連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/131/:志と恋 その1

「……本拠地の場所を聞いて尋ねる怪しい男を拘束したと報告があって来てみれば……君は何をしてるんだい?」
「……いや、まさか拘束されるなんて思わなかったんだよ」

 薄暗い拘置室では小窓から覗く光しか無く、鉄格子の向こう側には疲れ切った顔の青年が立って俺を見下ろしていた。
 忙しい身分の筈が、こんな薄暗い所までよく来たものだ。

「……ヤララン、要件はキィから聞いてるよ。ここにミュラリルを連れてきてあげようか?」
「いやいやタルナ、そこは出してくれるんじゃねぇの?」

 タルナは考えるように顎に手を当て、後ろ手に手錠を掛けられた俺を上から下まで眺める。

「……不審者に言われてもねぇ」
「おい! 冗談にしても笑えねぇよ!」
「そう慌てないでよ。ここは個室で防音もまぁ、それなりにいい。わざわざ2人で話すと言うなら、この場所の方が都合がいいだろう?」
「1つだけ言わせろ。お前絶対勘違いしてる! 変な話はしねーし、会うのはキィの意向だよ!」
「そうなのかい? まぁともかく、連れてくるから待ってなよ。その間に手錠ぐらいは外してるといい。壊されたら資源の無駄だからね」

 言って、鉄格子の間から1つの鍵を放り投げられる。
 人を雑に扱いやがって……って、俺が言えたことじゃないのか。

「じゃあ、10分ぐらい待っててね。ミュラリルを捜索しといたけど、今居るかわからないからもう少し掛かるかもだけど」
「わーったよ」
「では」

 ふて腐れた返事をする俺を一瞥し、タルナは拘置室と呼べるこの地を後にした。
 1人残された俺は足で鍵を手繰り寄せ、なんとか手の自由を得てもやる事がなく、寝転がってミュラリルが来るのを待った。
 数分後には拘置室の扉が開き、縦ロールで色素の薄い金髪を持った女性がランプを持って現れる。
 起き上がって見てみれば、タルナが呼びに行ったミュラリルその人だった。

「……あっ、本当に捕まってる」
「本当にってなんだよ……ミュラリル、お前はこの鉄格子の鍵持ってるか?」
「はい。タルナさんに渡されましたわ」

 鉄格子に近寄り、ランプを置いてから鍵を鉄格子に押し当てる。
 開いたらしく、縁の太い部分の格子が開いて再びランプを持って格子の中に入ってきた。
 こっちは出る気でいたのに、中で話そうってことか……?
 何でこんな暗いとこなんだよ、まったく……。

「……隣に座ってもよろしいですか?」
「じゃあ離れて座るか?」
「フフッ、それも変ですわね」

 クスクスと笑いながら、綺麗な仕草で俺の隣に腰を下ろした。
 床は硬いだろうに、背筋を伸ばした正座をしている。

「……足痛くねぇか?」
「いえ、正座は慣れてますわ」
「……ならいいけどよぉ」
「フフッ、気にかけてくださって感謝いたします」
「はぁ……」

 そんな事で感謝されても仕方ないと思うが。
 それよりも、俺はミュラリルが普通な様子みたいで緊張も解けた。
 キィがわざわざお願いに使ったんだし、重い話でもするのかと思えば、そんな事でもないのかね。
 ただ単に、俺にお願いを使う理由が無かっただけなのか……。

「……ヤラランさん。フォルシーナさんとは、仲良くされていますか?」
「仲良くって言うと、なぁ……いつもと変わらないと、しか言えねぇよ」
「いつもと変わらない、ですか?」
「あぁ、変わらねぇ。悪ふざけはするし、真面目な話は真面目にして、お互い頑張ってるよ」
「……何も進展しないのですね」
「進展?」
「え、あっ、なんでもないですわっ」
「……?」

 慌てて言葉を取り下げられ、俺の疑問の答えは返ってこない。
 進展ね……研究の事じゃないだろうし、何のことやら。

「こっちは、何か変わったか?」
「変わりましたわ……。タルナさんが王となり、“ネソプラノス”という国名を付けて国民と共に国を育むと宣言されましたの」
「……アイツ、本当に王様になったのかよ」

 王様になったらしいが、先ほどの姿はあまりにも王様らしくなかった。
 普通に着物を着てただけだし、偉ぶってないし、こんな暗い所に単身でやってくるし……。

「法を作ってる真っ最中ですのよ?ヤラランさんもご一緒に如何いかがですか?」
「俺はやる事がある。それに多分……この件が終わっても終わらなくても、俺はこの地には居ないと思う」
「――? それはどういう意味ですの?」
「……さぁなっ」

 理由は敢えて言わなかった。
 俺は行商してた時も、目標を持ってやっていた。
 目標が叶えば、次の目標を持つだろう。
 東と西は見て回ったし、次は北か南に行くはずだ。
 今の目標を達成しなければ研究を続けるだけ。
 この地に残り続けるとしても、それは地下であって、人と顔を合わせることもない――。

「……寂しい事は言わないでくださいませ」

 眉をひそめ、苦い顔をしながら俺の肩にゆっくりともたれ掛かってくるミュラリル。
 布越しなのに何故か暖かいが、それよりも寄り添われる事に俺は疑問を感じていた。

「……どうしたよ? そんな……密着しなくてもいいだろ?」
「…………」

 俯き気味で、返事らしい返事も返ってこない。
 遅れながらにやって来た返答は細々とした小さな声だった。

「……嫌じゃなければ、わたくしがこうする事を許してくださいませんか?」
「嫌じゃないけどなぁ……あんまり、男に密着しない方がいいと思うぜ?」
「……重々、承知しておりますわ」
「いや、だったら離れるだろ……」

 言ってることの矛盾。
 気付いて言ってるのか言ってないのかは知らないが、やれやれとため息でも吐きたい。

「……密着したい人だから、密着してますの」
「……俺の近くに居ても何もねぇよ。暑いし……なに? 体臭?」
「……そういうことじゃありませんのに」

 顔を上げて、ムッとした表情を俺に見せてくる。
 しかし、すぐに何かを思ったのか、ハッと目を開いて俯いた。
 なんだ?そんなに体臭が好きか、って冗談が嫌だったのか?

「……なんだよ? お前、変だぞ?」
「……寧ろ、ヤラランさんは変になりませんの? こんな所で――男女が2人……」
「…………」

 言って、ミュラリルはさらに俺へと深く寄り添う。
 物は言いようだが、そうだな。
 俺は男女を意識しなくても、する奴はする。
 ならまぁ、ミュラリルは恥ずかしがってるのか。

「……お前とも割りと長い付き合いだし、今更意識するなよ。疲れるぞ?」
「……なら、わたくしはもうずっと疲れてるのです」
「……はぁ?」
「まだわからないのですか――?」
「え?」

 ミュラリルの言葉が耳に入ると同時に、俺に掛かっていた彼女の体重は離れ、彼女の両手は俺の頬を持ち、強引に唇を奪っていた。
 それは数秒も立たぬ間の事。
 口付けを終えると彼女は真っ赤になった顔で、潤んだ瞳をまっすぐ俺に向けながらそのあてやかな唇を開いた。

「……貴方が好きだとわたくしは、ずっと前から意識していたのです」

 言葉の後に、ミュラリルの涙が1粒床に落ちる。
 雫の落ちる音は、静寂に響き渡った――。

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