それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

41.開始早々

翌日も当然の様に私達は会って、1日空けてまた会って。空白を恐れる様にどちらともなく“次”を切り出した。特別な事はなくても互いがいさえすれば良い様な気がした。ただたわいもない話をして笑って、そんな風に夏休み最後を過ごした。
<今年中には一度帰るね。>
旅行で買ったお土産は梱包されたまま日の目を見る時を待っている。結局すぐに帰る決心は付かなかったけれど、そうお母さんにメールをした。今の自分を近い内に見てもらいたいと思った。


翌日。2週間ぶりの出社。皆とは1週間半会っていなかっただけなのに、もう随分会っていない様な気分になった。
「はるちゃん、昼休みにでも話したい事があるんだけど
 良いかな?そんなに時間取らないから。」
「うん、分かった。」
沙希ちゃんの話って何だろう。上目遣いに尋ねる姿から内容を読み取る事はできなかった。
「仕事するぞ。」
「……帰ってきたって感じ。」
林田君の一言は誰もが感じていた事の様に思う。ここにいるのが当たり前で。いつの間にかここが自分の居場所みたいに心地良い。だから皆、その言葉にただ微笑むんだ。
コンコン。ノックの音に振り返ると志方社長が入ってきた。
「よ、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
立花さんに続いて私達は立ち上がりお疲れ様です、と挨拶をする。本当はもっと丁寧な言葉を使うべきなのだろうけど、それでは社長に煙たがられる。もっとフランクに接しろと。正直変わった人だななんて思ってしまうけど、本当にすごい人だからこうやってブース内に緊張が走る。
「まあまあ、座って。」
促されてとりあえず腰掛ける。社長直々に来るなんて初めてだと思う。
竜胆さんが椅子を、夏依ちゃんがコーヒーを用意して近付く。あの竜胆さんでさえ動きがぎこちなくなっていて、夏依ちゃんは運んでいるコーヒーを溢しそうで怖い。
「あぁ、すまんね。よく気が利くなぁ。
 君達をLTPに選んで良かったよ。」
「それでどうされたんですか?
 わざわざ来られるなんて珍しいじゃないですか。」
まるで演劇でもする様に大袈裟な褒め方をする社長に、立花さんが噛み付く。
「そんな言い方するなよ。皆の様子を見たかったし。
 特に、会いに来てくれない息子の様子を。」
「息子!?」
聞いていたから驚かないけど、知らなかったら私も同じ反応をしたと思う。
「親代わりをしてもらってるんだ。」
「おいおい、親代わりなんて他人行儀だなぁ。
 素直に父さんって呼べよ。」
大柄な社長がそう言って身を小さくして不貞腐れる姿は何ともレア。思わず笑ってしまいそうだ。
「……月に2、3回会ってるじゃないですか。
 会う度に嫌な仕事押し付けようとするから
 会いたくなくなるんです!」
「だってよぉ。
 皆、幸多に会いたいって言うからさ。
 俺としては社員のために動いてやりたいだろ?」
「その前に息子の気持ちも考えてください。」
嫌な仕事、というのは各地に点在するPartnerのショップに顔を出す事。ショップで働いている人は皆販売課に所属していて、当然立花さんの事をよく知っている。それでショップへの視察と称して顔を見せるためだけに駆り出される時がある。相当嫌がる理由があるみたいだけど…あれ、もうやめてほしい。


「で、どうせそれが目的じゃないんでしょう?」
「おう、忘れるところだった。
 ちょっと大きい仕事をやってもらおうと思ってな。」
それを聞いて立花さんは盛大な溜息をつく。社長にこんな事をできるのは立花さんだけだ。
「溜息つくなよな。
 ……皆さ、カフェって行くか?」
突然投げ込まれた質問に一瞬フリーズする。カフェ?
「金城君、どうかな?」
「え、はい。行きます……。」
沙希ちゃんは戸惑いながら答える。社長の目が今度はこちらに向く。
「菅野君、天馬君も行くかな?
 やっぱり女性はよく行くだろうか?」
「はい。よく行きます。」
「私も!です。」
夏依ちゃんは慌てて付け足した。
「竜胆君、林田君はどうだろう。
 男だとあまり使わないかな?」
「自分は割とよく使います。」
「ぼ、僕は、あまり使わないっス、です!」
林田君もかなりの狼狽ぶり。社長が私達1人1人の名前をきちんと覚えてくれている事にとても感動した。
「幸多はよく使うだろう?」
「カフェというより喫茶店には。」
何度か頷いた社長は驚きの手軽さで言い放った。
「そこで、だ。皆、カフェを作ろう。」

