連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/129/:来訪者その1
季節は移り変わり、秋が訪れたらしい。
時間のことなど最早気にならなかったが、唐突にやって来たキィとメリスタスを、俺とフォルシーナは8層の空き部屋にて迎え入れた。
「久しぶりだな、お2人。メリスタスは背が伸びたんじゃねぇか?」
「あはは、わかる? そのうちヤラランくんより大きくなるからね」
「……別に大きくなろうが構わねぇけどよ」
メリスタスは背が少し伸びて俺をちょっと見上げる程度の背丈となっている。
キィは変わった様子もなく、結構前にフォルシーナからツインテールにされたのも維持されていた。
「それで、急にどうしたんですか?」
「ああ、この城下町以外の西大陸全体を統一したから、その報告だ」
フォルシーナの質問にキィが答える。
統一? はやっ……。
「それでさヤララン。国になるわけだろ? 国名とか付けたり、王様作ったり、法や制度を作るんじゃないかと思ってな……どうよ?」
「……全権、タルナとお前達、あと、ミュラリルに一任する。多分、俺は――」
「私達は金輪際、上の世界に関わる事はありません。一先ず、キィちゃん達で国力増加のために全力を尽くしてください」
『!?』
俺の言葉を遮って、フォルシーナが言い切る。
目前の2人が驚くのも無理はないだろうが、俺自身も驚いていた。
フォルシーナは少しむっとした様子で俺の顔を見て、頬を突いてくる。
「俺は、ではありませんよ! まったく! 私達、でしょう? もうっ、怒りますよ?」
「え、でもお前は別にここに居続けなくても……。普通の家庭を築いたり……」
「……主戦力の私が抜けてどーするんですかっ。私が女だからって、幸せな家庭が私の幸せではないですよっ」
「いてっ……」
頬を人差し指でぐりぐりされる。
こんな研究ばっかしてる生活より、幸せな生活して欲しいもんだがな……。
ずっと居続ける覚悟があるなら、俺はフォルシーナの心を尊重しよう。
「いやいや。それ以前に、関わらないってなんでだよ? お前らが作ってきた平和を手放すのか?」
「あぁ、簡単な話ですよ。善悪調整装置の研究が数年で終わる見通しが立たないんです。この大陸の主権はとりあえずタルナとか、その辺にあげてください」
再びキィの質問に対し、あっけらかんとフォルシーナが言い放つ。
まぁもともと、俺たちが主権持ってるなんて一言も言ってないし、そんなものは自由に使ってもらって構わない。
「……え、でも、いいの? 最近だと、ヤラランくん死亡説とか噂されてるし、姿ぐらいは見せた方が……」
「……まぁ、死亡説が流れてようが一向に構わねぇけどな。研究素材がある時は東にある商会から無償で貰えるから、ここの地上に出る事はないな」
外に出て心を癒されたいと思うこともあるだろうが、フォルシーナがこんな調子だと俺も負けてられないし、外に出る必要もない。
死亡説は少し悲しくもあるけどな……。
2人は見るからにしょげて眉を顰ませ、キィが寂しそうな口で独り言のように呟く。
「……そうか。残念だよ。カララルとかすげーヤラランに会いたがってんのに……」
「ははっ、相変わらずなんだな。自分のやるべき事をやれって、伝えといてくれ」
「……わかったよ」
いじけた様子をキィの肩にメリスタスが手を乗せた。
そのメリスタスは顔を上げ、自分の心のままに話す。
「フォルシーナさんも、みんな班長に会いたいって技術班の人が言ってました。僕も……前みたいに、ヤラランくん達と一緒に居たかったです……」
「……すみませんね。それと、わかってるとは思いますが、私達がこの場に居ること……いや、この場所の存在は他言無用ですよ。いいですね?」
「……うん。そう言うと思って、誰にも言ってません。ただ、ミュラリルさんだけは……」
「……あの子ですか。彼女なら口が軽いわけでもないでしょうし、良しとしましょう」
フォルシーナの言う通り、ミュラリルは元王族であるだけあって口が硬いし、礼儀がある。
言うなと言われれば、言わないであろう。
「……話も尽きましたかね? 上の事は任せますので、地下の事は私達がやりますので頑張ってください」
頃合いを見計らってたかのように、フォルシーナが冷たく言い放った。
普通の顔で、普通の声で。
来訪者2人は唖然としてしまい、口を開いた。
