連奏恋歌〜歌われぬ原初のバラード〜

川島晴斗

/21/:海

 本格的な話はフォルシーナが帰って来てからとなった。
 日が落ちて1時間もしないうちにフォルシーナも帰宅して、村の運営もうまくいっているから次に行こうと食後に2人に話した。

「……行くなら冬前に行きたかったですね。食べるのに困って、結構な数の人が死んだことでしょう。しかし、私たちがここで待たなければ今の良い環境も築けてませんし、なんとも言えませんね」
「そうだ。もっと前に行っとけば良かっただなんて後悔しても仕方ねぇよ」

 打ち解けるのも時間を要したし、安心できる環境になるのも冬が来てからだった。
 冬真っ只中で俺たちが食料を持って当ても無く大陸の中に入って行くのも、リスクがないわけじゃ無い。
 吹雪なんか来たら遭難するし、はぐれたりしたら最悪だ。

「これからだ。ここでやったことを繰り返して行きつつ、誰も殺さず、救える人を救って行く。お前ら、着いて来てくれるか?」
「私はいつも通り、貴方に従いますよ」
「私も行くぜ。ヤラランは1人にしとけねぇからな」

 即答だった。
 2人の目は据わっていて、確認を取るまでもなかったのだ。

「……助かる。ありがとう」
「いえいえ」
「気にすんな」

 労いの言葉も跳ね除けて少女らは微笑んだ。
 優しい奴らだ。
 いい仲間を持てたことが嬉しい。

「……ところで、私に神楽器を渡すって言ってたな?マジか?」
「あ。ヤララン、渡すんですね?」
「おう。キィは【白魔法】も使えるしな」
「では出しましょう」

 フォルシーナが自分の影の中に手を突っ込み、楽器を取り出す。
 緑の、肩下げの小太鼓だった。
 どでかいそれをテーブルの上に置き、後からバチも取り出す。

「……これはなんつーの?」
「太鼓です。叩いてればいいので楽ですよ」
「へー。頭使わんでいいならこれでいいか〜」

 わーっと嬉々として小太鼓を持ち上げるキィ。
 無邪気に喜んでるところが微笑ましい。

「でもいいのかよ?私を信用し過ぎじゃねぇか?」
「信用し過ぎだけど、なんか問題あるか?」
「…………」

 俺が答えてやると、キィは黙した。
 恥ずかしそうに俯いて、そっと楽器を抱えだす。

「……どうしたよ?」
「……なんでもねぇよ。ちょっと、泣きそうなだけだ……」
「……そうかい」

 何かを語るには及ばない。
 俺は踵を返して、静かに外に出た。
 女の涙ってのは見るもんじゃないね。











 村の周りは安全になったと言っていい。
 約半年の歳月を経て散策は進み、村近辺に人が居ない事は明らかになった。
 海までの通路が開通し、夜な夜な出歩く奴もちらほらいる。
 今も俺は海岸に来ていた。
 月明かりが海面をキラキラと照らし、押し寄せる波は潮の匂いを連れてきた。
 風情のある光景、俺は胡座あぐらをかいてのんびりと見ているのが好きだった。
 静かな情景を見ていると、心が落ち着く。

「……やっぱ居たか、ヤララン」
「やっぱってなんだよ。つーか何も言わずに現れんじゃねぇ」
「毎度のことだろうが」

 落ち着いた心を乱すは背後からの声。
 徐々に足音が近づいて来て、隣に誰かが腰を下ろす。

「お前も俺に良くついて来るよな。俺のことお父さんとか思ってんの?」
「別にそんなんじゃねーよっ」
「じゃあ惚れたか?いやー、俺も人気者だな〜」
「張っ倒すぞ?」
「……それってイコール全否定だよな?酷くね?」
「酷くないっ」
「……そうかい」

 軽口を言うのはいつもと変わらぬ様子のキィだった。
 いやぁ、俺もモテねぇなぁ。

「つーか、ヤラランにはフォルがいるだろ」
「あん?アイツはそんなんじゃねぇよ。仲間だけど、それ以上じゃねぇ」
「……そうだったのか。てっきり夫婦かと思ったんだがな」
「周りにはそう見えてんのかもな」

 フォルシーナとは村でも一緒にいる時間が一番長いし、1人で歩いてるときにも急に現れて新しい発明だどーのと言って俺のことを連れさらう。
 そんな光景を幾度も村人に見られている筈だ。
 夫婦かは知らんが、仲が良いとは思われてるだろう。

「お前はどうなんだ? 好きな奴とかできないわけ?」
「いねぇし、できたら困るだろ。村出るのに」
「それもそうだな」

 魔法の訓練もして神楽器も持たせて行きたくないと言われても困る。
 いない方が俺には都合がいい。

「で、こんな世間話するために追っかけて来たのか?」
「ん? いや、ちげーよ。言っておきたいことがあってな」
「……言っておきたいこと?」

 これは本当に愛の告白か?
 ……だったら少しは気楽……いや、告白されたら気が重いか。

「ま、今だからできる告白ってやつなんだけどよぉ……」
「は!? お、おう?」
「……? なにビックリしてんだ?」
「え、いや、なんでもねぇよ……」

 勘違いだった。
 キィは俺を不思議そうに見て、変な奴だと思っただけなのか、海に向き直った。

「……私さ、お前達に出会った当初は、“こいつらをどうやって利用しようか”としか考えてなかったんだよ」
「……そうかい」

 突如始まる独白。
 新参者だったから、俺達を舐めてかかるのも当然だろう。

「でも、お前達は私に利用される器なんかじゃねーわ。こんな希望もねぇ所に村なんか作って、私の手中にゃ収められないって身をもって知ったよ。そいでさ、私はこんな人の良い奴らを利用しようなんて、なんて酷いこと考えたんだろうって……なんつーの? 反省してんだよ」
「……優しくなったんだよ、きっと」
「だな。私もそう思うよ。それもこれも、全部お前達のお陰だ。ありがとうな」

 気付けば俺の顔を覗き込んでいて、曇りのない笑顔でそう告げた。
 紛れもない感謝、俺も笑みを返して口を開く。

「どういたしましてっ、と。つーかお前、それフォルシーナにも言ってこいや」
「言ってきたんだよ。お前がどっか出掛けたから悪いんだろうが」
「泣き顔見て欲しかったのか?空気読んだつもりだったんだがなぁ……」
「だからって海までこなくても良いだろうがっ!」

 まぁそれも一理ある。
 しかし、こうして海を見れるのも今日で終わりだ。

 明日には村を出る。
 残った時間はコイツの相手をしつつ、ゆったり過ごすとしよう。

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