私達は皆呆然としてしまったし、立花さんは丁度飲みかけたコーヒーを吹きそうになっている。
「ちょ、ちょっと、本気ですか?」
「あぁ、勿論本気だ。
 口で言っても分かりにくいだろう。
 おーい、三島。」
1人かと思えば廊下で待たせていたらしい。書類の束を持った秘書の三島さんが、一礼して入ってくる。
敏腕美人秘書と名高い三島さん。今のところプライベートは謎に包まれている。
「失礼致します。」
デスクを回って全員に書類を配ると壁際に背筋を伸ばして立つ。この完璧さはいつも揺るがない。
「さて、書類を見てくれ。
 今回都市部に新たな販売店を用意する事になった。
 それで、今まで通りのショップと一緒に
 商品を使ったカフェを作ろう、と思っているんだ。
 これまで様々な世代に向けた商品を発信してきた。
 それでも。いや、だからだろうか。
 自分の世代向けのもの以外の商品を、
 消費者は知らない場合が多い事が分かった。
 そこで、このカフェはお茶をしながら、
 もっとうちの商品を知ってもらう場として
 活用できるんじゃないかと思うんだ。」
使ってみなければ商品の良さは伝わらない。良さを知ればもっと広い世代の人にそれぞれの商品を見てもらえる。カフェという提案は最適だと思う。だけどそれはつまり。


「……店内装飾を俺達にしろ、と?」
「惜しいな。建物自体からだ。」
建物から設計するって事?こんな大きな仕事は過去にも聞いた事がない。LTPの名前からは外れてはいないけど、私達に本当にできるの?
「誰も建築関連できませんけど。」
「その点は大丈夫だ。設計や建築は、儂の知り合いの
 立ち会いの下、進めていく事になるし。
 内装も専門家に頼んであるからな。
 皆にしてもらいたいのは、
 建物の外装と内装、店内装飾を考えるところ。
 殆どいつもの商品企画と変わらんよ。」
規模が違い過ぎる。そう思ったら立花さんが代弁してくれた。どうやったらそれらが変わらないと言えるのか。
「ちなみに期間は?」
「んー年内。」
驚きの連続に皆の顔が百面相になっている。多分私も。
「ふざけてるんですか…?」
「ふざけてはおらんよ。ひどいな。
 確かにもう10月に入ってるが、とりあえず設計を
 してもらって、年内中に建物を作る。
 建てている間に装飾を考えてもらう。
 オープンは来年1月中旬だ。」
「ハードだな……。
 皆、どうだ。このハードな仕事受けるか?」
専門家が立ち会ってくれるとは言え私達の誰も携わった事のない分野。そんな日程で終わるかどうかすら不透明。それでも私達はLTPとしてここにいる。Partnerの社員としてもっと沢山の人に商品を見てほしい。そして何より、挑戦してみたかった。私達は強く頷いてその問いに答えた。


「良かった、良かった。
 設計者は俺の友人でな、明日呼んである。
 細かい説明なんかはそいつに聞いてくれ。」
社長には断らない事が分かっていたらしい。本当にすごい人だと改めて感じた。
「年内はこの仕事1本だ。
 ジュエリーの販促に参加してもらう以外は
 何も入れないから、全力でやってくれ。」
「了解です。」
「じゃ、これ渡しとくな。
 この中に立地や条件なんかのデータが入ってる。
 今日のところはこれを参考にしてくれ。」
「はい。」
立花さんが社長からUSBを受け取る。すると社長はその手を立花さんの頭に乗せて優しく撫でた。その様子は本物の親子のそれで、2人の繋がりの深さを垣間見た気がした。そのまま颯爽と歩いていきドアの前で振り返って、
「それじゃ、大変だとは思うがよろしくな。
 相談はいつでも乗るから気兼ねなく。」
と告げて美代子さん譲りの豪快な笑い声を残して、去って行った。
「失礼致します。」
下げた頭の向こうで三島さんの声がして、ドアがパタンと閉まった。
それを合図に、私達は脱力した。

 

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