それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

57.貴方がいるから

ライフ発売から1週間、立花さんは見るからに疲弊していた。
社内を一緒に歩いている時に、色んな部署の人達がすれ違いざまに立花さんに声を掛ける。これはよく見る光景だったけど、少しだけ質が違う。
粘ついた視線と堪えきれない笑み、終いにはライフを大事そうに抱えている人までいて、ただ「見ましたよ」とだけ伝えて行く。その度愛想笑いを浮かべてあぁ、と返す立花さんがいじらしい。
聞くと会社を出ても同じ様な状況だと言う。でもこればかりは私にはどうもしてあげられなくて、慰めようにも適切な言葉が見当たらなかった。


「一月なくここまでできちゃうんですねー。」
「儂らは他のどこの建設会社より早いからな。」
当然だとでも言いたげな源さんの声には誇らしさも滲んでいて、そういう素直さが源さんの素敵なところだと思う。
週に一度は訪れているけれど、毎回その進捗具合には目を見張る。数日前までは何もなかった場所に骨組みができて、通路ができて、今にもオープンできそうな外観にまでなっている。
「すごいな。」
隣の立花さんの呟きに、私も同じ事を思った。陳腐だけど、「すごい」。
作り出すことに偉大さを感じて、そうしたら自分も大きな事に携わっているんだって少し誇らしくなる。
「あと少しですね。」
「あぁ、予定通りだな。
 内壁までしたら窓のやつしてもらおうと思うんだが、
 イベントってのは来週だったよな?」
「はい。来週の土曜ですね。」
源さんと立花さんの会話を聞きながら、いよいよなんだと何だかそわそわしてしまう。プレゼントを貰う前の、嬉しさと気恥ずかしさが混ざったみたいな、そんな気持ち。
「だったら、先してもらうかな。
 あーと、来週の月曜か火曜は来れるか?」
立花さんが手帳でスケジュールを確認する。確か月曜はイベント会社との打ち合わせが入っていた。
「火曜でも良いですか?」
「おぅ。じゃ火曜な。聞いたが、その何たらってのは
 ガラスの破片ですんのか?」
「シーグラスですって。
 正確には浜に打ち上がったガラスの破片でしますね。」
「じゃ、それ集めねぇといけねぇのか?」
私はすかさず話に割って入った。
「それなら大丈夫です。今まで集めたのがあるので、
 それを使おうと思ってます。」
「え、でも……。」
「あ、ならいいな。火曜に来てやってもらえるか?」
「はい、勿論です。」
私と源さんの中で話がまとまり、源さんは外からの声に呼ばれて飛び出していった。
「良かったのか?将来使うために集めたんだろ?」
心配そうに私を見つめてくる立花さん。その気遣いに心が暖かくなる。でも私だって考えなしな訳じゃない。
立花さんがこの決定を認めてくれたあの日から、今が私の第一の夢になったから。
「使うべき時がここだと思うから使うんですよ。
 それに一から集めようと思ったら、
 結構時間掛かるんです。知らなかったでしょう?」
集めた破片はもう十数年分。そうやって見たらきっと少ないと思うくらいにしかないだろう。こちらに来てからは全然集めに行けていないし。
夢中で探して拾ってを繰り返しているとすぐに1日が経ってしまって、今日もこれだけかってがっかりする日ばかりだった。
「それは知らなかったな。」
「色んな色を集めたので、楽しみにしててください。」
それでも地道に集めてきた破片達。見せたら何て言うかな?褒めてくれるんじゃないか、ってちょっと期待した。


