連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/22/:先へ

 夜が明け、新たな日がやってきた。
 早朝より俺は猫目のおやっさん……タルナの元に出向き、集会を開くからと掲示板に告知を依頼する。

「……何のための集会だい? そういえば、この辺りは桜が咲くと教えたね。花見でもするのかい?」
「いや、そろそろ俺達は次の場所に向かうから、送別会をしたいんだ」
「……ほう」

 曙光の差し込む広い室内。
 長テーブルの周りをカツカツと靴を踏み鳴らしてタルナが歩く。
 俺は椅子に座り、肘掛けを使って頬杖を着いて様子を見ていた。

「……村長が村を放棄するのかい?」
「……悪いな。元からそのつもりだった。村長の座はカズラに渡す。アイツは元貴族だけあって、運営には機転が効くだろう」
「で、僕が補佐かい?」
「あぁ。まぁ今までとやることは変わらないだろ?」
「……そうだね。って、君は結局俺を人を動かす立場にしているよね」
「ぬははっ、すまんすまん」
「……まぁいいがね。今更言っても仕方ない」

 最初は楽したい云々言っていたが、今では村の事務のほとんどを担当している。
 文句も言わずにやってくれているし、悪いとは思わんぞ。

「……さ、もう出て行ってくれ。今日の掲示物を作らなきゃならない」
「おっ? 朝から仕事とは、精が出るね」
「仕事を持ってきたのは君だろう……。ほら、早く君の女達が居る所に帰れ」
「アイツらはそんなんじゃねーって。それに、タルナにはもう1つ用があるんだ」
「なんだい? また仕事かい?」
「いやいや、これ渡すだけだよ。ほれっ」

 影の中から渡そうとしていたものを取り出す。
 本体を持ち上げ、意外と重いそれを手渡しする。

「うわ、なんか重い……。というか、ギターなんか貰ったって、僕にどうしろと言うんだ……」

 渡したのは黄土色のギター。
 偶然か、大きさは彼に丁度よくて構えている姿が容易に想像できた。
 重いのは……神楽器だから仕方がない。
 小太鼓は何故か軽そうだったが、弦楽器だけ重くなってるんだろう。

「タルナが使えるのは、【白魔法】だよな?」
「そうだけど……それが何か関係あるのかい?」
「大有りだけど、渡す理由は……信頼してる証とでも思っとけ」
「? よくわからないけど、貰っとくよ。窓口に飾っといていいかい?」
「いや、持ち主の魔力が40倍になるモンを飾りにしないでくれよ」
「…………。なんだって?」

 白い目で俺を見てくる。
 あら?効力教えてなかったっけ?

「その楽器にはまぁ、4つ能力がある。うち1つが持ち主の魔力を40倍にするってやつだ」
「……なんでそんな兵器を俺に渡すんだ?」
「兵器とかいうなよ、楽器だろうが。渡した理由もさっき言っただろ?」
「うーん……」

 釈然としないのか、自分の頭をコンコンと叩いて悩み出す。
 やがてため息を吐き、楽器を長テーブルに立て掛けた。

「……君が何をしたいのか、僕にはよくわからないよ。しかし、これは有難く頂戴するとしよう」
「そうそう。素直に貰っとけ」
「素直に貰える物じゃないだろう……」
「まぁまぁ。じゃ、村は頼むからな〜」
「あぁ。って、それならこれ俺じゃなくてカズラにーーもう居ないし……」

 用事を済ませると、俺はそそくさと総務部を出た。
 直前にタルナが何か言ってた気がするが、空耳だろう。










 掲示板に何が書かれたのかはわからなかったが、昼にたまたま広場に行くと人集ひとだかりができていた。
 一緒に連れて回ってたフォルシーナとキィも俺も足を止めてぼーっと様子を眺めている。

「……ヤララン、なんか予定ありましたっけ?」
「あぁ、今日村を出るから掲示してくれって頼んでおいた」

 フォルシーナの質問に平然と答えると、2人は目を丸くした。
 で、すぐにキィに胸ぐらを掴まれる。

「ハッ!? おい、今日かよ!? 急過ぎんだろ!」
「え? ダメだったか?」
「いろんな奴に別れ言いてぇんだよっ! アホか!」

 つば混じりの怒声を顔いっぱいに浴びる。
 そんなに怒ることかよ……。

「……大丈夫だろ。どうせ何回か戻ってくるさ。どこも食糧難だからここに戻ってきて補給するし、また会える」
「……私は死んでるかもしんねーだろうが」
「あん? お前も俺たちの魔法覚えただろ。それなりに強くなってるだろうし、なによりピンチになったらぜってー助けに行くから気にすんなよ」
「……。ハァ……お前にそう言われちゃ、安心して行くしかねぇか」

