連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/83/:明日の準備

「あー、なんも思いつかね〜……」

 俺の目の前には紙とペンがあり、書く内容が浮かばずに顔が45°を向くように頬杖を付いていた。
 書き物というのはどうにも苦手なのだ。
 書くことが決まっていればそれを書くだけであとは落書きでもしておくんだが、今書いてるものはそうはいかない。
 何を書くかが決まってないと書けないのだった。

「……あー、だりー」

 ついにはヘタってテーブルに顎を付けた。
 街中央の仮役所で1人、こんなことをしているのを誰かに見られたら立つ瀬もないが、誰もいない時ぐらいダラけても――

 ガラリッ!!

「!!?」

 やましいことを考えたのが悪かったのか、一つしかない部屋の扉が開いた。
 ピクリと跳ねた俺の体は即座に正座を作り、手にはペンを持っていた。
 が、部屋に現れた人物を見てペンを置く。

「なんだ、フォルシーナか……」

 現れたのは前髪が真ん中から分かれた銀髪の持ち主、フォルシーナ。
 なんかただならぬ様子でズシズシと足を踏みしめて部屋に入ってくる。

「な、ん、だ、じゃ――」
「え、なんでそんなお怒りで……」
「ないですよっ!!」
「!?」

 俺の書いてた紙の上にバシーンと手をつくフォルシーナさん。
 どうしてそんなにお怒りなんですか?
 なに? 俺がなんかした?
 あ、今はサボってたわけじゃなく、背中を丸めて緑虫の体操を――

「貴方、ミュラリルちゃんに何をしたんですかっ!!?」
「は? なんもしてねぇよ?」

 訊かれたのは予想とは外れたものだった。
 ミュラリルに何かしたかって?
 俺は何もしていない。
 船で戻ってから今日で4日だが、1度もまともに話してないぞ?

「なんかしてるから、私が訊いてるんですよっ!!」
「思い当たる節がねぇよ。というか俺、避けられてるし」
「避けられてる!?」
「なんか話しかけたらうつむいて逃げてくぞ、アイツ」
「……死んでしまえぇぇぇえ!!!」
「なんでっ!?」

 テーブルを横にひっくり返される。
 上に乗っていたものはガラス製のペン立てと黒インクが無残に飛び散り、床に激しいアートが刻まれる。

「うわ……お前、なんつーことを……」
「ハッ!? 私としたことが、取り乱してしまいました」
「……自覚があるならいいよ」

 椅子から動かず、人差し指を床に向けて無色魔法を使ってガラスの破片を集めていく。
 インクの方は乾いてから白魔法で色を変えればいいだろう。

「で、なんでそんな怒ってたのさ ?お前らしくねぇぞ」
「なんででしょうね、ヤラランがいつまでも女性に疎いのが悪いんだと思います」
「……女性に疎いって、つまりどういう事?」
「……あぁ、どうかこの無邪気な少年に報いを」
「お前は俺になんの恨みがあるんだよ……」

 顔に手を当てて空を仰ぐフォルシーナ。
 俺にわからないことで怒られても困るんだが……。

「こうなったらもう、私が一肌脱ぐしかないんですかね?そうすれば万事解決な気がします」
「一肌脱ぐって、何すんだよ?」
「……こういう事ですよ」

 言って、彼女は自分の腰帯を留める紐に手を掛けた。
 すぐに解けた紐の次には、帯を。
 もう何をするのかが読めた。

「やめろよ。魚人の肌なんて見たくないんだ」
「何と言おうとも、とにかく女性というものを知っていただかないとこの先困るのですよっ」
「脱ぐんじゃねぇ! 待て! 手を止めろ!」

 着物を脱ぎ捨て、長襦袢一枚の姿になるフォルシーナ。
 だが、そこで一度彼女は手を止めた。
 矢張り抵抗があるらしい。

「……ヤララン、貴方は貴方の思ってない所で女性を困らせてるんです。人におもしをつけるにしても、それを少しは軽くしなくてはいけない。だから今ここで、女性というものを――」
「【束縛リストレイント】」
「なっ!?」

