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それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

24.画面越しの再会

それから数日後の朝。ずっと気にかけつつも本人の問題だからできるだけそっとしておいたけれど、沙希ちゃんの方から近付いて来て、
「私、頑張ってみる。望みは薄くても、少しでも女として
 見てもらえるように。はるちゃん、応援してね!」
と弾ける笑顔で知らせてくれた。私も笑って勿論、と答えた。


それとは別にここ数日、気になっている事がある。それは。
「はぁ……。」
また溜息。立花さんがこんなにも溜息をついてるってとても珍しい。何かあったんだろうか。もしかしたら疲れが取れていないのかもしれない。それならコーヒーを淹れてこよう。私の淹れるコーヒーを好きだと言ってくれるから。
皆の分も、と思ったけれどどうやら皆は自分で淹れたものを飲んでいるらしい。大きな仕事が終わった後はいつもこんな感じだ。結局2人分を淹れて戻る。近付くと、ありったけの息を吐く様な重い溜息が聞こえた。深く腰掛ける様子はやっぱり、いつもより疲れて見える。
「お疲れですか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
マグカップを受け取って、穏やかに笑いながらそう言うけれど心配になる。疲れや弱音を見せない人だから無理をしているんじゃないだろうか。
探る様にそうですか?と尋ねるとコーヒーを一口飲んで、
「美味しいよ。これで疲れなんて全部吹き飛んだ。」
と目尻に皺を寄せて笑う。それが本当か私を気遣ってのものかは分からない。でもどちらにしてもそう言ってくれる事が嬉しい。
「それなら、良かったです。」
そう言い残して給湯室へ戻る。本当はもっと、教えてほしい。疲れたとかそういう事で構わないから、誰にも言わない本音をもっと、教えて欲しい。片付けを終えた給湯室の中。入口でそっと、コーヒーを飲む立花さんの綻んだ顔を喜ぶ、そんな私に。

「林田。今日は何か予定あるか?」
帰りの準備をしながらその言葉を聞く。立花さんが林田君をご飯に誘うなんて初めて見た。
「……お、まじスか?!行きます、行きまーす!」
「いいなー。」
その声にはっとする。私の口から出たのかと思った。
「沙希、残念だけど男同士の話をするから、女子禁制でーす。」
「えー。」
「金城が羨ましいのは、奢りってとこだろ。」
「あら、バレました?」
和やかなムードの中交わされる会話に、私は上手く笑えない。
少しずつ我儘になっている自分がいる。よく考えてよ。羨ましがって不満に思うなんて筋違いじゃない?私はまだ答えを先延ばしにして、中途半端に立花さんからの好意を受けようとしてる。そして誰よりも近くにいる様な、誰よりも立花さんを知っている様なつもりでいる。なんて都合の良い頭なんだ。

「菅野さん?」
小声で夏依ちゃんが私を呼ぶ。その顔はとても不安そうな顔をしている。他の誰も私の異変には気付いていない様だ。
「大丈夫ですか、顔色が悪い気が……。」
「ごめんね、ありがとう。平気だから。」
決別した筈の消極的な私が顔を出す。これじゃ逆戻りだよ。頭を切り替えよう。
まだ眉を下げている夏依ちゃんにもう5時半だよ、と教えてあげると慌てて飛び出していった。今日も幼稚園に通う妹さんを迎えに行くらしい。皆も帰る準備ができた様で次々に動き出すから、私も急いで荷物を鞄に詰めた。


その夜、パソコンがメールの受信を告げた。お母さんからだった。
<今年も夏休み、帰って来ないの?>
毎年決まって聞かれる事。でもまだ、どんな顔して帰ればいいか分からない。私の夏休みは9月末。その頃には実やお父さんの休みなんてとっくに終わっている。だけど不意打ちの鉢合わせが一番きつい。
<帰る時にはちゃんと連絡するから。>
<電話やメールもいいけど、ちゃんと顔見たいのよ。
 お父さんも実も、心配してる。>
言われなくても分かってる。最後に見た顔はきっと一生忘れられない。どう返信しようか考えあぐねている間に更にメールを受信する。
<実が撮った写真。すごく良いでしょ?>
その文面の下に添付された画像が表示される。

懐かしい家。空はよく晴れていて瑞々しい青が広がっている。家の前を横切るのは隣のおばあさんが飼っている猫のミイ。私がいた頃より少し太った様子。それでも毛並みに艶があるのは、愛されている証拠だ。
今にもミイがこちらを向きそう。写っていない蝉の声や夏の温度、実の息遣いでさえ洩れてきそう。この写真は鮮明に生きて、時を刻んでいる。
端の方に写るカーブミラーに小さな人影が見える。
<気持ちの整理がついたら帰る。約束するから。>
それだけ送って、画面越しに触れてみる。指先で丸ごと隠れてしまうサイズだけど分かる。
カメラを構えて立つ実だ。服は見た事のないものに変わっていて髪も短くなっているけれど、立ち姿は実そのもの。大人になった実が写っていた。
きっとわざと。お母さんが私に見せるだろうと予想して、小さく自分が映る絶妙な位置を計算して撮ったんだ。

「実。」
心配かけてごめんね。一緒にいても離れても弟を困らせるお姉ちゃんに、こんな風に気を遣わせてごめん。
忘れてなんていないよ。実は私の大切な弟だから。頑張ってる実に自信を持って会いたいから、もう少しだけ待ってね。ずっと待たせてるけれど今度こそ本当に。ちゃんと目の前で、名前を呼んでただいまって言いたいから。だからもう少しだけ。
「実。……ありがとう。」
気付かせてくれて、ありがとう。私、前に進むから。

 

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