連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/126/:研究過程その3

 さらにもう一月経過した。
 フォルシーナは無理をしていると見てわかるが、成果が出ているために何も言えなかった。

 機械内にある素子の1つを少し大きめに作り、風も水も火も魔力も、なんでも流して性質を見いだせたのだ。
 この一つでも、俺たちにとっては大きな進展だった。
 ルガーダスに渡された図面は何重にも重なった板の塊やなんか発光してるらしい未知の動力、無数の配線が枝分かれして板についていて、見てても何がどうなってるのか俺にはさっぱりだし、わかった素子だって“入ってきた風を電気に変換する”とかいうわけのわからんものみたいで、よくもまぁ発見できたなぁと思う。
 喜びの一方、フォルシーナは少しずつやつれていった。
 寝る間も惜しんでブツブツ言いながら机に向かうようになると、さすがに俺も声を掛けた。

「……おい、フォルシーナ」

 ルガーダスがイビキをかいて眠る中、俺は自分のベッドに寝そべりながら、俺に背中を見せてペンを握った彼女に声を掛ける。
 数秒してから漸く気付いたのか、俺の方に顔を向ける。
 深いクマのできた顔を。

「…………。はい? なんですか?」
「……無理すんなよ?別に、早急に事を成さなきゃいけないわけじゃない。お前が倒れでもしたら、それこそ一大事だ」
「でも、急いだ方が良いでしょう?こうしてる間にも犯罪が増えているかもしれない。休んでる暇なんて、ないですよ」
「…………」

 彼女が笑ってそう言うのが、俺には少し嘆かわしかった。
 フォルシーナは出会った当初、本当に物作りにしか興味を示さない女の子だった。
 こうして世界全体のことを考えてくれるようになった原因は、きっと俺にあるのだろう。
 それは喜ばしい事だけど、きっと彼女は忘れてしまったんだ。
 自分も、この世界の一員である事を。

「……だから、無理すんなっつってんだろうが」

 俺は起き上がってフォルシーナの隣に立ち、彼女の肩に手を置いた。
 すると銀髪を揺らして、彼女が俺の方に顔を向ける。

「お前が大切にしたい世界には、お前もこうして生きている。休む権利はあるんだよ。それに、お前の事が心配なこっちの気持ちも、少しは考えろよな」
「……心配。心配ですか……」

 重ねて心配という言葉をフォルシーナは口にした。
 瞳には少し陰りが差し、彼女は目の前の資料に向き直る。
 俺も肩から手を離し、彼女のベッドに腰を下ろした。

「……ちょっと、張り切り過ぎたのは認めますよ。心配掛けさせてごめんなさい」
「……わかってくれりゃ良いけどさ。気負いし過ぎるなよ?」
「フフッ……いえっ。気負いなんてしてませんよ?」
「……その顔で?」
「研究者として、何かに熱心になると2徹3徹は当然の事ですから、これでも寝てる方ですよ。クマがあるのは普通です」
「……お前が言うと、強あながち嘘でもなさそうだな」

 今まで俺は、フォルシーナが研究中を覗いたことはないし、本当に2徹とかしてても不思議ではないのは今のフォルシーナの顔から見て取れる。
 睡眠不足が顔に出てるんだがなぁ……。

「でも私、今、楽しいんです」
「……研究できて?」
「いえ、やりたい事を研究してるわけじゃないからこれは面白くないです。だけど、私の研究者としての凄さが、ヤラランにはっきりと伝わるかと思いまして……」
「…………」

 確かに、近日で凄さはよくわかった。
 俺なんかとは発想もまるっきり違うし、手際がよくて行動に無駄がない。
 それは長年、研究者としての腕を独自で磨いてきた成果だと言える。

「ヤラランの凄いところはいつでも見れますが、私のはそうではありませんでした。一番得意な所なのに、研究って言っても、パッとしませんよね。だから、同じスタートラインから始めて、私と自分を比較して、私は凄いんだー!っていうのをわかってもらえてたら、私は嬉しいんですよ」

 花の咲くような笑顔で、彼女はそう言った。
 目元のクマには似合わぬ笑顔なのに、どこか生き生きとした喜びが見て取れて、俺もつられて笑う。
 と言っても、苦笑だった。

「……お前に比べりゃ、俺なんて全然大したことねーよ」
「そうですかね? 貴方以上に人の上に立つ人材を私は見たことないですが」
「おだてんな。人の上に立つより同じ高さで立ってたいね。あぁでも、フォルシーナよりは高くても良いかもしれねぇ」
「む、なんですって! 寧ろ、私がヤラランを踏み潰して差し上げますよ」
「……お前は巨大化でもするつもりか?」
「しないですねぇ……多分」

 互いに苦笑する。
 最後の多分って、なんだ。
 魔法については技術者としてトップクラスだし、いつか本当にしそうだぞ。

「ま、俺と変わらない背丈だし、今ぐらいが丁度いいよな。お互い立てば顔も見やすいし、もうフォルシーナに見下されずに済むし……」
「……顔を見る、ですか。ははぁん、私の可愛さに漸く気付きましたかそうですかそうですか」
「……可愛いのは知ってたつもりだが、自分で言うなよ」
「……え? 私の事、可愛いと思ってたんですか?」
「……そりゃあ、まぁ」

 顔立ちも良いし、最近は笑ったり集中してたりキレたりと百面相してるが、普通にしてれば美人だろう。
 昔は目が半開きだったが、今ではパッチリ開いてるし、明るい印象がある。
 性格はこんなだしな、総合的にも可愛いとんじゃないかと思うが……。

「俺が可愛いと思ってちゃ悪いかよ?」
「いえいえ! そんなことは全然! あ、でも、そうですね。隣で寝ているわけですし、私が寝ている隙に淫らな行為を働く可能性も……」
「何年間隣で寝てんだよ……つーか寧ろ、そこまで妄想を発展させるなんて、お前は淫らな事をされたいのかよ?」
「えー? そこ聞いちゃいます? 仮にも私は乙女ですよ?」
「……面倒くさくなりそうならいいや。はぁ……結局長話して寝不足になるんだよな」
「まだまだ夜は長いですよ! さぁ、語り尽くしましょう!」
「嫌だ、寝ろ」
「はいっ」

 この会話を最後に、5分後には片付けをして寝た。
 そんな研究過程の一コマ。

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