それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

50.迷走中

発想って人の数以上に、無限に広がっているらしく。
「あのボックス、食器棚みたいになってるー。」
「こっちではキャスターつけて砂糖とか置いてます。」
「ロッカーを食器棚にしてるのもあるぞ。」
「テーブルにスタンドライトって意見もありますね。」
「え、杖が壁に貼り付いてるよ?」
「壁際のテーブルの脚になってるみたいですよ。」
「カップにブロックが入ってる。」
「カフェと玩具、一緒にした訳っスね!」
「このケースの素材って何の木だった?それによって
 使い方も変わってくるけど。」
「私。確認とってきまーす。」

予想通り一筋縄ではいかないアンケート量。色々なアイディアと出会っていくのは楽しいけど、色々ありすぎて更に考えを膨らませてしまって全然終わらない。遂に3日目に突入した。
「お、これ最後か?皆終わったか?」
「はい。こっちは終わりです。」
「こっちもっス。」
それぞれの口から溜息が溢れた。脱力するだけのものではなくて、わくわくする様な疲れ。
「やっとか……。」
「こう見ていくと面白いですね。」
「企画課じゃない人のアイディアが新鮮でしたね。」
まだこんなにも使い方があるなんて思いもしなかった。消費者よりPartnerの商品を知っていて、企画課よりも消費者に近い他の課の社員達は、固定概念のない新しい見方ができるのかもしれない。とても勉強になった。

「でももっと面白かったのは。あははっ。」
「ん?何だ?」
「そっちの山にはなかったっスか?こういうの。」
林田が立花さんに1枚の用紙を手渡すのを見て、すぐに何が言いたいか分かった。
立花さんは気付いていなかったみたいだし、私も気にしない様にしていたのに。
「立花さん、図のとこじゃなくて一番下っスよ。」
分かっていないらしい立花さんに林田君が付け加える。目線を走らせてようやくその存在に気付いた立花さんは微妙な顔をしている。
「そんなのいっぱいあったんスよ?」
本当にいっぱいあった。女性社員のものには殆ど書いてあるんじゃないか、と思うくらい。しかも連絡先を書いているものまで。
だから途中からは見ないでいい様に書いてないものだけ選んで、後は林田君の方にこっそり押しやっていた。
「これじゃ無記名のアンケートの意味ないな。」
「そこっスか?!」
とりあえずは喜んだりはしていないらしい。でもやっぱり本当は嬉しいんじゃないかな。
もしその一言から立花さんと誰かの距離が近付いたら、私はどうなってしまうだろう。
「これ、次あったらお礼言わなきゃいけないのかな?」
「別に良いんじゃないですか?」
考える隙さえ与えたくなくて言葉を被せる。そんな事しないで。
「1人に言うと皆に言わないといけなくなりますし。」
吐き捨てる様にそれだけ言って給湯室に逃げ込んだ。これ以上汚い自分が出てくるのは嫌で、それを立花さんに見られるのも嫌で、隠れてしまいたかった。
「じゃ、いっか。」
給湯室に入る直前聞こえた声にほっとしてしまう自分に気が付いて、壁に預けた身体はずるずると落ちていった。


昼休みを挟んでまた作業を再開する。その頃には私の気持ちも落ち着いてきていた。
アンケートからピックアップしたものから更に使えるものを絞っていく。ここからは主に皆で話し合いながら煮詰めていく事になる。
次に上尾さんが来られるまでにはまとめておきたいところだけど、いつ来られるか分からない。昼にしたらしい電話は繋がらなかった様だし。これで明日とかになったら困るなぁ。
電話が鳴る。立花さんの携帯だ。話し合いを続ける私達を気遣ってか、携帯と手帳を持ってブースの隅に移動していく。仕事の電話みたいだから上尾さんだろうか。
皆の会話の隙間を縫って、立花さんの声が耳に届く。アンケートが返ってきた、という言葉が聞こえて相手が上尾さんだと確信する。
そこでふと思い出す。先週の打ち合わせの時に上尾さんと意気投合する立花さんの姿。楽しそうな顔。そんな風に考えもしなかったのに、アンケートの所為かな。2人がすごく近付いている様な気がしてならない。
そう思ったら、目の前で電話しないのも違う理由があるんじゃないか、聞かれたくない話があるのでは、と無粋に勘繰ってしまう。
どうしてだろう。こんな事嫌なのに。こんな自分でいたくないって思っているのに。
実、どうしよう。私もう負けそうだよ……。

電話を終えた立花さんがデスクへ近付く。何か言っているのが口の動きで分かるけど、今の私には聞こえてなんていなかった。
違うって言ってほしいけど、そんな立場じゃない。そんな事を思っていいのは恋人だけ。
これが嫉妬?いや、そんな可愛いものじゃない。私の心は真っ黒だ。
嬉しいって立花さんは言うけど、こんな私を見せたらきっと離れて行ってしまう。想い続けるなんて無理だ。
合わなくなっていた焦点が合った時、立花さんに見られているのに気が付いた。見つめ合えば全てを見透かされそうで急いで逸らす。そんな綺麗な瞳で私を見ないで。
片付けを始めた皆に倣って私もファイルを手に取った。資料を戻していると、
「はるちゃん、これから一緒にご飯食べに行こう?」
と沙希ちゃんから誘われた。それだけで何となく、沙希ちゃんが助けてくれようとしてるんだなって分かった。
「あ、うん。いいよ。行こうか。」
1人じゃ抱えきれない気持ちを聞いてもらいたい。怒って叩いてくれても良いから溺れそうな私を引き上げてほしい。沙希ちゃんの優しさに甘える事にしたら、ほんの少しだけ心が軽くなった。


