連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/50/:可能性を

「……なんだと?」

 俺の言葉に、キィは眉を跳ね上げた。
 だが、俺は真摯な目で、痛みも気にせず立ち上がってキィを見つめた。

「確かに悪い奴かもしれない。酷い事をした奴かもしれない。けど、いつか謝ってくれる可能性を信じないのか!?」
「……なんだよ。謝ってもらったって何にもねぇじゃねぇか」
「僕も、謝ってもらっても許さないよ」
「本気で謝ってきて、何度も何度も、たとえ足を折られ手を斬られ、それでも謝ってきてもお前らは何にも感じないか!? どうだったんだ!?」
「…………」
「……そしたら、確かにわからないかもしれないけれど……」

 2人の心が揺れたのがわかった。
 2人は顔を渋らせたから。
 そして、俺は確信した。
 今の俺が言いたいことが、人間として正しいことであると。

「罪を償おうと必死な人間がいるなら、ソイツを許さないでいる事ができるか!? 少なくとも俺はできないね! 償おうとする奴が悪い奴じゃないからだ! それでも、償おうとしないならこっちから幾らでも説得すればいい! 性根が腐ってようが改善する気が無かろうが、何度も声を掛けてやればいいじゃないか! 違うか!?」
「じゃあ僕の母さんを殺した事を許せって言うの!? 謝られただけで許していいの!?」
「償おうとする奴が謝罪だけで終わるわけないだろうが! それに、お前が必ずしもすぐ許す必要もない。お前が許したい時に許せばいいんじゃないのか!?」
「――――!」

 身振り手振り、思った事から叫んでいく。
 胸が動悸する。
 熱い心が、俺を間違ってないと後押しする――。

「許せなくって、辛いことなんてこの世にいっっくらでもある。そのたび喧嘩して、仲直りしないで、そんなんだったら世界は滅びちまうよ。許したくないことがあって、辛いことがあるかもしれない。でも、もし許せたならと考えてみないか!? 相手が本気で反省して、自分も許して、それが素晴らしいと思わないか!?」

 自分で言ってて、それは机上の空論だと言われても仕方ないとわかっている。
 だけど本当に不可能だろうか?
 人間には許せないことがいつまでも許せず、罪人はいつまでも更生できないだろうか?
 そんなことは――ない!

「人は仲直りできるから美しい! その可能性を信じてくれよ!!」

 万思の想いを込めた言葉を放った。
 人間にできることでこれほど美しいものといえば愛と勤勉ぐらいしか思い付かない。
 仲直り、誰しもが複雑な事情を持つ人間にとって、それはどれほど凄いことだろうか。
 心の底から憎んだことを許せたら素晴らしくはないだろうか?
 だから俺は、この言葉を心から肯定して放ったのだ。

 メリスタスは驚いたように目と口を大きく開き、キィはただ凛として佇んでいた。

「……じゃあ、僕が悪いの?」
「そうは、思えない。まだこの男は許しを乞おうともしていなかったんだからな。お前が恨んでいるのは仕方のないことだった。だから殺したって仕方がなかったし、文句の一つも言えたことじゃない。だけれど、これから先はもう少し譲歩してみて、相手に善悪を問うてみて欲しい。俺が言いたいのは、それだけだ……」
「…………」

 メリスタスは顔を下げて黙りこくった。
 きっと、俺の語った言葉を上手く理解してくれたはずだ。
 ……本来の彼は、初めて会った俺に笑顔を向けた優しい少年なんだ。
 男を殺しても、“申し訳ないとは思うけど”とは言っていたんだ。
 俺の言ったことを理解して、受け入れてくれる。
 自分の期待を一度裏切った少年だけれど、もう一度信じる……。

「……とりあえず、死体を火葬しよう。キィ、協力してくれないか?」
「…………」
「……。嫌なら、いい。俺は1人でやるから、みんな戻ってていいさ」

 きびすを返し、しゃがんで男の体を持とうと手を伸ばす。
 必然的に前のめりになるわけで、腹部が悲鳴をあげた。
 痛い、無色魔法で持ち上げた方が絶対効率的だった。

 その時、男に伸ばす手が増えた。

「……バカかよ。お前の言う事に感化せずにいられるかっ。手伝わせろ」
「僕も、ヤラランくんの言う許せた可能性を潰した責任は、あるよね……償いにもならないけれど、手伝わせて……」
「……あいよ」

 包丁の刺さった死体を2人に運んでもらった。
 今頃気付いたが、力狩りフォース・ハントの力で俺は何も持てなかったのだ。
 持っても掴むのは空間ごとだったから。
 その後からはナルー他多数の動物が付いてきて、森付近まで来た。
 幾つかの枝木を集めて死体と一緒にキィの赤魔法で燃やした。
 パチパチと燃ゆる赤い火と登りゆく黒煙は儚く空に広がって夜闇と交わって行った……。

「……嫌な夜だな」
「…………」

 俺の呟きに返す者はない。
 強いて挙げるならごうごう燃える炎の音ぐらいだろう。
 同時に嫌な臭いも返答してくれたと言えばいいか。
 人の焼ける匂い。
 まごう事なき、嫌な夜という問いへの返答だった。

 大分時間が過ぎただろうか、、力狩りフォース・ハントの効果が切れた。
 だから、嫌だからという理由もあったが、弔いのために俺は薄く伸びた自身の影からヴァイオリンを取り出した。
 ケースから取り外して弓を右手に、本体を左手にし、構えた。
 弓で弦を揺らし、切なく儚い旋律を奏で始める。
 安らかな鎮魂曲であるようにと、目を伏せ、できる限り優しく奏でる。

 この男は俺に痛い目に合わされて、反省したのだろうか。
 自分が痛い目に遭って人に酷いことすべきでないと理解したのだろうか。
 そんなことは考えてもわからない。
 もう死んでしまったのだから。

 短い演奏を経て、俺はヴァイオリンを置いて自分の腹部を魔法で治した。
 そして改めて、俺はメリスタスに向き直った。
 体育座りをして炎を見つめる長髪の少年は俺に気付いて目を俺の目線に合わせた。

「メリスタス。お前は良い奴だ。けど、善人というにはまだ心が幼いと思う。まぁ、今日あったばかりだ、まだ俺の知らないお前の姿もたくさんあるだろう」
「…………」
「だから、俺と友達になろう。俺と居ればお前も俺も学ぶことがあると思うんだ。それに、仲が悪いなんてのは嫌だからな……。さっきはいろいろ言ったけど、仲良くしてほしい」
「……。……うん。でも、さっきの言葉は僕のために言ってくれたって、ちゃんとわかってるから。僕も……仲が悪いのはやだし……。こんな僕でよければ、仲良くしてください」
「……あぁ」

 俺は彼に手を伸ばした。
 少年は俺の手を優しく取り、握り返す。
 仲良くして共に歩んでいける、その一歩となるように――。

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