連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/148/:死神

 俺の体は壁に激突させて頭と背中を強打し、頭からはダラリと血が流れた。

「……グッ、ツゥ……!」
「ヤラランッ!」
「暫くは大人しくしてなさい。すぐ殺したら面白くないでしょう?」

 フォルシーナが駆け寄ってきて黄魔法で回復してくれる。
 それ以外には誰も動かず、視線を交錯させるだけだった。

「……まず、これね」

 ぽんっと女が手を叩くと、彼女の手元に1つの人形が出現した。
 中に綿が詰まっているような、外は布やフェルトでできた簡単な人形。

「これ、誰かわかるかしら?」

 死神と名乗った女は人形を高々と掲げる。
 人形は白い髭が長く、桃色の着物の上から赤い外套を纏っている。
 その姿は、最近見たあの人にそっくりだった。

「……フラクリスラル王?」

 フォルシーナが疑わしながらも答える。
 死神の女は答えに満足したのか、ニコリと笑って人形の頭を撫でた。

「ご明察。この人形はね、フラクリスラル王の体を私の魔法でお人形さんにしたのよ? ほら、死体って見た目汚いじゃない? 殺すんだったら――お人形さんとかにしたほうがいいでしょう? ああっ、この子は演出よ? ちゃんと返り血を浴びないように殺したから、いいでしょ?」

 言いながら、女はキィの体を踏みつけた。
 その姿に怒りが湧くのに、体は動かない……。

「……あら? 誰も歯向かってこないのね? 案外薄情なのかしら?」

 不思議そうに首を傾げる死神に、ノールが答える。

「違うね。アンタ、まだなんか裏でなんかしてるんでしょ? 全部聞いてから殺してあげるよ」
「そういうこと? ウフフ。なら望み通り、お話ししてあげるわ」

 クスクスと楽しげに死神は笑い、再び口を開く。

「ところで、メリスタスくんとルガーダスくんがどこに行ったか気にならないかしら?」

 言いながら彼女は手を叩き、すると3つの楽器が床に落ちた。
 小太鼓、シンバル、アコーディオン――。

「……アンタが殺したんじゃないの?」

 声調の変わらぬノールが逆に訊き返す。
 死神の女はとんでもないと言うように肩を竦め、両手を広げた。

「私じゃないわ。ほら、私が全員殺しちゃうと面白くないでしょう? だから、貴方達に殺させたのよ」
「……何を言ってますの?」

 意味がわからないという風に、ミュラリルが訊き返す。
 けどきっと、わかっているはずだ。
 俺たちはここに来る途中に、奴らと戦った――。

「ほら、あの2人は人骸鬼にしたの。ただ殺すのも勿体無いから、貴方達も望む世界平和に貢献してもらったのよ? なのに殺しちゃうんだから、貴方達って酷いわ……ウフフフフフ」
「どこまでもクソ野郎だね」
「あら、私は死神よ? 悪いイメージを植え付けるのは当たり前じゃない」

 タルナの意見を肯定する。
 本当にクソ野郎だ。
 絶対、コイツは許さねぇ……。

「奏者もいなくなっちゃって、楽器が可哀想だわ。そう思わない? だから心優しい私はね――」

 床に落ちたアコーディオンを死神が片手で拾う。
 拾い上げると、すぐにアコーディオンは姿を消した。
 次に、小太鼓とシンバルを掴んで拾い上げ……同じように忽然と消える。

「……何を?」
「世界のどこかに捨ててきたの。きっと、誰か拾ってくれるわ。フラクリスラルとかならほら、音楽文化あるでしょう? 私って優しいわね」

 ふざけた事をどこまでも言い、ニコニコと笑う死神。
 文句を言いたいのにーー食道に血が入っていて何も言えない。

「あっ。3つも神楽器無くしちゃったら、ヤラランくんの目的が達成できないかもしれないわね?まぁでも、楽器には持ち主がいる方が……幸せよねぇ? ウフフフフ、あははははっ!」
『…………』

 高笑いする女に誰もが口を閉じた。
 ふざけてる……いや、狂ってる。
 こんなに好んで悪い事を企んでるのは、人として最低だ。
 いや、だからこそ死神と名乗ったのかもしれない。

「……何でこんなことするわけ? ヤラランになんか恨みでもあるの?」

 それでも人を憎んだりできぬノールは淡々とした口調で死神に尋ねた。
 その頃にはもう俺は回復し、フォルシーナの回復魔法を制して立ち上がる。

「別に、彼に恨みなんてないわ。私を裏切った恋人の顔に似ていたから苦しめたかっただけ……私の自己満足ね。けど、人の苦痛に歪んだ顔を見るのも大好きだし、趣味と言えばいいかしら? フフフ、ごめんなさいね、迷惑掛けて。でも生き物なんて勝手にまた生まれるでしょう? 数人私が殺したって……ねぇ? いいでしょう?」
「……なるほどね。じゃあウチはアンタと分かり合えそうにないよ」

 ノールは両手に黒い光を集める。
 ポウッと浮かぶ光の粒子を形作り、2本の槍が出来上がる。

「もう話はいいよ、何聞いても楽しくないから。そこの装置を壊したくないから、近接戦でケリを付けさせてもらう」
「……あら、私を倒そうって言うのかしら?」
「そうだけど? アンタこそ、ウチに勝てると思わないでよね」
「……やれやれ、やる気なら仕方ないわ。お片付けしないと」

 地を蹴り出し、ノールが1人飛び出す。
 目にも留まらぬ動きだった。
 空を斬り、槍が構えられる。
 その後ろからは刀と杖を持ったタルナとミュラリルが続く。
 俺も反善の剣を持ち、駆け出した。

「セイッ!」
「いやぁねぇ、物騒よ」

 ノールが槍を突き出すも、半透明な円形の結界に阻まれる。
 そのままノールは地を蹴って飛び上がり、槍2本で結界を叩く。
 振り下ろされた槍はバチンと弾かれるも、結界に少し食い込んだ。

「ぬぅぅううううう!!」
「あらあら、頑張るわね。でも、それだけじゃあダメよ?」
「――ならこれでどうかな?」

 ノールの脇からタルナが結界へと刃を突き立てる。
 キンッと音を立てて止められるが、彼は笑い、魔法を発動させる。

「【青龍技】、【静音吸引】!」

 それは魔法を吸い取る技だった。
 これならば結界も破れ、ノールの攻撃も通る――はずだった。

「残念ながら、この防御はこの世界の魔法とは違うからそれは聞かないわよ? ほらほら、斬りつけて割ってみせなさい?」
「チィッ!」
「ならお望み通り、割ってさしあげますわ!」
「その結界、あと5秒も持つと思うなよ!」

 ミュラリルと俺が続き、刀で結界を斬りつけた。
 剣先から伝わる衝撃は固く、岩でも斬ってるような感覚だ。
 だけど――4人なら!

 ビキビキと結界にヒビが入る。

「あら」

 驚きの声は誰のものだっただろう。
 次の瞬間には結界が粉々になり、全ての斬撃が死神を貫いた。

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