それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

28.仕事納め

夏休み前の最後の週を迎え、暇だった筈のLTPは多忙を極めていた。他の課は早々に夏休みを終えていて、企画課の中でも私達は一番最後。実質、Partner全体で最も遅い夏休み。だからか、毎年の事だけれど直前の一週間は怒涛の仕事量。こっちとしては一番長くいるのだからもっと早めに来てよ、というのが本音。ブースに来る社員や電話の対応に追われて、中日の今日でも皆へとへと。
「もうちょっと早く来てくれよ。
 先週なら俺達暇だったのに。」
ほら、今もそこで広報課の島崎さんに立花さんがぼやいている。先週は本当に暇だった。今週の分が先週に回ってたらすごく楽だったのにな。
「すみません……。誰が行くかで女子が揉めてて
 来るに来れなかったと言いますか……。」
「はぁ?」
すんなり聞き流せない発言。
「立花さん、罪な男っスねー。」
「は?何が。」
立花さんは怪訝そうな顔で問う。本当に分からないのだろうか。
「この激ニブなとこもウケちゃってるんスよねー。」
「立花さん、言ったじゃないですか。
 女性社員がバチバチだって。」
「意味が分からん。何でそう繋げたがるんだ。」
「実際そうなのにー。」
「気付いてないの、本人だけですよね。」
林田君の主張に夏依ちゃんも加わって更にパワーアップ。…立花さん、私だって分かりますよ?モテモテなの。
「お前達はちゃんと仕事をしろ。
 ん、じゃ、このまま進める方向で。
 もし何か問題とか確認があれば、いつでも連絡して。」
2人を諌めながら、島崎さんには好意的。休みの日でも電話をしていいという配慮まで。
「いや、でもお休みなのに。」
「2週間いない間に仕事が滞る方が問題だろ。
 電話で答えられる事なら、すぐ連絡してくれた方が
 良い。そんな事気にしなくていいから。」
「……はい。分かりました。ありがとうございます!」
優しすぎる気もするけど、上に立つ者として当然だと思っているだろう。そういうところが立花さんだな、なんて感じてしまう。島崎さんも嬉しそうに帰って行った。

その姿を見送りながら林田君と夏依ちゃんはまた話を始める。
「そういうところだよなー。
 俺、立花さんみたいになりたいっス!」
そう言って目を輝かせている。
「モテモテにって事ですか?」
「かよっち。そうじゃないんだよ。
 こうさ、さりげなく気遣うっていうの?
 分け隔てなく大人の、紳士的な振る舞い
 っていうかさ。」
すごくよく分かる。立花さんは相手を見たりせず誰にでもスマートな気遣いを見せる。とても尊敬できるところだけれど、同時に相手の人を羨ましいと思ってしまったりする。
「あー、分かります。
 でも立花さんは天然でやっちゃってるから
 自然なんで、いつの間にかやってる、って
 くらい染み込ませないとですよ?」
「うわー。それどれだけかかるんだよー。
 やっぱ憧れるだけに留めとこう……。」
「あはは。」
「……お前ら、今くらいちゃんと仕事しろ!!」
楽しそうな2人の間に檄が飛ぶ。夏依ちゃんの言う通り、それが立花さんの素質だから羨ましがるとかだめだよね。さて、仕事仕事。


