連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜
/112/:ヤキモキ
陽光に照らされる漆黒の骸骨は青空の背景とはミスマッチで異様な雰囲気が漂っている。
無傷の人骸鬼の姿に、俺は歯ぎしりをしたい思いだった。
――コツコツコツコツ。
奴がケタケタ笑うように歯を噛み合わせる。
気味が悪い笑いだ。
だが、どうする?
俺は支援をしろと言われたが、ノールがこんな様子じゃ、支援も何もない――。
「……せめて、【二千桜壁】ぐらいは張れるようにしとかないとな」
悪いとは思ったが、乱暴にノールを動かして肩に担ぎ、右腕の裾影から黒魔法で刀を取り出す。
人骸鬼はまだ動かなかった。
コツコツと歯を鳴らせる事もなく、その場に静止して次の手が読めない。
だが、アイツが【黒天の血魔法】の魔法を使えるのはわかっている。
防御ぐらいはできるように――。
刹那、人骸鬼が片腕を俺の方へと向けた。
その手のひらには黒い光が集まり、手には収まらぬ大きさとなる。
バキンッ!
「……?」
「え……?」
放たれるかどうか、俺が覚悟を決める前に人骸鬼の腕は折れた。
収束した光が霧散しながら腕の骨が地上に落下していく。
なんで、折れた……?
「やれやれ……あの程度で気絶とは、ノールも弱くなったものだ」
「!」
すぐ背後から聞こえた声に振り返れば、それと同時に王にポンと肩に手を置かれた。
人骸鬼の腕を折ったのは、アンタの【無色魔法】か……。
「人骸鬼は、魔法こそ強力だ。しかし、耐久力がない。それでも人間以上であることに変わりはないが、こうして遠くから【無色魔法】で――」
ボキボキボキッと、嫌な音がする。
上を向けば、人骸鬼の手足は折れてそのまま落ちていた。
コツコツと激しく歯を鳴らしながら人骸鬼が俺たちの方へと飛んでくる。
「やれやれ――」
王は俺の肩に置いた手を離し、両手を小さく広げ――パチンと軽く叩いた。
続いて聞こえたのは、ベキンッという、大木が折れたような音。
人骸鬼が左右の空気に挟まれ、粉々に潰れたのだった。
来ていた衣服と砂鉄のような黒い砂がパラパラと落ちていく。
「今まではノールに不制御品を処分させてたが、新たに方式を変える必要があるな」
まさに億劫とでも言うかのように嘆息しながら言う王。
ノールが手こずった相手を片手間で倒す姿に、戦慄を感じざるを得ない。
「あぁ、ノールの傷は1日もあれば元に戻る。昔は手足が無くなっても半日で戻ったこともあった。其方も気にするな」
「え? あ、あぁ。わかった……」
「……しかし、婦女子をそのように扱うとは、少々頂けないな」
「ッ!  いや、これは刀を持つために仕方なくだよっ!」
ノールは俺の左肩にぶら下がるようにして担がれている。
この体勢だと何かと悪いし、俺は刀を影の中に戻して丁寧に後ろにいる王に渡した。
「……ふむ。この様子だと、暫くは寝たままか。戻るぞ」
「おう……」
命令され、降下を始める王に続いて降りる。
俺が顎で使われるなんて、あまり馴染みがなくてどことなくこそばゆい。
屋根に開けられた穴を抜け、中に戻るとフォルシーナがノールが沸かしていたお湯でお茶を淹れていた。
影の中に入れてたのか、赤を基調としたお盆の上に4つの湯呑みを並べて急須でお茶を淹れていた。
トンッと俺たちが降り立つと、フォルシーナが顔を上げる。
「あら……ノールちゃん、大丈夫なんですか?」
「この程度で死んだりはせん。暫くは寝かせれば元に戻るさ」
「……なら良いのですが」
王は部屋の端にある藁の上にそっとノールを寝かせ、それからフォルシーナの左斜め前に腰を下ろした。
俺も囲炉裏を挟んでフォルシーナの正面に来るように座り、フォルシーナがお茶を淹れて俺と王に湯呑みを渡す。
……なんだか、非常に気まずい。
「……美味だ。フラクリスラルではこういう茶が主流なのか?」
