連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/113/:幸せ話

「……懐かしい顔だな。誠に、そっくりだ」
「……はぁ」

 囲炉裏を囲って私達3人は座っている。
 私の右隣には当然メリス、正面にはサァグラトスとかいう爺さんで、左手にはフォルシーナの置いてったお盆とか茶葉とか湯飲みがある。
 湯飲みは水滴も付いておらず、使用後のものではないみたいだ。

「シィはどうしている?」
「……母さんなら死んだよ」
「……そうか」
「…………」

 爺さんが目を伏せ、眉をひそめた。
 この爺さんはなにやら、母さんの兄貴らしい。
 随分と老けてるが、年の差が激しかったのか、それともただの老け顔か。
 まぁ、血が繋がってるんならそんな事はどっちでもいい。
 なんにしても……。

「あさか、血の繋がってる奴が生きてるとは思わなかったよ」
「それは余とて同じだ。王である余以外に親族が生きていようとは……これほど嬉しい事はない」
「嬉しい事はないって……私はアンタの知り合いでもなかったし、今日まで家族だと知らなかった女だぞ?嬉しいのか?」
「もちろんだとも。余はハヴレウス家の者全員が不幸な顛末で終わって欲しくないと願っていた。もう誰も同じ血の流れる家族が居ないと思って、それも諦めていた。だが、其方が生きていて余は救われたのだよ」
「……へぇ」

 正直、面倒な話だった。
 私は自分の命の重みなんて、大して興味がない。
 メリスに嫌われない命なら、今の私は命が重かろうと軽かろうとどっちでもいい。

「……まぁ、其方は然程さほど興味なさそうだが、それでも良いのだ。余は其方のためなら何も惜しまない。命じられればフラクリスラルをも裏切ろう」
「……裏切ろうって、今はフラクリスラルの仲間なのか?」
「その通りだ。こんな堕ちた王でも、守るものがあるからな。世界を混沌とさせないために、余はこの大陸を悪として守らねばならない。余1人が城下町を管理をするだけで、少数だが、およそ数千人が善意を持ち、平和に暮らせることだろう。そのためにフラクリスラルと繋がっている」
「…………」

 自身を犠牲に、かつて同族を殺した国に付いているのか。
 ヤラランは綺麗なやり方で世界を平和にしようとしているけど、この爺さんは汚いやり方で世界を保たせてるんだ。

 捻じ曲がった平和だ。
 ヤララン曰く、東では全悪平等という話も出てないのだ。
 過去から今まで、どんな苦労が西で起きてるのかも知らずに、のうのうと平和を謳歌している。

「……アンタ、そんな生き方で良いのかよ。強いんだろ? 東大陸に付く必要があるのかよ?」
「……ふむ」

 爺さんは自身の髭をさすり、短くうめいた。

「随分と昔ではあるが、余は臣下に睡眠薬を飲まされた。その間に家族が死に、国が滅び、無理やり再構成された西大陸に縛り付けられている。その最もたる理由は、フラクリスラルやつらの使う遠隔魔法のせいなのだよ」
「……遠隔魔法? まさか、今の状況も――」
「案ずるな、盗聴出来るほどの高度なものではない。映像は余が20年前から遮断している。しかし、体内には青魔法の爆弾が埋め込まれていて、西大陸を脱すれば起爆するようになっている。余は奴らの作った監獄から出る手段を持たないのだ。しからば、せめて世界のためになることをするのは当然の定めだ。余はこの生き方で生涯を終えるだろう」
「…………」

 不憫な人生だと思う。
 自分の幸福は無く、未来に全てを託すのはヤラランと変わらない。
 ヤラランはその事が自身の幸福だからいい。
 けど、この爺さんはそうせざるを得ない状況で、自分の幸福を探せもしないんだ。

「……ごめんな。自分の親族なのに、私は何もしてやれねぇよ」
「当然だ、其方が悪いのではないのだから。こんなジジィの言葉なぞ、頭の片隅に置いとくがよい」
「とは言っても……」
「それよりも、キィよ。余の最後の願いとしては、ハヴレウス家最後の血筋である其方には幸せであってほしい。否、幸せであれ。その事を、今この場で確約してもらえないか?」
「…………」

 自分の話を押し退けて、話題を一気に変えてくる爺さん。
 ……どんだけ自己犠牲だよ。
 自分はいいから姪っ子に幸せであれってそんな事、普通は願わないだろうに。
 けど、それしか道がないって言うなら、私は頷こう。

「……わかった。けど、確約する必要はないぜ?」
「……む?」
「私はコイツさえいれば……幸せだからなっ」

 それまで蚊帳の外だったメリスの腕を取り、ギュッと抱きしめる。
 メリスは少し慌てた様子だったが拒絶もなく、爺さんは感心したように頷いた。

「ほう……メリスタス、といったか?」
「え? は、はい……」
「キィを幸せにできるのか?」
「……え、はい。そのつもりで恋人になってますけど……」
「ふむ……」
「…………」
「……頼りないな」
「ぐうっ」

 直球で頼りないと言われ、メリスが顔色を悪くする。
 頼りないのはいつもの事なんだし、私は別にこれといって気にしたりしないが……。

「……キィ。どうせなら、ヤラランの様な青年と結ばれれば良いものを、どうしてこのような少年を選んだのだ?」
「メリスは優しくて、一緒にいると元気になるんだよ。私はこんな性格だからさ、良く1人で突っ走ってしょぼくれることもある。そんな時に、メリスは元気にしてくれるからさ。素直だし可愛いし、好きにならない方がおかしいだろ?」
「可愛いって……僕も少しは男としての威厳があると思うんだけど」
「ない」
「ぐふっ」

 メリスの言葉をあっさり否定すると、今度は胸を抑え出した。
 そういう反応も可愛らしいんだけど……なんて言ったら、立ち直れなくなるかな?
 やめておこう。

「……相性は良いようだな」

 爺さんが私たちを見て笑う。
 相性?最高に決まってるだろうが。

「できれば、2人で異邦の地に暮らして欲しいものだが……」
「それは無理だ。私達はあくまでもヤラランの仲間だからな」
「うん。僕達は、僕達を助けてくれたヤラランくんに付いて行くよ。勿論、キィは僕が守るし、僕も死ぬつもりはないから叔父さんは心配しないでください」
「キャー! 守るなんて、恥ずかしいよ〜……えへへへ」
「あ、当たり前のことを言っただけだよ……」
「…………」

 腕だけじゃなく、メリスの体をぎゅーっと抱きしめる。
 爺さんがジト目で見ているが、そんな細かいことは気にしない。

「……まぁ、それほど微笑ましい場面をマジマジと見せつけられれば、余も好きにしろとしか言えぬ」
「勿論、私達は好きにさせてもらうぜ?」
「……程々にな。話は終わりだ。余はヤララン達を呼んでくる」
「はーいっ」

 爺さんはそう言って、そそくさと退室した。
 邪魔者もいなくなったところで、残った私達はぎゅーっとしたりチューとかしたりしたが、誰にも見られてないから問題ないだろう。
 見られても問題ないけど。

 傷心した私を支えてくれたこの恋人が居れば、私は幸せだ。
 いつかはあの爺さんにも、幸せが訪れるように……。

 恋心に紛れて、そんな願いが頭の中を巡ったのだった。





 まぁ、私達より幸せになることなんてありえないんだけどね。
 惚気?知らないなぁ。

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