「え……いや、まだそんなに話してもないだろ!?」
「そうだよ! 僕達はもっとお話ししたいのに……!」
「……あのですねぇ、この1分1秒が大切なんです。用件が済んだらさっさと戻ってくださいよ」
呆れたようにため息混じりに、まるで子供に躾をするように言い聞かせるフォルシーナ。
最近ずっと一緒に居るせいか、俺はコイツの言いたい事を理解していた。
そうだな、お前みたいな良い奴が、そんな事言うはずがないもんな。
「……お前達、もう帰れ。よくよく考えれば、お前達と仲良くしてると、研究の時間が減るんだよ」
「!? ヤラランまで何を言いだすんだよ!?」
「そのままの事だが? ……ったく、もっとしっかり躾とけば良かったぜ」
「躾だと……? お前ら、地下に篭り過ぎて頭腐ったな。……わかったよ。行こう、メリス」
「……。うん」
「…………」
2人が踵を返し、部屋から出ようとドアへ向かう。
その小さな背中を眺めていると、フォルシーナが優しく俺の背中をポンと叩いた。
「……そうだ。ヤララン、1つだけ」
「……なんだよ、キィ?」
「メリスと初めて会った旧エリト村で模擬戦をしただろ?」
「…………。あー、あったな……」
ぼんやりと思い出す。
確か、赤龍技とかで俺が負かされた。
そして、1つ願いを聞くと約束した。
「なんか願いが出来たのか? 聞ける範囲なら聞くぞ?」
「……今のお前を会わせてもしょうがねぇとは思うが、ミュラリルがお前に会いたがってるんだ。1回でいい。会いに行ってくれ。もう私からは何もねぇよ」
「……わかった。明日にでも行くさ」
「……ふん」
鼻を鳴らしてキィが先に部屋を出て行った。
メリスタスは少し悩むように顎に手を当てて部屋にギリギリ留まっている。
「……どうしたよ、メリスタス?」
俺が声を掛けると顎から手を離し、彼はクスリと笑う。
「いやぁ……キィちゃんは短気だからすぐ行っちゃったけど、僕はそうはいかないよ? サァグラトスさんとしたキィちゃんの今後についての話もあるし、僕も考えてたんだ〜っ」
「……考えてた? 何を?」
「この地にいつまでも根ざし続けるのか、他の地に行くのか……。フォルシーナさんもヤラランくんも、その想いであんな事言ったんでしょ?」
「…………」
俺たちは閉口した。
というか、閉口するしかなかった。
「……よくわかりましたね」
フォルシーナが先に口を開いた。
するとまたメリスタスはクスッと笑って、
「だって、2人があんな事言うはずないでしょ? キィちゃんが1番信頼してるヤラランくん達が自らキィちゃんから遠ざかることで、キィちゃんを自由に動けるようにしたい……そうだよね? 違う?」
「大正解ですけど、本人には言わないでくださいね?」
「うーん、やだ。それとなく伝えとくよ」
呆気なく拒否される。
自分の善意を裏切って頑張って言ったのに、無駄になるのか……。
「……あまり、キィの心に俺たちが残らない様に言ってくれよ?」
「もちろん、ヤラランくん達の事も配慮して告げるよ。それと、2人がこうして機会をくれた訳だし、僕達は世界を見て回ることにします」
「……そうか」
「はい。僕もまだまだ未熟だけど、ヤラランくんやフォルシーナさんみたいに、困ってる人を助けられる素敵な人になる様に頑張るよ」
メリスタスが近寄ってきて、俺とふの手を取り、屈託のない笑顔でこう告げた。
「今までお世話になりました。2人のおかげで僕自身、とても成長できたと思うよ。……本当にありがとうございました!」
最後の方は涙ながらで嗚咽交じりだったが、この感謝の気持ちはよく伝わった。
「……行ってこい、メリスタス」
「キィちゃんと幸せになる事を願ってます」
「はいっ! お2人もお元気でっ……!」
手を離し、一歩下がって一礼し、そのままメリスタスが退室して行った。
「……慕われてますね」
「……そうだな」
「わっ!? ヤララン鼻水出てますよ! 涙は良いですけど鼻かんでください!」
「……あーもう、マジで視界が霞んで……鼻水も……うっ、うえっ……」
「いやいやっ!吐かないでくださいよっ!! あーもう……しょうがない人ですね……」
蹲った俺の背中をフォルシーナがさする。
いや、まさか別れになるとは思わなかったんだよ……。
締まりが悪いが、これも一つの結果であろう。
アイツらは俺たちより若いし、世界を見て回って得るものがあるだろう。