「うーむ……。主流と言われれば微妙ですが、私の好みではありますね」
「ほう……其方の味覚は中々に卓越しているのだな」
「ユーモアのある言い回しですね。フフッ、ありがとうございます。他にもルゥ茶とディプーナ茶の葉もありますよ?」
「ルゥ茶か。アレは香りも良く、後味が良いな。下手なワインよりも好きだぞ」
「それはそれは、なによりですよ。さっぱりしたディプーナ茶はダメですか?」
「いや、そんなことはない。余は茶ならなんでも好きだ。ディプーナの甘い花の様な香りが堪らんからな。色が寒色なのも独特でありだと思うぞ」
「確かにそうですね。いやぁ、お茶ならば矢張り――」
「…………」
流石というか、フォルシーナは王と上手く話しているし、俺1人そわそわしていた。
目上相手もお手の物とは羨ましい。
俺はぼんやりと2人のお茶に対するこだわりを聞きながらお茶を啜った。
……確かに美味い。
が、俺にはそれ以上はよくわからん。
「そうか、あの香りの良さがわかるか。余の妻はあの匂いがダメでな、死ぬ最後まで理解してくれなんだ」
「独特の匂いですし、仕方ないですよ。まぁまぁ、ルゥ茶でも飲んでゆっくりしてください」
「うむ、助かる……其方は本当に立派な娘だな」
「フフッ、ありがとうございます」
「…………」
なんだかだんだん、2人が良い感じになってきたようにも見える。
キィとメリスタス見てたせいか、最近そういうのに敏感なのか、とにかくこの空気がうざったい。
というか、フォルシーナとこの爺さんが笑いあうっつーのが気に食わん。
遜るのは仕方ないとはいえ、さっき知り合ったような男と微笑み合うたなんて、見ていてとても気持ち悪い。
……フォルシーナの商談とかを見ていても、こんな接待のようなことはなかったし、ここまでくると……。
…………。
どっちにしても、今更どうこう言うことでもないのに、なんで俺はイラついてるんだ?
俺は頭でも打ったのか?
「……? ヤララン、どうされました?」
「え? な、なんでもねぇよ」
「どうした少年? ヤキモチか?」
「あ? なんで俺が――」
王のからかいに普通に答えようとして、少し悩んだ。
ヤキモチ、確かにそうかもしれない。
フォルシーナが俺以外の奴にたくさん笑顔を見せるなんて、技術班の数人とキィやメリスタスぐらいだったし、信用ある奴らだったからパートナーのフォルシーナが笑顔を向けても何も感じなかったんだろう。
王はまだ信用もないし、そんな奴にパートナーが笑顔向けてりゃ、嫌になる。
だが、それなら一先ずヤキモチではない。
「――ただちょっと、気になったところがあるだけだ」
「ほう? 申せば答えるぞ?」
「いや、いい。自分で解決できるさ」
とにかくこの場を去りたくて湯飲みの中を飲み干し、俺は立ち上がった。
「……ヤララン?」
「ちょっと出る。おい爺さん、フォルシーナに変なことすんなよ?」
「余は姪の仲間に下劣な真似はせん。安心せよ」
「…………」
俺は小さな家を出て、少し壁に沿って歩いてから壁に寄りかかった。
「……何をヤキモキしてるんだかな、俺は……」
あの爺さんが出てきてから、自分でもわかるくらいに俺らしくない。
これでも上に立つ立場だ、上手く立ち回らないと。
少しそうしていると、空からは男を1人抱えたメリスタスとキィが戻ってきた。
王とキィ達の対話のために、俺とフォルシーナは別所に移動する。
それだけで、何故か心が軽くなった。
……どこか変なのは、しばらく治りそうにない。
だが……。
フォルシーナが俺を見ながらなにやらニヤニヤしていて気持ち悪い。
それも気味が悪くて、2人になってもあまり会話はなかった。
無傷の人骸鬼の姿に、俺は歯ぎしりをしたい思いだった。
――コツコツコツコツ。
奴がケタケタ笑うように歯を噛み合わせる。
気味が悪い笑いだ。
だが、どうする?
