連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/128/:研究過程その5
「……どうだぁ、クソガキ?城の天辺から見た光景は?」
「……酷い、としか言いようがねぇよ」
俺とフォルシーナは初めて城下町の様子を眺めていた。
屋根の上は夏の陽光がチラついて眩いのに、下の景色を見ていると太陽も暑さも気にならなかった。
人の死骸が無造作に転がり、それを処理する間も無く人間達が働いている。
家を建て、作物を育て、はしゃぐ声もなく苦渋に満ちた表情で誰もが働いている。
「労働時間は19時間、睡眠は4時間、食事と排泄で合わせて1時間てとこだな。サボりを見つけると王が制裁を加える。まぁサボってなくても作りたての家ぶっ壊したりしてんだけどな。後はノールとかが適当に人を斬りつけに来る。そして恨まれた分の悪魔力が王とかノールに集中するし、この恨まれ政治で悪魔力稼いでんだよ。悪幻種になってもいいと思ってたんだが、悪い環境でも人は慣れるもんなんだな。悪意の最大値が大して変わらねぇんだよ。これも奇跡だな」
「……そんな奇跡、いらねぇだろ」
握った拳は爪が食い込んで血が滲みそうだった。
こんなに近くに居たのに、城の外がこんな風になっていたのを知らなかった。
そんな自分も腹立たしい。
「……どうだかな。1層毎に入る人骸鬼が2万体として、今埋まってるのが2層と3層。1層目は半分しか入ってない上、昔の研究で色々入ってて……まぁ4億ぐらいの悪魔力か。4層も7割埋まり、これで5億6000万。5、6層に1億ぐらいか。これら全部足しても、世界の悪意全体の1%にも満たねぇ。この先、世界の人口が増えりゃあ善意も増えるし、人骸鬼は作るし……つっても、入るとこねぇから少しでも賄うしかねぇんだよ。いっそ、王に頼んで人骸鬼を海に捨ててもらうか? ハハッ、王様に雑事頼むとか笑えるっ!」
「……いや、元が人のモノを海に捨てるなんてできない。出来る限りは保管しよう」
「……倫理観なんて無意味だっつってんのになぁ。ま、好きにしろよ。俺は外の空気も吸ったし、先に下戻るぜ」
「…………」
ルガーダスが屋根から飛び降りてガシッと屋根を掴み、身を翻して城の窓から城内に入る。
残された俺たちは異様に後味悪く、なんとも言えない遺憾を胸に、ただ立ち尽くした。
「――やるしかないですね」
「……ん?」
「俄然、やる気が湧いてくるじゃないですか。私達で装置を、一刻も早く制御して善悪の比を9:1とか10:0に変えてやりましょう!」
「…………」
「……な、なんですかっ、その目は」
その目と言われるが、俺はそんなに変な目はしてない。
ちょっと驚いて目を丸くしたといったところだ。
コイツも変わったんだな、と……。
「……いや。いつの間にか、俺なんかよりスゲェ奴になってたんだな、と思ってな」
「はい? 凄さの優劣は分かりませんが……まぁ、私は元から凄いですよ?」
「……そうだな。そうだったよ」
いつも俺の言うことはなんでも聞いてくれたし、サポートしてくれた。
だけど――まさか、コイツに励まされる日が来るとは思ってなかった。
遺憾も何もかも吹き飛んで、今なら良い研究ができるかもしれない。
「……戻ろう。いつもサンキュッ、フォルシーナ」
「えっ!? ちょ、そのサンキュはどういう意味ですか!」
「日頃の感謝だろ。ほら、戻るぞ」
「む、むぅ。待ってくださいよ〜っ!」
屋根から飛び降り、無色魔法で体を浮かせて場内に入る。
無駄に広いこの城を降りきり、俺たち2人は研究を再開した。
「――月別の国内犯罪数は変わりません、か……。まぁ、数ヶ月で上手くいくこともないでしょう」