そして最終日。皆より先に自分の担当の仕事を片付けた私は、仕事終わりのコーヒーを淹れるために給湯室にいた。するとリラックスした声が聞こえてきて、皆の仕事が終わった事が分かる。
「立花さん。離れてるからって聞こえてますし、
 全力で拒否します!」
「拒否するなよ。」
給湯室を出て行くと、デスクでぐったりしている夏依ちゃんとシュレッダーの前の立花さんが言い合いをしている。仕事を増やすとかそういう話の様だ。夏依ちゃん、拒否するのはどうかな…。
「お疲れ様です。コーヒーどうぞ。」
1人ずつ専用のマグカップを配る。それぞれ好きな飲み方が違うからこれがないと困ってしまう。まず沙希ちゃんは甘党。
「はるちゃんのコーヒーだー。ありがと。」
「ふふ。はちみつとミルク入りね。
 夏依ちゃんもどうぞ。砂糖なしミルク多めだったよね?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
夏依ちゃんは意外に無糖派。でも牛乳を入れてマイルドにした方が落ち着くらしい。林田君は真逆。
「林田君は、砂糖だけで。」
「菅野ちゃん、ありがとー。んーうま。」
「竜胆さんはブラックですね。」
「あぁ、ありがとう。」
竜胆さんは見た目通りかな。でもこう見えてチョコレートは好きなんだよね。
「立花さん。砂糖とミルク入れときました。」
「え?」
立花さんもいつもブラックなんだけど。
「この一週間、皆の倍の量仕事されてますから。
 糖分摂ってくださいね。」
誰にも言わずに皆の仕事量を自分の半分で済む様に割り振ってくれている事には気が付いていた。でも言ったところで仕事を手伝わせてくれる様な人じゃない事も分かっている。それに忙しくなるとすぐに栄養を偏らせているのも知っている。特に疲れている時は糖分やカルシウムも必要だとあんなに言っているのに聞かない。だからこうやって強引に飲ませる。
疲れだってちゃんと取ってほしい。今の私には労う事しかできないけれど、これからは気兼ねなく頼ってくれたらいいのに。
「ありがとう。」
目を細めて愛おしそうに笑うから、自分の事がほんの少し誇らしくて笑みが溢れる。お盆を抱き締めて隠れる様に給湯室へと駆け込んだ。

休憩を終えて、恒例の大掃除を始める。とは言え取り立ててする事は少ない。
「雑誌入りきらないよー……。」
「あ!このお菓子ここに入ってたの!?」
溜め込んでいた雑誌を鞄に押し込む林田君と、デスクの引き出しからいつかのお菓子を発見している沙希ちゃん以外は。
「何度も言っている様に、
 会社には必要最低限のものだけ持って来い。
 自分が手に負えなくなる程ものを増やすな。」
立花さんからの注意にも2人は言い訳をしながら片付けていく。そして言い訳をする度に、「仕事には不必要」「糖分と塩分の栄養過多」と厳しい言葉を返されている。私ももう少し計画的に片付けた方が良いと思うな。


大掃除も粗方終わった頃。
「あ、そうだ。
 休みの間皆でどっか行くとか、どうっスか?」
「てっちゃん、それは良いアイディアだね!」
「行きたいですー!!」
林田君の提案に、沙希ちゃんと夏依ちゃんも賛同する。これが決まれば休みの間も立花さんと会える。胸が少し高鳴ったのが分かった。
「いつも飲みばっかだし。竜胆さん、どうっスか?!」
「そうだな。今までした事ないし、いいんじゃないか?」
竜胆さんがすぐに賛成するとは思わなかった。旅行とかはあまりしないと聞いていたから。沙希ちゃんが駆け寄ってくる。
「はるちゃんも行こーよ!」
「ふふ、楽しそうだね。」
「立花さん、皆行きたいって言ってますよ!
 これはもう行くしかないでしょう!!」
夏依ちゃんが嬉しそうに立花さんに言う。頭を抱えた立花さんは、頷いてはくれないだろうか。
「分かったよ。」
「やったー!!!」
「但し!お前達3人で決めず5人で考える事。
 菅野と竜胆の意見も取り入れてちゃんと計画を立てろ。
 終業時間まであと2時間。今日最後の仕事だ。」
条件付きだけどすんなりと承諾してくれた。意見の中に自分は参加しないところが立花さんらしい。私達は顔を見合わせた。
「はい!」
デスクに座り直して早速計画を立て始める。林田君は仕舞った筈の雑誌の中から旅行誌を取り出していた。
「立花さんはどんなとこがいいですかー?」
「皆の行きたいとこでいいよ。
 あ、でもゆっくりできそうなところがいいかな。」
沙希ちゃんの言葉に立花さんは優しく笑って答える。ぽつりと出した本音に林田君が反応する。
「立花さん、疲れてるのかな?」
そうかもしれない。あの仕事量を皆に気付かれないように同じ時間で終わらせたのだから、相当大変だっただろう。それでも旅行の提案に応じてくれた。
「じゃ、これは立花さんのための旅行にしようか。」
私が言うと皆同じ気持ちだったらしくてきぱきと動き出した。
林田君を中心に、疲れを取るには温泉だとかそれなら隣県の温泉地が良いとかそこは来週花火大会があるとか。そんな風に計画を煮詰めていった。やっぱり林田君の情報量はすごいとつくづく思った。
ブースの外でFLPの方と話している立花さんを盗み見て、絶対良い旅行にします、と心の中で呟いた。

  

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