俺は支援をしろと言われたが、ノールがこんな様子じゃ、支援も何もない――。
「……せめて、【二千桜壁】ぐらいは張れるようにしとかないとな」
悪いとは思ったが、乱暴にノールを動かして肩に担ぎ、右腕の裾影から黒魔法で刀を取り出す。
人骸鬼はまだ動かなかった。
コツコツと歯を鳴らせる事もなく、その場に静止して次の手が読めない。
だが、アイツが【黒天の血魔法】の魔法を使えるのはわかっている。
防御ぐらいはできるように――。
刹那、人骸鬼が片腕を俺の方へと向けた。
その手のひらには黒い光が集まり、手には収まらぬ大きさとなる。
バキンッ!
「……?」
「え……?」
放たれるかどうか、俺が覚悟を決める前に人骸鬼の腕は折れた。
収束した光が霧散しながら腕の骨が地上に落下していく。
なんで、折れた……?
「やれやれ……あの程度で気絶とは、ノールも弱くなったものだ」
「!」
すぐ背後から聞こえた声に振り返れば、それと同時に王にポンと肩に手を置かれた。
人骸鬼の腕を折ったのは、アンタの【無色魔法】か……。
「人骸鬼は、魔法こそ強力だ。しかし、耐久力がない。それでも人間以上であることに変わりはないが、こうして遠くから【無色魔法】で――」
ボキボキボキッと、嫌な音がする。
上を向けば、人骸鬼の手足は折れてそのまま落ちていた。
コツコツと激しく歯を鳴らしながら人骸鬼が俺たちの方へと飛んでくる。
「やれやれ――」
王は俺の肩に置いた手を離し、両手を小さく広げ――パチンと軽く叩いた。
続いて聞こえたのは、ベキンッという、大木が折れたような音。
人骸鬼が左右の空気に挟まれ、粉々に潰れたのだった。
来ていた衣服と砂鉄のような黒い砂がパラパラと落ちていく。
「今まではノールに不制御品を処分させてたが、新たに方式を変える必要があるな」
まさに億劫とでも言うかのように嘆息しながら言う王。
ノールが手こずった相手を片手間で倒す姿に、戦慄を感じざるを得ない。
「あぁ、ノールの傷は1日もあれば元に戻る。昔は手足が無くなっても半日で戻ったこともあった。其方も気にするな」
「え? あ、あぁ。わかった……」
「……しかし、婦女子をそのように扱うとは、少々頂けないな」
「ッ!  いや、これは刀を持つために仕方なくだよっ!」
ノールは俺の左肩にぶら下がるようにして担がれている。
この体勢だと何かと悪いし、俺は刀を影の中に戻して丁寧に後ろにいる王に渡した。
「……ふむ。この様子だと、暫くは寝たままか。戻るぞ」
「おう……」
命令され、降下を始める王に続いて降りる。
俺が顎で使われるなんて、あまり馴染みがなくてどことなくこそばゆい。
屋根に開けられた穴を抜け、中に戻るとフォルシーナがノールが沸かしていたお湯でお茶を淹れていた。
影の中に入れてたのか、赤を基調としたお盆の上に4つの湯呑みを並べて急須でお茶を淹れていた。
トンッと俺たちが降り立つと、フォルシーナが顔を上げる。
「あら……ノールちゃん、大丈夫なんですか?」
「この程度で死んだりはせん。暫くは寝かせれば元に戻るさ」
「……なら良いのですが」
王は部屋の端にある藁の上にそっとノールを寝かせ、それからフォルシーナの左斜め前に腰を下ろした。
俺も囲炉裏を挟んでフォルシーナの正面に来るように座り、フォルシーナがお茶を淹れて俺と王に湯呑みを渡す。
……なんだか、非常に気まずい。
「……美味だ。フラクリスラルではこういう茶が主流なのか?」
「うーむ……。主流と言われれば微妙ですが、私の好みではありますね」
「ほう……其方の味覚は中々に卓越しているのだな」
