連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/72/:不戦

 シャアアアと降りしきる雨を吹き飛ばして直進する。
 途中途中に迫るビームのようなものは全て最小限の動きで避け、突き進む。
 やがて見えてくるものがあった。
 1人の少女。
 持ち手の先にエメラルドの様な緑に輝く宝玉を付けた杖を振り、こちらに光線を飛ばしていた。

「【雷光線サンダーレイ】!」

 振るった杖から円形の白い魔法陣が出現し、円内から複数の閃光が飛び出す。
 あれが飛んできていたものの正体。
 弾丸のような速さで光は迫る。

「【無色魔法カラークリア】、【力の四角形フォース・スクエア】」

 折り重なる閃光に対し、薄オレンジの四角形を展開する。
 四角いパネルから放たれる圧力は再び光を押し退けて風を切り、直進してゆく。

「【無色魔法カラークリア】、【空拡張スペース・イクスペンション】」

 空気の塊は女性に当たることがなかった。
 女性を中心に【力の四角形フォース・スクエア】の攻撃が裂け、2方向に飛んで行ったから。
 あぁ、なんか似たような魔法を見たことがあるぜ。

「全く、婦女子相手に加減もなく攻撃を放つなんて……紳士のすることじゃありませんわ」

 さもガッカリとしたような、少し艶やかな女性の声が俺の耳に届いた。

「生憎、俺は紳士っつーよりもガサツで頭の悪い、どこにでもいる男だよ」
「あら、そうですの。クスクス、これは失敬」

 まだ距離が開いているが、女性は口元に手を当て、上品に笑ったように見えた。

「折角ですし、自己紹介して差し上げます。わたくしはミュラリル・サルフュラ・アルトリーユ。貴方が死に行くまでの僅かな間、どうぞ、よろしく」

 その身に付いたスカートらしい布を両手で掴んで自己紹介をしてくる。
 ザァァという音の中でも、確かに聞こえた。
 家名はアルトリーユ。
 つまりは、ミュラルルの親族……。

「ご丁寧にどうもっ。けど、雨の中で品格も台無しだぜ?」
「ウフフフ。雨の中でもわたくしは可憐な淑女である。今の挨拶は、その証明ですわ」
「はーん……」

 コイツもコイツでまた、面倒臭そうな性格をしていると見た。
 なんなんだ、アルトリーユの王家は。
 みんな捻くれ者ばかりか。

「では――死んでもらいましょう」

 両手で杖を持ち、俺に宝玉を向ける。
 ……ふむ。

「お前には悪いけどさ、こちとら戦う気が無いんだ」
「ほう? ですが、わたくしはお兄様を殺された恨みがありますもの。貴方を殺しますわ」
「オイオイ、俺のせいかよ。まぁどちらにせよ、お前は俺には勝てない。【力狩りフォース・ハント】は見ていたか ?あの技がある以上は殆どの奴が俺には勝てねぇよ」
「空中なら、どうですかね? 私は遠距離特化ですわよ?」
「…………」

 俺は懐に手を伸ばす。
 自分の体と服に挟まれたそこは影があり、黒魔法で刀を取り出す。

「勝てねぇよ。証明してやる」
「ほう?」
「――【狂気色インサニティカラー赤】」

 鞘から抜き去られた刀は煌々と赤い光を放ち、弓の形にしなる。
 そして少しずつ、少しずつ、ポウポウッと赤い魔力球が俺の周囲に生まれていく。
 魔力球に含まれる電撃がバチバチと鳴り、気付いた頃には数百にも及ぶだろう魔力球が広がっていた。

「なっ、なんですの……!?」
「――【羽衣天技はごろもてんぎ】」

 構えも忘れ、女性がたじろぐ。
 俺はそれを気にすることもない。
 矢もない弓を引く。
 と、そこには赤に輝く矢があり、今すぐにでも撃てて――

「――【七千穹矢ななせんきゅうや】!!」

 俺は空へと、その矢を放った。
 赤い閃光はことごとく雨を打ち返し、矢に追随して全ての光球が空へと登っていく。
 俺の目には紅き大剣が空に刺さるように映った。
 直後――轟音が鳴り響く。

 ――ゴォォオオオオン!!

 光球と矢が爆発し、空に埋め尽くされた黒い雲を吹き飛ばし、街を照らす太陽を持った大きな蒼い穴が開く。
 雨は、一時的に止んだ。
 一部煙が霧散していても太陽と風がやがて晴らし、女性の姿を明瞭に映した。
 左右に鈴の付いた帽子を被った色素の薄い金髪を縦ロールにした雨濡れの女性。
 振袖の付いた緑の法被とロングスカートからは透明な雫が滴っている。
 顔立ちはミュラルルにあまり似てないが、表情からは戦意喪失が伺えた。

「……降参しますわ。遠距離で殲滅魔法なんてされても、防げるわけありませんもの……」
「その言葉が聞けて嬉しいぜ」

 俺は手を腰に当て、ニヤリと笑う。
 魔力は矢張り半分減ったのだが、戦いは未然に防げた。
 それだけで十分な収穫だから。

「……では、わたくしも死ぬのですね。お兄様のように……」
「死なせねぇよ。ぜってー死なさねぇ」
「……はい?」

 全てを諦めたような少女の呟きを否定する。
 ふざけやがって、もうこれ以上人を死なせるかよ。

「アルトリーユの遠距離魔法だろ!? 対策してやる! 付いて来い!」

 強く言い放つ。
 ミュラリルは目をパチクリさせ、暫くしてから頷いた。

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