連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/146/:集合

「……いつの間に寝たんだ、俺は」

 言葉の通り、俺はいつのまにか寝ていたようだった。
 しかも、俺の胸の中でフォルシーナが寝息を立てている。
 チラッと寝顔を見てみた。
 瞼は閉ざされ、小さく開いた口からスースーと音を立てている。
 頬が俺の胸に押されて膨らんだお餅の様に変形していた。
 ……可愛い。
 ……じゃなくて。

「起きろ、フォルシーナ……」

 ゆさゆさと彼女の肩を持って揺する。
 やがて薄目が開いて、俺の胸を押して顔を離す。

「…………? あれ? 私、なんでこんなところに……?」
「おはよ。昨日、あのまま寝ちまったんだよ」
「え……あぁ……。……!?」

 急にフォルシーナの顔が耳まで真っ赤になった。
 ……まぁうん、恥ずかしい事もあったけど、反応初々し過ぎ。

「ちょ、え!? 誰かに見られたりしてませんよね!?」
「知らん。今が朝かもわからないしな」
「あ、ですね。うーん……じゃあとりあえず、寝室に行きますか」
「だなっ」

 俺たちは立ち上がって、部屋を出る。
 廊下に出てからすぐ別の部屋に入り、本棚の向こうへ行った。
 まだ3人は寝ているようで……というか、ルガーダスさんがベッドから落っこっている。
 キィもメリスタスも普通に眠ってるし、朝というよりかは早いらしい。
 その割に、俺は眠くなくて、フォルシーナももう目かぱっちり開いている。
 いつでも動けるだろう。

「……どうする?」

 フォルシーナに尋ねてみる。
 すると、なかなか良い答えが返ってきた。

「書き置きを残して、タルナ達を連れて来ましょうか」
「……それは俺としては安心できる答えだけど、いいのか?事が進むのが早くなるだけだぞ?」
「良いんです。もう、昨日で満足しましたから……」
「……。そうか……」

 好かれたい立場の俺としては微妙な返答だった。
 満足した、か。
 もっとなんかしてやりたいが、フォルシーナも俺のためを思って言ってくれてるんだ。
 さっさと行くとしよう。

 タルナ達を迎えに行くと書き置きを残し、俺たちは瞬間移動でタルナがいるだろう仕事場に向かった。
 いきなり王室に着き、幾つもある窓からのオレンジ色をした陽光が朝を告げていた。
 部屋には寝具、ソファや棚などの家具があり、ポツンと真ん中にある机の前でタルナが赤のキノコ型帽子を被り、書物をしたためていた。

「ん? ……君たち、いつの間に瞬間移動なんて覚えたんだい?」
「まぁ結構前に。というか、俺たちを見た感想がそれかよ……」

 俺たちに気付いたタルナがペンを置き、立ち上がって俺たちの方に歩み寄ってきた。
 猫目だったのが、少し悪い目つきになっている気がする。
 いや、クマが酷いだけだった。

「なんだい? 仕事かい?」
「もっと厄介なことだ」
「フラクリスラルが西大陸に侵攻してきます。これを食い止める策があるので、一緒に来ていただけませんか?」
「……仕事をサボっても良いのなら行くけど、それにしても穏やかじゃないね。フラクリスラルが攻めてくるならひとたまりもないが……君達を信じようか」
「助かる。それと、ミュラリルを呼んできてくれ。神楽器を持ってくるように言ってな」
「わかったよ……配下の奴、誰か起きてないかな……」

 のそのそと歩いてタルナが部屋から退室する。
 それから暫く2人で他愛のない話をして過ごし、タルナが戻るのを待った。
 30分もしないで彼は戻り、後ろからはミュラリルも映った。

「……事の経緯いきさつはタルナさんから聞きましたわ。わたくしに出来ることがあるなら何なりとお申し付けください」
「助かるよ。ちょっと寄り道するところもあるから、タルナは羽衣で飛んでくれ」
「……? どこにいくんだい?」
「いや、ちょっと知り合いを呼びたいだけさ――」