「ユーモアのある言い回しですね。フフッ、ありがとうございます。他にもルゥ茶とディプーナ茶の葉もありますよ?」
「ルゥ茶か。アレは香りも良く、後味が良いな。下手なワインよりも好きだぞ」
「それはそれは、なによりですよ。さっぱりしたディプーナ茶はダメですか?」
「いや、そんなことはない。余は茶ならなんでも好きだ。ディプーナの甘い花の様な香りが堪らんからな。色が寒色なのも独特でありだと思うぞ」
「確かにそうですね。いやぁ、お茶ならば矢張り――」
「…………」
流石というか、フォルシーナは王と上手く話しているし、俺1人そわそわしていた。
目上相手もお手の物とは羨ましい。
俺はぼんやりと2人のお茶に対するこだわりを聞きながらお茶を啜った。
……確かに美味い。
が、俺にはそれ以上はよくわからん。
「そうか、あの香りの良さがわかるか。余の妻はあの匂いがダメでな、死ぬ最後まで理解してくれなんだ」
「独特の匂いですし、仕方ないですよ。まぁまぁ、ルゥ茶でも飲んでゆっくりしてください」
「うむ、助かる……其方は本当に立派な娘だな」
「フフッ、ありがとうございます」
「…………」
なんだかだんだん、2人が良い感じになってきたようにも見える。
キィとメリスタス見てたせいか、最近そういうのに敏感なのか、とにかくこの空気がうざったい。
というか、フォルシーナとこの爺さんが笑いあうっつーのが気に食わん。
遜るのは仕方ないとはいえ、さっき知り合ったような男と微笑み合うたなんて、見ていてとても気持ち悪い。
……フォルシーナの商談とかを見ていても、こんな接待のようなことはなかったし、ここまでくると……。
…………。
どっちにしても、今更どうこう言うことでもないのに、なんで俺はイラついてるんだ?
俺は頭でも打ったのか?
「……? ヤララン、どうされました?」
「え? な、なんでもねぇよ」
「どうした少年? ヤキモチか?」
「あ? なんで俺が――」
王のからかいに普通に答えようとして、少し悩んだ。
ヤキモチ、確かにそうかもしれない。
フォルシーナが俺以外の奴にたくさん笑顔を見せるなんて、技術班の数人とキィやメリスタスぐらいだったし、信用ある奴らだったからパートナーのフォルシーナが笑顔を向けても何も感じなかったんだろう。
王はまだ信用もないし、そんな奴にパートナーが笑顔向けてりゃ、嫌になる。
だが、それなら一先ずヤキモチではない。
「――ただちょっと、気になったところがあるだけだ」
「ほう? 申せば答えるぞ?」
「いや、いい。自分で解決できるさ」
とにかくこの場を去りたくて湯飲みの中を飲み干し、俺は立ち上がった。
「……ヤララン?」
「ちょっと出る。おい爺さん、フォルシーナに変なことすんなよ?」
「余は姪の仲間に下劣な真似はせん。安心せよ」
「…………」
俺は小さな家を出て、少し壁に沿って歩いてから壁に寄りかかった。
「……何をヤキモキしてるんだかな、俺は……」
あの爺さんが出てきてから、自分でもわかるくらいに俺らしくない。
これでも上に立つ立場だ、上手く立ち回らないと。
少しそうしていると、空からは男を1人抱えたメリスタスとキィが戻ってきた。
王とキィ達の対話のために、俺とフォルシーナは別所に移動する。
それだけで、何故か心が軽くなった。
……どこか変なのは、しばらく治りそうにない。
だが……。
フォルシーナが俺を見ながらなにやらニヤニヤしていて気持ち悪い。
それも気味が悪くて、2人になってもあまり会話はなかった。
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