俺たちは――自分のやる事をやろう。
時間のことなど最早気にならなかったが、唐突にやって来たキィとメリスタスを、俺とフォルシーナは8層の空き部屋にて迎え入れた。
「久しぶりだな、お2人。メリスタスは背が伸びたんじゃねぇか?」
「あはは、わかる? そのうちヤラランくんより大きくなるからね」
「……別に大きくなろうが構わねぇけどよ」
メリスタスは背が少し伸びて俺をちょっと見上げる程度の背丈となっている。
キィは変わった様子もなく、結構前にフォルシーナからツインテールにされたのも維持されていた。
「それで、急にどうしたんですか?」
「ああ、この城下町以外の西大陸全体を統一したから、その報告だ」
フォルシーナの質問にキィが答える。
統一? はやっ……。
「それでさヤララン。国になるわけだろ? 国名とか付けたり、王様作ったり、法や制度を作るんじゃないかと思ってな……どうよ?」
「……全権、タルナとお前達、あと、ミュラリルに一任する。多分、俺は――」
「私達は金輪際、上の世界に関わる事はありません。一先ず、キィちゃん達で国力増加のために全力を尽くしてください」
『!?』
俺の言葉を遮って、フォルシーナが言い切る。
目前の2人が驚くのも無理はないだろうが、俺自身も驚いていた。
フォルシーナは少しむっとした様子で俺の顔を見て、頬を突いてくる。
「俺は、ではありませんよ! まったく! 私達、でしょう? もうっ、怒りますよ?」
「え、でもお前は別にここに居続けなくても……。普通の家庭を築いたり……」
「……主戦力の私が抜けてどーするんですかっ。私が女だからって、幸せな家庭が私の幸せではないですよっ」
「いてっ……」
頬を人差し指でぐりぐりされる。
こんな研究ばっかしてる生活より、幸せな生活して欲しいもんだがな……。
ずっと居続ける覚悟があるなら、俺はフォルシーナの心を尊重しよう。
「いやいや。それ以前に、関わらないってなんでだよ? お前らが作ってきた平和を手放すのか?」
「あぁ、簡単な話ですよ。善悪調整装置の研究が数年で終わる見通しが立たないんです。この大陸の主権はとりあえずタルナとか、その辺にあげてください」
再びキィの質問に対し、あっけらかんとフォルシーナが言い放つ。
まぁもともと、俺たちが主権持ってるなんて一言も言ってないし、そんなものは自由に使ってもらって構わない。
「……え、でも、いいの? 最近だと、ヤラランくん死亡説とか噂されてるし、姿ぐらいは見せた方が……」
「……まぁ、死亡説が流れてようが一向に構わねぇけどな。研究素材がある時は東にある商会から無償で貰えるから、ここの地上に出る事はないな」
外に出て心を癒されたいと思うこともあるだろうが、フォルシーナがこんな調子だと俺も負けてられないし、外に出る必要もない。
死亡説は少し悲しくもあるけどな……。
2人は見るからにしょげて眉を顰ませ、キィが寂しそうな口で独り言のように呟く。
「……そうか。残念だよ。カララルとかすげーヤラランに会いたがってんのに……」
「ははっ、相変わらずなんだな。自分のやるべき事をやれって、伝えといてくれ」
「……わかったよ」
いじけた様子をキィの肩にメリスタスが手を乗せた。
そのメリスタスは顔を上げ、自分の心のままに話す。
「フォルシーナさんも、みんな班長に会いたいって技術班の人が言ってました。僕も……前みたいに、ヤラランくん達と一緒に居たかったです……」
「……すみませんね。それと、わかってるとは思いますが、私達がこの場に居ること……いや、この場所の存在は他言無用ですよ。いいですね?」
「……うん。そう言うと思って、誰にも言ってません。ただ、ミュラリルさんだけは……」
「……あの子ですか。彼女なら口が軽いわけでもないでしょうし、良しとしましょう」
フォルシーナの言う通り、ミュラリルは元王族であるだけあって口が硬いし、礼儀がある。
言うなと言われれば、言わないであろう。
「……話も尽きましたかね? 上の事は任せますので、地下の事は私達がやりますので頑張ってください」
頃合いを見計らってたかのように、フォルシーナが冷たく言い放った。
普通の顔で、普通の声で。
来訪者2人は唖然としてしまい、口を開いた。
「え……いや、まだそんなに話してもないだろ!?」
「そうだよ! 僕達はもっとお話ししたいのに……!」