 手を離し、肩をすくめてやる気なさげに呟かれる。
 俺が守れんでもないし、自分の命の守り方も、ここで生まれ育ったというキィならわかってるはずだ。
 特に問題もあるまい。

「フォルシーナも今日でいいだろ?」
「昨日からいつでも行けるようにしてありますよ」
「流石だな。よし、キィはあいつらに気付かれないように荷物まとめて来い。俺とフォルシーナは乗り込むぞ」
『了解(です)』

 キィは飛び出して行き、俺は人垣に向かって歩き出す。
 やがて気付いた人達が俺に駆け寄りながら話し掛けつつ、中央までの道は開けてくれた。

「村長! 今日行っちまうのか!?」
「まだ恩返しもできてないのに行かないでよー!」
「村長、野菜持ってけ野菜!」

 幾つもの声を掛けられつつも無視して歩く。
 野菜と言われて少し振り向きそうになったが、きっとフォルシーナが用意してるだろう。

 村としては少ないといっても50人弱の言葉を受けながら進む。
 奥の方では、楽器を背負ったタルナとカズラ一家が揃っていた。

「……やぁ、お二人。今から行くのかい?」
「いや、少しやりたいことがある。ちょっとこの場は借りるぞ」
「……わかったよ。君の村だし、好きにするといい」
「……あぁ」

 タルナに許可を得て、俺は村人達を見渡した。
 振り向いた俺に、殆どの者が目を向ける。
 フォルシーナは右後方に控え、ただ見守っている。
 音がなく、皆が俺の声を待っていた。
 別に大したことは言えない。
 だが長として、言うべきことを幾つか言うべく、口を開く。

「……半年前は奪い、殺しあうような人間ばかりだったと思う。だけど、今では人と支え合って協力し、生きる力を得た。お前達は善い人間になったよ。だから俺はここをお前らに授ける。まぁ俺自身、そんなに大した事してないから偉そうな事言えねぇけどな。いや、大した事もしないでいいくらいだった。だから、俺たちはこの場を後にする。みんな元気にしろよ!」

 手を振る。
 一気に歓声が飛び交い、明るい一体感があった。
 俺の言葉でみんなの心が動いてる。
 これを最後に旅立てることが光栄だ。

「最後に俺たちは演奏をしようと思う! 聴いてってくれよな!!」

 再び歓声が湧き、俺はフォルシーナに向き直る。
 彼女は無言で頷き、静かにフルートを影から出した。

「タルナ、お前も演奏しろ」
「……って言われても、俺はギターなんて使えないぞ?」
「心配無用です! 神楽器は近くで何かしら曲が流れていれば、奏者の意思に関係なく流れている曲に合わせて演奏できるのです!どうですか!?」
「……う、うん。わかったよ」

 フォルシーナの説明を受け、若干引きながらもタルナはギターを構える。
 そこに丁度、キィが駆けつけてきた。
 少し息を切らして両手には調理器具のはみ出た風呂敷ふろしきを持っている。

「ハァ……待たせた……ハァ……」
「おう。それより楽器だせ。演奏するぞ」
「……適当に叩いてりゃいいか?」
「任せる。とにかくやるぞ」
「合点!」

 キィも両手の荷物を影に落とし、逆に小太鼓を取り出した。
 肩から下げてバチを持ち、準備をする。
 俺もヴァイオリンケースを出し、楽器自体を持って構える。

「10分ぐらいのバラードだ。お前ら、頼んだぞ」
「承りました」
「叩いときゃいいんだろ?任せろ!」
「よくわからないけど、やるよ……」

 奏者のみんなの返事を聞き、準備の終わりを確信する。
 だから、緩やかに演奏を開始した――。

 誰かに希望を与えるような優しい音だった。
 元々ヴァイオリンの艶やかな音色は人の感情に入り込むような優しいもの。
 そこにフルートの高音や、小さく鳴らされる太鼓の振動音、丁寧に引かれたギターの音が織り混じって1つの明るいバラードを成した。

(……【白魔法】)

 そっと、白魔法を発動する。
 神楽器の能力で善意が音響するように。
 暖かい音色と共に届くように。
 願いを込め、演奏を続けていた――。




「――後は頼んだぞ」
「あぁ、任されたよ」

 短い演奏会を終え、タルナの胸を叩く。
 快い返事を得ると、俺は女子2人に目をやった。
 どちらも微笑んでおり、特に言うことはなさそうだった。
 さぁ、もう行く時間だ。

「俺たちはここから先に行く! できるだけ人を救ってくる! 行き詰まったら戻ってはくるが、そんときは支えてくれ!」

 再び歓声が湧く。
 紛れ込んだ声援を聞きながら、俺はフォルシーナとキィに向き直り、笑った。

「行くぞ!」

 2人は無言で頷き、村人に手を振りながら俺たちは歩みを進めた。

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