連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/35/:牛ともう一人

「おいヤララン! どうしたんだよ!」
「撤退だ撤退! さっき休んだところまで戻る!」
「ハァ!? 猫なんて――いや、わかった」

 抱えたキィが暴れるのを止める。
 猫なんて殺せばいい。
 そう言いたかったのだろう。
 残念ながら、俺はそんな風に考えて行動していないし、キィを守れるかわからないからこれが最善策だ。

「……羽衣で飛ぶよ。手ェ離してくれ」
「おう……」
「【羽衣天韋】」

 キィはマフラーを羽衣とし、俺の腕を退けて空中に立った。

「……まぁ無茶はよくねぇしな。時間だって急ぎじゃない。そうだな、一旦戻ろうぜ?」
「……あぁ、助かる」

 微笑みながら、だいぶ気の利いた言葉を言ってくれた。
 心配されるだなんて、威厳とかなくなっちまったなぁ……。

「とりあえず戻ろう。明日には作戦立ててもう一度行くぞ」
「あいよー」

 キィの気のない返事を合図に、俺たちは夜の中を飛んで行った。










 火が点いている。
 夜の森にある光は俺が見える限り、炎の放つ光と月明かりだけで、この2つだけで十分に俺とキィの姿は映っていた。

「……美味うまい」
不味まずかったら死活問題だな」

 パンと焼いた魚だけだが、とてつもなく美味い。
 自分が情けないからか、魚が余計美味く感じる。
 ……今日はダメだな、どうにもやる気が出ない。

「……。ヤラランさぁ、ちょっと【無色防衛カラーレス・プロテクト】出せよ」
「……あん? なんでだよ」
「いいから、出した出した」
「……はいよ。【無色防衛カラーレス・プロテクト】」

 キィに命じられるがままに自身を覆うように【無色防衛】を発動する。
 かなり薄い青色が覆っていて、目に悪いかもしれん。
 キィは俺が魔法を発動したのを確認し、串刺しの魚を地面に刺して立ち上がる。

「【赤魔法】……」
「はあっ!?」
「……【轟炎フレイム】!!」

 凄い意気込みで発動された【轟炎フレイム】の魔法。
 彼女の両手からこれでもかと炎を出される。
 しかし【無色防衛】はヒビが入る事もなく、10秒が経過しても壊れる様子はない。
 割れないと判断すると諦めたのか、キィは炎を止めた。

「ふぅ……疲れた」
「何すんだよオイ……死ぬかと思ったぜ」
「嘘つけ。その結界割れねぇじゃねぇかよ。全力でやったのに、どうしてくれんだ」
「…………」

 どうしてくれんだと言われても、どうしようもない。
 割られたら俺が死ぬだろうが。
 なに?何がしたいんだ?

「何がしたいわけ?」
「ヤラランさ、今、【無色防衛】に自信ねぇだろ」
「…………」

 バレてる。
 何も言ってないし、気付かせるような素振りもしてないはずだったが……。

「……なんでわかった?」
「なんでって、さっきは別に逃げなくても良かっただろ? 今の結界使えば猫の爪じゃ傷も付かねぇのはわかりきってる。なのに逃げたのはなんでかと思ったら、そういや朝方に結界が破られたって聞いたからな。不安なんじゃねぇかと思ってさ、攻撃してみた」
「…………」
「ビクともしねぇから自信持てよ。お前がそんなだと私まで不安になるだろうが」

 眉間にしわを寄せて怒り口調で苦情を言うキィ。
 俺は少しの間、呆然としていた。
 キィは良い奴になったとは思っていたが、俺が心配されるぐらいだとは思わなかったから。
 でも成長が嬉しくて、俺は笑った。

「ありがとよ。カララルの奴がバカみたいに威力が高かったってのはわかってるし、別にそんなにしょぼくれてなかったけどな〜?」
「嘘つけ。ま、元気が出たならそれで良いけどな。もう私に手間かけさせないでくれよ?」
「くはは、迷惑掛け合う仲だろうが。これからも迷惑かけまくってやる」
「はあっ!? ふざけんなよもう……」
「その分助けてやるから良いだろうが」
「……わーったよ。もう、ホント、お前は怒れねぇや……」

 半ば諦めたように言うキィは困ったように笑っていて、どこか嬉しそうだった。
 前にも言ったかもしれないが、人とは変わるものだなと思う。
 それは成長か退化か、良くか悪くかと無数に考え方があるにしても、俺にとってコイツは良い成長をしている。

「イイ女にはならねぇけどなぁ……」
「あん? なんか言ったか?」
「いやっ、なんでも〜」

 せめて口調が女らしくなれば良いんだが、あん?だの、ふざけんなよとか言ううちはまだまだ男らしくあるようだ。
 ……フォルシーナの敬語も……いや、アイツはいいか。

 周りにいる女性の口調を心配しつつも夜は更けていく。
 今日も今日で、平和に1日を終えていくのだった。









 暗いところにいるから、白魔法で灯りを点けた。
 1人が寂しいから、本を読んでいた。
 字はお母さんが教えてくれた。
 でもここは暗くて、僕は本を読んでいても寂しい……。

「お坊っちゃま」
「ん?」

 どれくらい読んでいたのだろう。
 気が付けば、隣には6本足の牛――ナルーがいた。
 白黒のまだら模様で乳牛らしいけど、そんなことはよくわかんない。
 わかるのは、ナルーが喋れて、足が6本あるという変わった牛だという事ぐらい。
 その牛は僕の横に立って、鼻息を僕の帽子に吹きかける。

「どうしたの?」
「侵入者がいました」
「え? だ、大丈夫?」

 慌てて訊き返す。
 この村跡に来る人間が最近多い。
 ナルーに聞けば、地上の人間は猫でも牛でも食べると言う。
 どうしよう、仲間が殺されてたりなんてしたら……。

「はい。なんとか撃退できました。猫達の半分が起きていたおかげで助かりましたよ」
「そっか……誰も死ななくて良かったね」

 そっと胸をなでおろす。
 無事に済んだようで何よりだ。

「はい……。ただ、例の赤服の女性や黒服の男・・・・も気になります。警戒しておくことに越したことはありませんね」
「うん、お願いね。……」
「おや? どうされました?」
「……ごめんね、みんなに戦わせちゃって。魔法が使える僕が頑張らないといけないのに……」
「……お坊っちゃまは【白魔法】しか使えませんから、仕方がありませんよ。それと、貴方に死なれてはメリネス様に示しがつきませんからね」
「……それでも、ごめんね……守ってもらってばかりで」
「……。また良ければ、みんなにお話を聞かせてあげてください。私どもは人間の文字がわかりませんから、この村にある本も読めないですから」
「……うん。面白い話、聞かせてあげるよ」
「それは楽しみでございます」

 表情が読みにくいけど、ナルーが微笑んだのがわかった。
 そうとわかると、僕も微笑みを返す。

 暗いけど平和な日々。
 僕はここで、この場所にて、静かに暮らしていた――。

「ではまた、メリスタス様」
「うん、またね」

 奇妙な牛と、動物たちに囲まれて――。

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