を出ようとしたところで、止められた。これも計算どおり。
「……ファルス神官長、あなたも目を覚ますことです。こんな愚王に仕え、生涯を終わらせる気ですか? あなた方兵士たちもそうです。国を愛するなら、王を討ち取れ!」
 だが、兵士たちは動かない。
「有体に申し上げれば、統治者など誰でもいいのですよ。国と民を守るのであれば」
 それこそ、魔王であっても。そこまで言いたいと思ったが、あえて達樹は言わなかった。
「あなた方を養っているのは民です。そこをお忘れである限り、私は手伝えません。私が今やりたいのは、民を守ること。祖父からの受け売りですが」
「達樹、お前のやりたいようにやれ。俺らが何とかする」
「ありがとう、翆兄」
 この言葉の意味は幼馴染でないと分からない。
 とりあえず、寂しそうな未亡人でも捜すか。

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