「……あのですねぇ、この1分1秒が大切なんです。用件が済んだらさっさと戻ってくださいよ」
呆れたようにため息混じりに、まるで子供に躾をするように言い聞かせるフォルシーナ。
最近ずっと一緒に居るせいか、俺はコイツの言いたい事を理解していた。
そうだな、お前みたいな良い奴が、そんな事言うはずがないもんな。
「……お前達、もう帰れ。よくよく考えれば、お前達と仲良くしてると、研究の時間が減るんだよ」
「!? ヤラランまで何を言いだすんだよ!?」
「そのままの事だが? ……ったく、もっとしっかり躾とけば良かったぜ」
「躾だと……? お前ら、地下に篭り過ぎて頭腐ったな。……わかったよ。行こう、メリス」
「……。うん」
「…………」
2人が踵を返し、部屋から出ようとドアへ向かう。
その小さな背中を眺めていると、フォルシーナが優しく俺の背中をポンと叩いた。
「……そうだ。ヤララン、1つだけ」
「……なんだよ、キィ?」
「メリスと初めて会った旧エリト村で模擬戦をしただろ?」
「…………。あー、あったな……」
ぼんやりと思い出す。
確か、赤龍技とかで俺が負かされた。
そして、1つ願いを聞くと約束した。
「なんか願いが出来たのか? 聞ける範囲なら聞くぞ?」
「……今のお前を会わせてもしょうがねぇとは思うが、ミュラリルがお前に会いたがってるんだ。1回でいい。会いに行ってくれ。もう私からは何もねぇよ」
「……わかった。明日にでも行くさ」
「……ふん」
鼻を鳴らしてキィが先に部屋を出て行った。
メリスタスは少し悩むように顎に手を当てて部屋にギリギリ留まっている。
「……どうしたよ、メリスタス?」
俺が声を掛けると顎から手を離し、彼はクスリと笑う。
「いやぁ……キィちゃんは短気だからすぐ行っちゃったけど、僕はそうはいかないよ? サァグラトスさんとしたキィちゃんの今後についての話もあるし、僕も考えてたんだ〜っ」
「……考えてた? 何を?」
「この地にいつまでも根ざし続けるのか、他の地に行くのか……。フォルシーナさんもヤラランくんも、その想いであんな事言ったんでしょ?」
「…………」
俺たちは閉口した。
というか、閉口するしかなかった。
「……よくわかりましたね」
フォルシーナが先に口を開いた。
するとまたメリスタスはクスッと笑って、
「だって、2人があんな事言うはずないでしょ? キィちゃんが1番信頼してるヤラランくん達が自らキィちゃんから遠ざかることで、キィちゃんを自由に動けるようにしたい……そうだよね? 違う?」
「大正解ですけど、本人には言わないでくださいね?」
「うーん、やだ。それとなく伝えとくよ」
呆気なく拒否される。
自分の善意を裏切って頑張って言ったのに、無駄になるのか……。
「……あまり、キィの心に俺たちが残らない様に言ってくれよ?」
「もちろん、ヤラランくん達の事も配慮して告げるよ。それと、2人がこうして機会をくれた訳だし、僕達は世界を見て回ることにします」
「……そうか」
「はい。僕もまだまだ未熟だけど、ヤラランくんやフォルシーナさんみたいに、困ってる人を助けられる素敵な人になる様に頑張るよ」
メリスタスが近寄ってきて、俺とふの手を取り、屈託のない笑顔でこう告げた。
「今までお世話になりました。2人のおかげで僕自身、とても成長できたと思うよ。……本当にありがとうございました!」
最後の方は涙ながらで嗚咽交じりだったが、この感謝の気持ちはよく伝わった。
「……行ってこい、メリスタス」
「キィちゃんと幸せになる事を願ってます」
「はいっ! お2人もお元気でっ……!」
手を離し、一歩下がって一礼し、そのままメリスタスが退室して行った。
「……慕われてますね」
「……そうだな」
「わっ!? ヤララン鼻水出てますよ! 涙は良いですけど鼻かんでください!」
「……あーもう、マジで視界が霞んで……鼻水も……うっ、うえっ……」
「いやいやっ!吐かないでくださいよっ!! あーもう……しょうがない人ですね……」
蹲った俺の背中をフォルシーナがさする。
いや、まさか別れになるとは思わなかったんだよ……。
締まりが悪いが、これも一つの結果であろう。
アイツらは俺たちより若いし、世界を見て回って得るものがあるだろう。
俺たちは――自分のやる事をやろう。
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