フラクリスラル城横の右塔より、フラクリスラル王は髭を摩りながら西の方を見ていた。
背後には数名の兵士と騎士とが控え、跪いて下を見つめている。
初老の王は夕暮れのオレンジ色の空に目をやった。
1日の終わりのような夕空も、自分の寿命と重ねて見て取れ、彼は内心急いでいた。
もう彼は齢70を超えている。
世界的に見ても70歳は長寿であり、いつ死ぬか不安に駆られるのもおかしくはないのだった。
「……あと1年。長くても1年待ちましょう。ヤララン、フォルシーナ。貴方達に出来なくば、罪と悪を背負う事を、フラクリスラルは続けましょう……」
憂に満ち満ちた瞳を夕日に向け、老人は呟く。
自分がどれ程の罪人かは理解していても、自国のため、そして世界の在り方を考えて犯した行為であった。
全体が不安定で治安が不良であるより、半分が確実で平和である方が良く、それが自国ならばと思ったのだ。
しかし、当然彼とて世界平和を願う1人の人間。
ヤラランとフォルシーナには頑張ってもらいたい。
しかし――。
もしも、平和が訪れることがなくば――
「……王陛下。罪と悪を背負い続けるとは、どういうことでしょうか?」
兵士の1人が老人に問うた。
老人は赤のマントをひらつかせて振り返り、目下の騎士に答える。
「安寧を取り戻した西大陸へ、フラクリスラルは再度侵攻いたします。但し、人は殺さず、作物や建物などを根絶やしにします。あらゆる物を強奪し、あらゆる物を破壊します」
「!? 誰も殺さないのですか!?」
「殺人は何人たりとも許しません。ヤララン一行はフラクリスラルに迎え入れます。彼らは重要な人材なのですから……。残った人間は西大陸で苦痛の日々を味合わせるため、新たに策を考えましょう」
「それで我が国の兵や騎士、軍の者が死ぬかもしれないのですよ!?」
今度は別の所から声が上がった。
フラクリスラルの騎士長である男で、ガッチリした体つきの上からは白銀の鎧を着ており、腰元に大剣を携えた大男。
責任者として、長として、部下が死ぬということが嫌なのは我とてわかる。
なにせ、王なのだから――。
「えぇ、こちらが殺さない以上、数の減らぬ敵に殺されるのは当然です。ですが、貴方達に志があるならば、やり遂げなくてはなりません。未来を担う国の民として……」
「私はその意見に賛成ですよ」
「!?」
不意にそよいだ風。
騎士や王を撫でる風と共に、タンッと人の降りる音がある。
まだ若いとも老いたとも言えぬ荘厳な顔付きでどこまでも無表情で愛想などない。
落ち着いていて長い髪を首の後ろで縛っている。
赤の着物の上には肩章や宝石を付け、腰元に刀を携えていた。
「……ファリュイア殿」
「シュテルロード侯爵、何しに来たのですか?」
「愚息の様子を聞きに参りました……が、面白い話をしていたようで、少し拝見させて頂いた次第です。戦争となれば、このファリュイア・シュテルロード、必ずや戦地を狂気で蠢く地獄に変えて見せましょう」
王の前で跪き、ファリュイアは色の無い声で誠意を見せる。
なんとも言えない王は1つため息を吐き出した。
「はぁ……シュテルロード侯爵、下がりなさい。まったく、貴方が悪人だから息子が出て行ったのです」
「……私に非はありませぬ、王よ。寧ろ、あんな風に育ったヤラランが悪いのです」
「いやいや、悪い子に育ってたら困りますよ……。ともかく、今の話も1年後にあるかもしれない、という話です。頭の中に留めておくだけにしてください。騎士も兵士もわかりましたね?」
『御意』
「ならばもう城に戻りますよ。それからシュテルロード侯爵。我と貴方の中とはいえ、次は普通に城に来なさい」
「……覚えていれば、そう致します」
ファリュイアの返事に、また王はため息を吐く。