「……可笑しくなんかないよ。」
みのりでの2度目の女子会。今日は千果さんが他のテーブルを忙しなく回っているけど、計らいで奥の座敷に通してくれた。
今ある気持ちを洗いざらい話して、こんなの可笑しいよね、って乾いた笑いを吐き出したら沙希ちゃんは真剣な顔でそう言った。
「私だって一緒だよ?」
「沙希ちゃんも?」
私だけじゃないなんて信じられなくて尋ねると、うん、と返す。
「竜胆さんが誰かと楽しそうに話してるのを見る度、
 どうしてそれが私じゃないんだろう、って思ってた。
 やっぱり綺麗でお淑やかな大人の女性が好きなのかな
 とか色々ね。……今もない訳じゃないけど。」
少し肩を落とす姿に不謹慎にもほっとする。この弱さとか汚い部分がたった1人自分だけのものだったら、きっともっと苦しかった。だけどそうじゃないなら。
「……思っていても良いのかな?」
「え?」
「私の知らないところまで行ってしまわないでほしい。
 そう思っていても、良いのかな?」
繰り返せば繰り返す程、その思いは募っていく。話の見えない笑顔は胸が苦しくて、遠く感じて置いてけぼりみたい。
「良いんじゃない?」
千果さんがビールの入ったグラスを片手に座敷に上がる。お客さんは皆引いたらしい。
「いつもいつも、今どこ?何してるの?って確認する女は
 鬱陶しいけどね。たまになら言ってあげなさいよ。
 寂しいとか一緒が良いとか、行かないでとか。」
「恋人じゃないのに、ですか?」
私の問い掛けにふっと笑う。
「好きな女に言われたら当然嬉しいでしょ。
 特にコウは単純だから、貴女の言動に一喜一憂よ。」
そうだろうか。そんな風には思えないんだけど。でも沙希ちゃんも頷いている。
「まぁ、浮気しない様に見張っておきなさい。
 もし疑わしかったら私が忠告してあげるから。」
「え、いや、浮気って……。」
「でも立花さんは皆に優しくて勘違いさせちゃうから、
 問題だよねー。一番良いのは…それはいっか。」
途中まで言いかけてやめるから余計に気になる。催促したら眉を下げて教えてくてた。
「……はるちゃんが気持ち伝える事かなって。」
「コウは確実に好きだから、断る訳ないしね。」
千果さんも賛同する。心の隅では分かっているんだ。恋人になれば少しくらい欲張りになっても許されるだろうって。だけどそこまでが遠い。

「立花さんが私を想ってくれているのと同じくらいに、
 私は立花さんを想っているのでしょうか?」
まだまだ立花さんの想いには届かない気がして、与えてもらった分を返せる自信がない。足りなさ過ぎてすれ違ったら、もうきっと取り返しがつかなくなる。そう考えたら今のままの方が良いって思ってしまう。
「気持ちの度合いなんて一緒じゃなくて良いのよ。」
千果さんが静かに答える。傾けたグラスの中でビールの泡が弾けた。
「同じ人間じゃないんだから、比べたって意味がない。
 それでもそれぞれが、コウがコウなりに貴女を想う様に
 貴女も貴女なりにコウを想ったらそれで十分じゃない。
 誰も気持ちの大きさを測るなんてできないんだから。」
貴女のその気持ちで十分よ、と言って千果さんはまたグラスを傾けた。
確かにそうだ。誰の気持ちも、自分の気持ちさえ測り出すのは難しい。100%の内の幾らかなんて決められない。
でもそれで良いのかもしれない。分からないから伝えたくて教えてほしくて。もっともっと知りたくなる。自分の気持ちを、彼の気持ちを。
「……今の仕事が落ち着いたら、言います。
 恋とか愛とか複雑すぎて私にはよく分かんないけど、
 私なりの気持ちで良いなら。」
言葉にしたらできそうな気がしてくるのが不思議。目の前の2人が嬉しそうに笑ってくれる。
「よく言ったぞ、はるちゃん!!」
「コウがどんな顔するのか楽しみだわ。」
沙希ちゃんに抱き締められて身動きが取れないけど、私の決意をこんなに喜んでくれる事が嬉しい。
千果さんは笑みを消すと、顔を近付ける。
「不安に思うなら、伝える前に見極めておきなさい。
 コウが浮気する様な男かどうか。幼馴染としては絶対
 違うって言えるけど、貴女の目でちゃんとコウを見て。
 辛くなったら言ってね…はるちゃん。」
そしてにっこりと微笑んで座敷を出て行く。初めてはるちゃん、と名前を呼ばれて千果さんに少し近付けた気がする。
立花さんがどんな人か見極める。いつかお母さんからも言われた事。彼の事をちゃんと知ったら不安も溶けてなくなるかもしれない。先の事なんか分からないけど、そうなったら自信を持って伝えられるかな。

 

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