 隙の生じたフォルシーナの胴と腕を合わせて黒い帯が縛る。
 これでもう脱衣される心配もないだろう。

「なんだよ、重しって。文句があるならなんでも言えばいいのに言われないで勝手に苦しまれたって俺が困るんだよ。逆ギレなんてしねぇから言えよ」
「……直接言えないことだってあるんです……。それを言って、もし拒絶されたら、立ち直れないんですっ……」
「……なんだよ、その言い方。回りくどいんだよ」
「貴方がキィちゃんに自分との関係を言えてないのだって……そうでしょう?」
「…………」
「言うのは簡単だけれど、拒絶されるかもしれないという恐怖がある。だから言えないんですよ」

 フォルシーナの言っていることは全部正しいだろう。
 キィには俺との関係を未だに言えずにいるんだから、それと似たことを俺に言えないという、その気持ちはわかる。

「……で、お前が脱ぐ必要があるわけ?」
「はい」
「俺がシャイだってわかってんのに?」
「はい」
「昔お前が抱きついてくるのが嫌でメイル着始めたのに、それは一体何の嫌がらせなんだ……」
「人に尊敬、敬愛されるということは裸の付き合いなんですよ」
「……テキトーな事言ってんじゃねぇよもう……」

 ニコニコ笑って話すフォルシーナに頭が痛くなる。

「それと、俺にそーいういかがわしいことしようとするなら、俺は避け続けるからな? お前が本気なら俺の不意を突くよう頑張ることだな」
「……私だって、結構恥ずかしいんですよっ?」
「じゃあすんなよ……。とりあえず仕事に戻れ。若しくは俺の手伝いをしろ」
「わかりましたよっ。これ解いてください」
「はいはいっ」

 束縛リストレイントを解除し、俺は再びガラス集めとテーブルをくるりとひっくり返して元に戻した。
 まだ見出ししか書かれていない紙を拾い上げた時、フォルシーナが隣に立っていた。
 しかも、長襦袢を縛る紐を解いて……。

「……おい、まずは服を着ろ」
「いや、よくよく考えたらこれはヤラランを襲う絶好のチャンスかと思いまして……」
「襲わんでいいわっ!」

 椅子の上に立ってその銀髪を引っぱたく。
 そもそも襲いたいなら襲えるチャンスなんていくらでもあっただろうが。
 なのに襲ってないんだから……

「いた〜いっ。もうっ、ほんの冗談ですよっ」

 矢張り冗談らしい。

「冗談に聞こえねぇよ……はぁ、お前と話してると疲れる……」
「とんだ災難ですね」
「黙ってろよ元凶……」

 椅子に座りなおし、どっと息を吐き出す。
 と、フォルシーナが俺の書いてた紙に気づき、手に取った。

「なんですかこれ?……ヤララン一行出発のお知らせ?」
「そうだよ。明日には出るからな。告知しとかねぇと」
「……もう出発ですか。なんだか早いですね」
「つっても、半月以上居たけどな。村と比べりゃ短いけど、【無色魔法】使える奴が村と街で物資のやりとりをすれば、この街はもう大丈夫だ。とりあえずは生きていけるし、衣食住には困らないだろう。中継地点として旧エリト村もあるしな」
「……です、か。もっとゆっくりしたいですねぇ……」
「花見とかしただろ……」
「うぅ、お金があるのにバカンスにもいけない……」
「俺に付いてくる以上、そんなこと望むなよ……。じゃあこれ、序でに書いといてくれ」
「はい……」

 俺が立って席を開けると、そこにシクシク泣きながらフォルシーナが座る。
 口を尖らせながらペンを持ち、インクも付いてないのに紙にペンを走らせている。
 その姿に呆れながら、俺は彼女の頭を小突いた。
 小さく呻きながら俺を睨んでくるも、たいして怖くない。

「全部終わったら、一緒にバカンスにでも行こうぜ?」
「……本当ですか?」
「勿論。もしも俺が普通に生きてたら、何年後になるかはわからないけど、行こうぜ?」
「……2人で?」
「いや、みんなで」
「…………」
「…………」
「そんなんだからモテないんですよぉぉおお!!!」
「なんでっ!? ぐふっ!!?」

 綺麗なアッパーをあごに決められ、俺はまさかの一撃に気を失った。

 後でキィに、「フォルシーナに襲いかかったら返り討ちにあったって本当か?」と尋ねられ、いわれのない怒りを覚えたのはまた別の話。

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