こんな事で国は大丈夫なのかと憂いたくもなるが、自分の作ってきた国なのだからなんとも言えないのであった。
「……酷い、としか言いようがねぇよ」
俺とフォルシーナは初めて城下町の様子を眺めていた。
屋根の上は夏の陽光がチラついて眩いのに、下の景色を見ていると太陽も暑さも気にならなかった。
人の死骸が無造作に転がり、それを処理する間も無く人間達が働いている。
家を建て、作物を育て、はしゃぐ声もなく苦渋に満ちた表情で誰もが働いている。
「労働時間は19時間、睡眠は4時間、食事と排泄で合わせて1時間てとこだな。サボりを見つけると王が制裁を加える。まぁサボってなくても作りたての家ぶっ壊したりしてんだけどな。後はノールとかが適当に人を斬りつけに来る。そして恨まれた分の悪魔力が王とかノールに集中するし、この恨まれ政治で悪魔力稼いでんだよ。悪幻種になってもいいと思ってたんだが、悪い環境でも人は慣れるもんなんだな。悪意の最大値が大して変わらねぇんだよ。これも奇跡だな」
「……そんな奇跡、いらねぇだろ」
握った拳は爪が食い込んで血が滲みそうだった。
こんなに近くに居たのに、城の外がこんな風になっていたのを知らなかった。
そんな自分も腹立たしい。
「……どうだかな。1層毎に入る人骸鬼が2万体として、今埋まってるのが2層と3層。1層目は半分しか入ってない上、昔の研究で色々入ってて……まぁ4億ぐらいの悪魔力か。4層も7割埋まり、これで5億6000万。5、6層に1億ぐらいか。これら全部足しても、世界の悪意全体の1%にも満たねぇ。この先、世界の人口が増えりゃあ善意も増えるし、人骸鬼は作るし……つっても、入るとこねぇから少しでも賄うしかねぇんだよ。いっそ、王に頼んで人骸鬼を海に捨ててもらうか? ハハッ、王様に雑事頼むとか笑えるっ!」
「……いや、元が人のモノを海に捨てるなんてできない。出来る限りは保管しよう」
「……倫理観なんて無意味だっつってんのになぁ。ま、好きにしろよ。俺は外の空気も吸ったし、先に下戻るぜ」
「…………」
ルガーダスが屋根から飛び降りてガシッと屋根を掴み、身を翻して城の窓から城内に入る。
残された俺たちは異様に後味悪く、なんとも言えない遺憾を胸に、ただ立ち尽くした。
「――やるしかないですね」
「……ん?」
「俄然、やる気が湧いてくるじゃないですか。私達で装置を、一刻も早く制御して善悪の比を9:1とか10:0に変えてやりましょう!」
「…………」
「……な、なんですかっ、その目は」
その目と言われるが、俺はそんなに変な目はしてない。
ちょっと驚いて目を丸くしたといったところだ。
コイツも変わったんだな、と……。
「……いや。いつの間にか、俺なんかよりスゲェ奴になってたんだな、と思ってな」
「はい? 凄さの優劣は分かりませんが……まぁ、私は元から凄いですよ?」
「……そうだな。そうだったよ」
いつも俺の言うことはなんでも聞いてくれたし、サポートしてくれた。
だけど――まさか、コイツに励まされる日が来るとは思ってなかった。
遺憾も何もかも吹き飛んで、今なら良い研究ができるかもしれない。
「……戻ろう。いつもサンキュッ、フォルシーナ」
「えっ!? ちょ、そのサンキュはどういう意味ですか!」
「日頃の感謝だろ。ほら、戻るぞ」
「む、むぅ。待ってくださいよ〜っ!」
屋根から飛び降り、無色魔法で体を浮かせて場内に入る。
無駄に広いこの城を降りきり、俺たち2人は研究を再開した。
「――月別の国内犯罪数は変わりません、か……。まぁ、数ヶ月で上手くいくこともないでしょう」
フラクリスラル城横の右塔より、フラクリスラル王は髭を摩りながら西の方を見ていた。
背後には数名の兵士と騎士とが控え、跪いて下を見つめている。
