それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

23.彼女の本音

夏休み真っ盛りの8月。
「いいなぁ、夏休み。羨ましい……。」
「林田、それ毎年言ってるな。」
「俺達だって時期がずれてるだけでない訳じゃないだろ?
 寧ろ空いてる時だからラッキーじゃないか。」
外を歩く行楽客らしき人達を恨めしそうに見下ろしながらぼやく林田君を、先輩達がフォローする。林田君だって仕事が嫌な訳じゃなく、多くの人が休みを満喫している時には自分も同じ様にしたいと思うのだろう。その気持ちは分からなくもない。そう思う余裕がやっとでてきた。

先週末、やっとの思いで時計のデザインを完成させた。パーツの色の組み合わせや小さな部品までも細かく指定したデザイン画を、嫌な客だなと苦笑いしながらメールで誠さんへ送った。呆れられても仕方ないかと思ったけれど、その夜かかってきた電話口からの「とても良いものができそうだね。」という柔らかい一言が堪らなく私を舞い上がらせた。
デザイン画をもう一度広げる。矢印を引いて太字で書き込んだ<赤>の文字。これは針の色。
濃さの違いはあるものの全体がブラウンでまとめられているから、どこかに一色だけ入れたいと思った。どうせ入れるなら中心で働く針に。それはすぐ決まったけれど、色はなかなか決まらなかった。
立花さんの持ち物は黒や青が多い。休日に出掛けた時の私服もシックで濃い色が多い。勿論どれも立花さんによく似合っているしイメージとしてもぴったりだけど、そういう色は誰もが思い付く。私だけが感じるイメージで、私がデザインする意味が欲しい。
共に見る夕日はいつも赤くて大きくて、立花さんみたいだと思う。凛としていて眩しくて、それでも誰の近くにもいてくれて、隣にいるだけで目が合うだけで暖かい。
この時計を身に着ける度、2人で見たあの夕日を思い出してくれたなら。
この赤い針の意味を伝える事はないだろう。それでいい。それが、いい。だって夕日はいつだって平等に赤いのだから。


時計の方は誠さんからの完成の連絡を待つだけになったから、本格的に仕事に集中。
会議は毎日の様に重ねられたし、実際にジュエリーショップを訪ねて情報を得る事もあった。当然、押しの強い店員のいる所ではなくちゃんと話ができそうな店を選んで、今年の流行の傾向や消費者の声等の貴重な情報を仕入れた。それを元に納得できるものを目指した。
「本当に素敵です。」
最終会議で決定した案を見ながら呟いた言葉は心からの気持ちで、皆の表情や言葉で同じ気持ちだと確信できた。
「うぅ……わだし、ここに来゛て良かっだですぅ……。」
夏依ちゃんの涙に誘われそうになる。会議を重ねて1つにまとめ上げた達成感と、これが商品として形になって人々の手に渡っていく期待感は、この仕事をしていないと分からないだろう。初めての企画を終えた夏依ちゃんの気持ちと同じものが、今もきっとこれからも私の胸に確かにある。


昼休み。沙希ちゃんに誘われて会社近くのパスタ屋さんへ。
「今回の企画も無事終わって良かったねー。」
「そうだね。」
向かい合ってランチを食べながら、やっぱり仕事の話になるのは仕方ない事。
「……ねぇ、はるちゃんはさ。」
「え?何?」
「最初の案を考える時、誰の事を思い浮かべた?」
どきりと胸が鳴ったのはなぜだろう。素直に言ってしまえば良いのに、誤魔化すように言葉を出す。
「どうして、そんな事聞くの?」
「あ、ごめんね。問い詰めたい訳じゃないんだよ?
 ただあの案すごく良いなって思ったから、誰かモデルが
 いるのかなって思っただけで。」
「そっか……。」
これでも本当の事を言うのが躊躇われる。曖昧な状態で沙希ちゃんを期待させそうだから。……でも何より、立花さんとの間の優しい時間を公にしたくなかったから。それがたとえ沙希ちゃんであっても。
「私はね、竜胆さん。」
「へ?」
「私は竜胆さんを思い浮かべたよ。ずっと、好きなんだ。」
私の濁った思考の中にすっと溶け込む様に入ってくる。全然知らなかった。俯いて、口に運ぶでもなくフォークにパスタを巻きつけている沙希ちゃんは、今まで見たどんな時より美しく可憐だった。
「私、会社でも色んな人をカップルにしてるんだけどさ、
 自分の事となるとだめなんだよね。
 明るいだけの自分になっちゃって、竜胆さんから見たら
 多分子供みたいに思われてるんじゃないかな。
 ……どう接したらいいか、分からなくなるんだ。」
人には色々言うくせにね、と自嘲気味に笑う姿は儚い。
底抜けに明るい彼女は、本当は誰よりも繊細で脆い。隠れて1人泣く背中を私は何度も摩ってきた。
今の私にどんな言葉を掛けられるだろう。目の前で溜息をつく姿に何と言えば救える?「大丈夫」とか「竜胆さんは見てくれてる」って?そんなのきっと気休めにしかならない。かと言って黙っていたくもない。
「私は―――。」

私は立花さんを、想ったよ。

その一言を言うのが精一杯で、テーブルにのる小さな手を握るだけ。それでも沙希ちゃんは綺麗に笑ってくれて、
「とても、素敵だったよ。」
と潤んだ声で聞かせてくれた。

 

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