連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/105/:普通

 気がつくと、白い点々が散らばる一面黒の空間が目に付いた。
 それか空だと理解するに、俺は随分眠っていたらしい。
 寝ぼけ目で上半身を起こすと、キンッと鉄か何かが落ちる音がした。
 星に照らされて映ったそれはフルートだった。
 フォルシーナが置いといてくれたんだろうか。

「……おや、起きましたか」
「……ん」

 声に気付いて振り返ると、久本に分厚い本を開いて座るフォルシーナがいた。
 その本も今、パタリと閉じられる。
 俺の身を案じてか、側にいてくれたみたいだ。

「……俺のことなんて見てなくても良かったのに」
「……今は少し、1人では居たくなかったんですよ」
「キィとメリスタスもいるだろ? それと、あの巫女は?」
「……かいつまんで貴方が寝た後の話をしますけど、あの巫女装飾の女の子――ノールは善意と悪意が体の中で等しくなったようです。かといって、憎悪や殺人衝動があれば昼間のような危険な状態になるそうですが、今のところは無害と言っても過言ではありません」
「……そうか」

 悪意と善意を丸ごと入れ替えることはできなかったようだ。
 それでも無害になったし、善意が半分もあれば人殺しにも抵抗があってもう容易に襲ったりはしないであろう。

「……そして、ノールの事を3人で聞きました。……酷い話ですよ。悪幻種になっても不思議じゃない……そんな話です」
「……どんな?」
「……とても言えません。私の悪魔力が増えるだけですよ……。ですが、身内のほぼ全員と恋人が死に、その死体もただでは済まなかった……それだけは言っておきましょう。キィちゃんの境遇とも比較にはなりません」
「…………」

 上手い言葉で隠されたが、身内のほぼ全員が殺されて、死体もまともな扱いではない。
 それだけ聞いても胸糞悪い話だ。
 俺も悪魔力が増えるのは勘弁願いたいし、聞くのはよしておくとしよう。

「嫌な部分は省いて必要な情報だけを話します。43年前に、フラクリスラルと戦争がありましたね。彼女はハヴレウス公国の公爵、その娘でした。ハヴレウス大公の息子――所謂王子のキトリュー・ヘイラ・ハヴレウスと恋仲だったそうで、結婚も決まってたそうです。キィちゃんのお母さんであろうシィ・ヘイラ・ハヴレウスの事を、妹のように可愛がっていたようでキィちゃんの事は大切にしたいと仰ってましたよ」
「……そうか」
「今のキィちゃんより、シィさんは小さかったそうです。だから、少し大きくなった妹みたいだと仰ってます。メリスタスくんとの交際も、2人が好き合ってるなら許すらしく、修羅場にならなくて良かったです」
「ははっ、確かに……」

 人前気にせずイチャつく2人を引き剥がせるとも思わないが、修羅場になっても面倒だから何もない方がいい。
 公国では公爵が王様な国もあるから、キィは本当に王族だったな。
 これで完全に、この前話した内容の裏付けも出来た、か。

「……それで、そのノールは“王”だったのか?」
「その辺はまだ訊いてません。貴方は眠くないと思いますけど、もう夜ですから明日訊きましょう」
「……りょーかい」
「……というわけで、おやすみなさい」

 俺の近くまで寄ってきて、頭を俺の腰元に向けて寝転がるフォルシーナ。

「……寝るなら屋内で寝ろよ」
「まともに残ってる家は1つでした。そこはキィちゃん達が使ってますから」
「にしても、髪が汚れんだろ。【黒魔法】でなんか作って、その上で寝ろよ」
「……気にかけてくれるなんて、今日のヤラランはどうしちゃったんですか?」
「失礼だな……俺はいつも優しいだろ?」
「普通、自分で優しいだろ?なんて言いますか?」
「俺はそういう奴だ。知ってんだろ?」
「あぁ、そうですね……。髪が汚れるのも嫌なのはそうですし、うーん……」