期待はしていたけど、まさか2人きりになるとは思わなかったな……。
源さんと約束した火曜当日の朝、出掛ける準備をしていた私達に広報課から、イベントの準備に人手が足りず手伝って欲しいとの要請があった。
シーグラスは最悪私1人でも良いと思い、そう言いかけたら
「ここは俺達が行くので、菅野と行って来てください。」
と竜胆さんが言った。分かった、とすぐに返答した立花さんに申し訳なくも嬉しくて、連れ立って新幹線へ乗り込んだ。
「窓、こんな感じにしようと思うんですけど……。
 どうでしょう?」
やっぱり確認はしておきたかった。最初の段階からシーグラスをするならこんな風にしたいと思っていたけど、納得した上で一緒に作り上げたい。
向き合った男女のシルエットをメインに、周囲には色んな色を散りばめて。パートナーとの幸せな時間を感じさせる様なものにしたかった。
「男女の……パートナーか。」
「はい。Partnerのカフェなのでそれが伝われば、と。」
でもその奥にある本当の気持ちが透けそうでドキドキする。隣り合う貴方と私を想像しただなんて、気付かれてしまったらとても恥ずかしいから。
「良いと思うよ。可愛いし、絶対目を引く。
 ただ、俺にもできるかな?」
困った様な顔で聞いてくる姿が愛らしい。思わず笑ってしまう。
「そんなに難しくないので平気ですよ。必要なものは
 用意してますし、教えますから大丈夫です。」
そう言ってから不思議な気分。
「……私が立花さんに教えるって何か変な感じです。
 今まで教えてもらうばかりだったので。」
私にも教えられる事があるなんて何だか誇らしくて照れくさい。誤魔化す様に頬を掻いた。
そんな私に立花さんは小さく笑って言う。
「今までだって、沢山色んな事教えてくれたよ。
 自分が気付いてないだけで。」
人から教えられる事を恥だと思わないその姿勢が、私を更に惹きつける。いつだって私を認めて自信を与えてくれる。
私が一体どんな事を教えられただろう。振り返ったって思い浮かばないけどそれで良い。思いがけない小さな事が立花さんの胸に残っているなら、それ以上に素敵な事なんてないから。
「そう、ですか。それなら、嬉しいです。」
こんな小さな、彼にとっては何て事ない筈の一言が、こんなにも胸の奥で強く光るから。


源さんが用意してくれたスツールに腰掛け、2人で同じ窓に向かい合う。
「ここはこれ?」
「えっと、もう少し小さいのが良いですね。
 あ、これにしてください。」
「うん。」
不安げだった立花さんもすぐに要領を掴んで自主的にどんどん進めていってくれた。もう終わりも近い。
流石です、と声を掛けるとまぁね、と言いながら手を止める事はないから、本人も楽しんでくれているのだろう。自分の好きな事を一緒に楽しめる喜びを噛み締めた。
今どうしても伝えたい事がある。
「やっぱりあの時、したいって言って良かったです。」
自分の手で彩られていく窓。できあがったシルエットが光に照らされて、何だか微笑んでいるみたいに見えた。
「我儘言って正解でした。」
「当たり前だろ?俺が良いって言ったんだから。」
隣の彼を窺うと、口ではそう言いながら表情は少し恥ずかしそうだった。照れた時の彼は私の目を見てくれない、ってもう知っているんですよ?
今日の私はいつもより素直で、思っている事を言葉にして伝えたいってそう思った。
「私、立花さんにそう言われると認められてる、
 って思えます。
 初めは迷ったけど、LTPに来る事を選んだのも、
 今までしてきた仕事も、どれも間違ってなかった、
 正しいんだって思えるんです。」
LTPに異動する事。選んでもらえた事に純粋に嬉しくはあったけど、不安の方が大きかった。大きな仕事に挑む勇気も力もなくて、そこで私は何ができるんだろうって断ろうかとも思った。
でも竜胆さんの後押しでメンバーに加わって、沙希ちゃんが沢山相談に乗ってくれて、林田君が和ませてくれて、夏依ちゃんが気持ちを新たにしてくれた。
そして立花さんが、どんな時にも確かな言葉をくれる。消え失せない強さと優しさで包んでくれる、それだけでここにいる意味を見いだせるんだ。
「どんな我儘が出るか楽しみだ」って、そう言って笑ってくれる彼がいるから何だってできそうな気がするの。 

「俺だってそうだよ。君がいて、皆がいて。
 ここが俺の場所なんだって思える。
 本当に良いパートナーと出会えたってそう思う。」
体の欠けたシルエットに手を伸ばしたのに気付く。“彼”と自分を重ねているのかもしれない。
この人はいつだって力をくれるのに自分自身にはひどく消極的で、あんなにも真っ直ぐで揺るがないのに脆く崩れてしまいそう。1人取り残された事を思い出すからだろうか。
……でも、もう1人じゃないから。
手を伸ばし、欠けた部分を新たなガラスで埋める。
きっと私達はこうやって小さな破片が集まってできているんだ。間違えたり失敗したり、泣いたり怒ったり。不揃いな破片の集まりだからいつも上手くはいかなくて。
でも助けてくれる人がいる。傍にいたいと思える人がいる。欠けた部分を埋めてくれる人がいる。それを嬉しそうに見つめてくれる人が、いるから。

「幸せだ。」
「はい。とても。」

 

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