初老の王は夕暮れのオレンジ色の空に目をやった。
1日の終わりのような夕空も、自分の寿命と重ねて見て取れ、彼は内心急いでいた。
もう彼は齢70を超えている。
世界的に見ても70歳は長寿であり、いつ死ぬか不安に駆られるのもおかしくはないのだった。
「……あと1年。長くても1年待ちましょう。ヤララン、フォルシーナ。貴方達に出来なくば、罪と悪を背負う事を、フラクリスラルは続けましょう……」
憂に満ち満ちた瞳を夕日に向け、老人は呟く。
自分がどれ程の罪人かは理解していても、自国のため、そして世界の在り方を考えて犯した行為であった。
全体が不安定で治安が不良であるより、半分が確実で平和である方が良く、それが自国ならばと思ったのだ。
しかし、当然彼とて世界平和を願う1人の人間。
ヤラランとフォルシーナには頑張ってもらいたい。
しかし――。
もしも、平和が訪れることがなくば――
「……王陛下。罪と悪を背負い続けるとは、どういうことでしょうか?」
兵士の1人が老人に問うた。
老人は赤のマントをひらつかせて振り返り、目下の騎士に答える。
「安寧を取り戻した西大陸へ、フラクリスラルは再度侵攻いたします。但し、人は殺さず、作物や建物などを根絶やしにします。あらゆる物を強奪し、あらゆる物を破壊します」
「!? 誰も殺さないのですか!?」
「殺人は何人たりとも許しません。ヤララン一行はフラクリスラルに迎え入れます。彼らは重要な人材なのですから……。残った人間は西大陸で苦痛の日々を味合わせるため、新たに策を考えましょう」
「それで我が国の兵や騎士、軍の者が死ぬかもしれないのですよ!?」
今度は別の所から声が上がった。
フラクリスラルの騎士長である男で、ガッチリした体つきの上からは白銀の鎧を着ており、腰元に大剣を携えた大男。
責任者として、長として、部下が死ぬということが嫌なのは我とてわかる。
なにせ、王なのだから――。
「えぇ、こちらが殺さない以上、数の減らぬ敵に殺されるのは当然です。ですが、貴方達に志があるならば、やり遂げなくてはなりません。未来を担う国の民として……」
「私はその意見に賛成ですよ」
「!?」
不意にそよいだ風。
騎士や王を撫でる風と共に、タンッと人の降りる音がある。
まだ若いとも老いたとも言えぬ荘厳な顔付きでどこまでも無表情で愛想などない。
落ち着いていて長い髪を首の後ろで縛っている。
赤の着物の上には肩章や宝石を付け、腰元に刀を携えていた。
「……ファリュイア殿」
「シュテルロード侯爵、何しに来たのですか?」
「愚息の様子を聞きに参りました……が、面白い話をしていたようで、少し拝見させて頂いた次第です。戦争となれば、このファリュイア・シュテルロード、必ずや戦地を狂気で蠢く地獄に変えて見せましょう」
王の前で跪き、ファリュイアは色の無い声で誠意を見せる。
なんとも言えない王は1つため息を吐き出した。
「はぁ……シュテルロード侯爵、下がりなさい。まったく、貴方が悪人だから息子が出て行ったのです」
「……私に非はありませぬ、王よ。寧ろ、あんな風に育ったヤラランが悪いのです」
「いやいや、悪い子に育ってたら困りますよ……。ともかく、今の話も1年後にあるかもしれない、という話です。頭の中に留めておくだけにしてください。騎士も兵士もわかりましたね?」
『御意』
「ならばもう城に戻りますよ。それからシュテルロード侯爵。我と貴方の中とはいえ、次は普通に城に来なさい」
「……覚えていれば、そう致します」
ファリュイアの返事に、また王はため息を吐く。
こんな事で国は大丈夫なのかと憂いたくもなるが、自分の作ってきた国なのだからなんとも言えないのであった。
コメント