 フォルシーナは体を半回転させ、肘を立たせた態勢で俺の足をじっと見た。
 俺の着ている白い軽衫があるだけだが……。

「……膝枕してください」
「……膝枕ぁ? 足悪くなりそうだし、嫌なんだが……」
「……優しい男の人なら、昼から夜まで寝ていた人に結界張ったり側にいたりしたか弱い女の子にそのくらいしてくれてもいいと思うんですがね〜?」
「いや、膝枕したってお前のなげー髪は地面に着くし……まぁいいや、お望みなら膝に乗るぐらい構わんさ」
「ふふ、嬉しい限りです」
「……そんなに良いもんかねー?」
「あ、片足だけ倒していただければそれでいいのでお願いします」
「はいはいっと」

 左足を曲げて地面にピタリと着けると、その上にフォルシーナの頭が乗る。
 重い、が、とてもそれ以上に知識の詰まってるような重さではない。

「……ヤラランが私を見てる」
「今この状況で瓦礫を見てるのとお前を見てることしか選択肢が無いしな」
「……寝てる最中に、胸に手を這わせたりしたらダメですよ?」
「今までそんなこと一度もなかっただろうが」

 膝枕もした事ないが。
 周りは瓦礫でこういう新鮮なことをする景色ではないのに、まぁ星は綺麗に見えるから良しとしよう。

「……ヤララン、寝る前のチューは?」
「寝言は寝てないと言えないはずだが、もう寝てるのか?」
「……ぐすん。おやすみなさい」
「はいよっ。おやすみ」

 フォルシーナが上を向いたままそっと目を閉じる。
 数分もない静寂でフォルシーナはゆっくりと小さな寝息を立て始めた。
 辺りには人っ子1人いないし、物音は風の音だけで春の緩やかな風は幾度となく頬を撫でた。

「……ここにいたんだね」
「ずっとここに居たんだがな」

 フォルシーナが眠って30分が経った頃か、背後から声を掛けられる。
 昼間からさっきまで俺は寝ていたのに、それを知らないという事は彼女は俺が寝てから一度も俺の元に来なかったのだろう。

「……隣、いい?」
「別に構いやしねぇよ。フォルシーナさえ起こさなきゃな」
「……喋ってたら、起きない?」
「確かに、普通ならな。幼い頃から命狙われることも多々あって、気配や声で起きるのは普通だが、騒音環境の中でも寝ることがよくあったし、気ぃ緩めたらくっちゃべってようがぐっすりだぜ?」
「……そう」

 言って、俺の右隣に誰かが腰を下ろす。
 以前までならミュラリルだと思うが、生憎とソイツは違った。

「ノールだったか?キィはどうした?」
「さぁ? 今頃はメリスタス様とよろしくやってるんじゃない?」
「よろしくやってる? 仲良くしてるならいいや」
「…………」

 巫女装飾の女は俺を残念そうに見た。
 なんだ、その瞳は。

「……まぁ、いいよ。知らない方が楽しめそうだし」
「? なにが?」
「なんでもない」

 ニヤつきながら話を終わらせられる。
 どことなく悪どいな……。
 羽衣正義で大分善意が増えたはずなんだが……。

「……で、どうしたんだ? 俺に話を聞きに来たのか?」
「もちろん、話をしに来たのさ。ウチの中の善意と悪意の最大値が等しくなっちゃったし、どうしてくれるのよ」

 さっそく食いかかってくるノール。
 善意と悪意を入れ替えたはずが、等しくなっただけか。

「……どうもこうもない。悪い奴より、良い奴の方が良いだろ。それとも、あの黒い姿になれなくなったのか?」
「いや、まだなれるよ。けど、【悪苑の殲撃シュグロード】の威力は半減した感じかな? 悪魔力が減ってわかったけど、比例して強くなるみたい。別に、全体の魔力量は変わってないみたいだから【悪苑の殲撃シュグロード】は連発できるし、東大陸滅ぼすぐらいは訳ないけどね」
「……そりゃ恐ろしいことで」

轟力閃赤ごうりきせんか】3連打より強いアレだし、まず魔法で敵う奴はいないだろう。
 もっとも、フォルシーナの産み出した羽衣天技のような兵器級の技があれば別だが。
 いや、フォルシーナ以外に作れる奴はいないか……。

「それより、困ってるのはね――」
「おう……」
「善意と悪意が半分ずつだから相殺し合って、今の私は“普通”になっちゃった、ってこと」

 寂しそうな顔をして、巫女はポツリと呟くようにそう言った。
 悪意の喪失に怒りを持てず、悲しみだけを胸にとどめているように――。

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