 飛行時間はそれほど長くなくて、西大陸の中心にある城下町――その手前にある、城下町を囲んだ村に着く。
 村と言えど、人っ子1人いない寂しい場所だが、1人ここにいる奴を知っている。

 飛んできた俺たちは地面に着地し、いつもノールが住んでいる建物の前に立った。

「ノールー! いるかーっ!?」

 大声で外から呼んでみる。
 閑静な場所だ、これだけの声で呼べば聞こえるだろう。
 思い通り、その家の戸は勢い良く開いた。

「朝っぱらから大声で名前を呼ぶなんて、アンタ何考えてんの?」

 扉の先には不機嫌そうなノールが腰に手を当てて立っていた。
 黒髪黒目の巫女装束。
 コイツは変わらないな。

「悪い悪い。ちょっと、集まって欲しくてな」
「何の用?」
「ノールちゃんに書いてもらった歌詞を、これから世界に響かせちゃいます。どうせだし、ノールちゃん歌いませんか?」
「……はぁ? なんでそんな世界の恥になるようなことを……」

 さらっとフォルシーナが説明するも、ますますノールは機嫌が悪くなる。
 そんなに恥ずかしいことか……?

「そこをお願いしますよ〜。せっかく書いてもらったのに、このままじゃ歌い手も居ませんよ?」
「……いなくて結構だけど。なにそれ? ウチがやんなきゃダメなの?」
「ダメですね」
「……ふぁ〜っ……まぁ、必要だというなら歌うのも吝かじゃないわ。仕方ないからやったげる」

 欠伸をしながら、本当に仕方ないという風体で了承を貰う。
 折角の作詞者だし、来てもらえるのは嬉しい。

「そうと決まれば、行こうぜ」
「どこに?」
「地下神殿だよ。みんな居るぞ」
「……わかったわ」

 目的地については特に不満もないようだ。
 まぁ、ここからなら近いしな。

「行くぞ」

 俺は合図と共に飛び、後からみんなが続いた。
 もう寄り道する所もなく、一直線に空を駆ける。
 本当に大した距離もなくて、城前の階段に降り立ち、全員揃うのが確認できると城の中に入る。
 城から地下への入り口は基本的に隠されており、城に入ると敷いてある赤絨毯の下に引き戸があって、そこから中に入る。

「ほうほう、これまた随分と作りがいいな」

 入り口入ってすぐの通路を眺めながらタルナが感嘆する。
 石像が立ち並ぶだけなんだし、掃除もしてないから大したものではない。

「空気が汚れてないですわね」
「いくつも空調があるからな」

 ミュラリルの漏らした言葉を俺が拾う。
 大体どこのエリアも空調があって、空気がどもることはない。
 まぁ、空調の先から、どこに空気が逃げてるのかは知らないんだけどな。

 見学とかツアーというわけでもないが、建築物を眺めながら歩いていた。
 気が緩まってしまい、この先の事への対応が遅れるのは、仕方のないことだった。

 ――コツコツコツコツ。

「――? ヤララン、今何かしましたか?」
「いや、なにも?」

 変な、まるで歯を連続で噛み合わせるような音がした。
 俺たちは足を止めて回りを見渡すが、ノールだけがため息を吐いて暗い表持ちだった。

「ノール、どうした?」
「……なに? 今のでわからないわけ?」
「いや、だから何が……?」

 再度尋ねると、次はザッザッと、こちらに歩み寄る足音が聞こえた。
 地下にいるのはキィ、メリスタス、ルガーダスの3人だから、誰か迎えに来たのだろうか。
 そんな呑気な考えは、奴の姿見を見ると一瞬で失せた。

「骨の鳴る音。それを紡ぎ出す魔物といえば――」

 暗黒の頭蓋骨、露出された肋骨、骨だらけなのに何故か軽衫を履いており、黒翼を持った生命体。
 それが2体、俺たちの前に立ちはだかった。

「人骸鬼しかないでしょ?」

 ノールが言うや否や、彼女は悪幻種の姿に変貌を遂げていた。

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