それはきっと、蜃気楼。
18.込めるオモイ
「工場の中、暑いですけど大丈夫ですか?」
「分かってるよ。でも君達はその中を働いてるんだろ?
それに自分達の商品が出来る過程を知らずにいるのは、
君達にも消費者にも不敬な事だと思うから。」
サンプル確認のため梶野インテリアを訪れた私達。工場見学をしたいというこちらの要望に頷いてはくれたものの、私達を心配して何度も良いのかと確認される。その時の立花さんの言葉は、きっと誰もの耳に残っただろう。自分の損得は関係なく、敬意を持って目指す場所に一直線。立花さんはそういう人だ。
庭さんによって開かれた重厚な扉の向こうにはPartnerの工場では見ない機械ばかりが鎮座していて、様々な音を響かせながら懸命に仕事に励んでいた。工場の中は確かに暑い。30℃近くまで上がると言われている外の熱を浴び、分厚い扉で締め切っているために熱は逃げず風は入らない。その上、機械の稼働熱まで加わって少し息がしづらいくらいだ。こんな中を毎日動き回っているのだと思うと、彼らはもっと評価されるべき立場にあると思う。
庭さんに連れられて来たのが岸谷さんだと、瞬時に判別できなかった。作業服を身に着けると顔付きまで変わる様だ。
「暑い中をわざわざありがとう。
工場内の見学までしてもらえるっていうんで、
皆いつもよりやる気を出しているんだよ。」
そう言う岸谷さんはどこか誇らしげで嬉しそう。工場見学は双方にとって良いものになるだろう。
機械やその作業工程の説明を聞きながら、工場内を案内される。隣で製作志望だったという林田君は目を輝かせながら前のめりに話を聞いている。最年少の小鳥遊さんもここではプロの製作者で、実際に機械を動かしながら説明してくれる姿はとても格好良かった。
会議室に通されて興奮気味の林田君を中心に話をしていると、守屋さんと庭さんがサンプルを持って会議室へ入ってくる。布が掛けられて見えない全貌に期待値が高まる。守屋さんがそっと布を外すと、姿を現したサンプル達に誰もがおっ、と声を漏らした。
ソファは広めの1人掛け。座面は丸く、背凭れと肘掛が柔らかな曲線で体を包み込む様な形。全体は<浄化>を意味するホワイト。外側の見える部分を<落ち着き>のブルーのラインが囲み、体に触れる部分に<幸福>や<希望>のイエローが流れ星の様に走る。
―一日働いた疲れを休めてまた明日を頑張れる様に。
テーブルはソファに合わせた高さのローテーブルで、長方形にすることで人が集まっても使いやすい様にした。末広がりの足でしっかり地面を捉える形。引き出しも付けて様々な用途で活用できる様にしている。明るいブラウンの木材を使っているから、コーラルとホワイトのチェック柄のタイルがよく馴染んでいる。コーラルには<喜び>という意味がある。
―純粋な気持ちで更なる喜びを見出してゆける様に。
キャビネットは落ち着きのある深いブラウン。270°開く観音開きの扉を開けると、中は入れ替え可能の仕切りが付いていてその人に合った使い方ができる様になっている。
扉の内側には浮き彫りで彫られた桜の木。日本を代表する桜は純潔や心の美しさという花言葉を持っているため選ばれた。<女性らしさを高める>ピンクや<変化>を促してくれるグリーンが加えられている。
―内に秘めたものを解き放って、新たな自分になれる様に。そして恋ができる様に。
働く女性達の毎日を、仕事を恋を応援するインテリア。皆が一様に感嘆の思いを口にする。
「私、そのキャビネット欲しいです!
大きいの置く場所ないけど、そのサイズ丁度良いんで。」
夏依ちゃんは買う気満々の様子。
もう一度サンプルに目をやる。本物のようなクオリティーなのに、ミニチュアサイズ。
「まずミニチュアで造るって、面白いですよね。」
そう言うと、
「このサイズをつくる方が難しいんじゃないですか?」
と立花さんが聞く。岸谷さんは、小さく笑みを溢した。
「そうなんだ。
小さい方が難しいし、細かい所に注意が要る。
小さくてもちゃんと使える物ができれば、
実寸は造りやすくなるし、失敗がないんだ。
何より技術を向上させられるしね。」
難しい方を敢えて選んでする。そこには消費者に良いものを使ってほしいという思いが込められていて。技術だけでなくその思いがあるからこそ、彼らのつくる商品は愛されるのだと感じた。
夏依ちゃんは実用面で欲しいと言っていたけれど、私も持つべきかもしれない。
怯んで避けてばかりじゃいけない。恋に対してもっと前向きに考えるべき時が来たのだから。
一歩、踏み出さなくては。
「ところで皆、今日夜は空いてるかな?
前回のお返しに、行きつけの店に招待したいんだが。」
岸谷さんが切り出す。即座に林田君が反応する
「えっ、今日俺運転なのに…。」
とても切なそうな顔でしょげている。お酒は弱いけど飲む雰囲気が好きなんだよね。よく飲まれているけど。
「帰りは運転してやるよ。」
「マジッスか!やりー!!」
立花さんの一言で急浮上。この2人の関係は、やっぱり子犬と飼い主って感じがしちゃうんだよね。
「皆、大丈夫か?」
「明日は休みなので問題ないでーす。」
沙希ちゃんの回答に私も頷いて答える。
「ではすみませんが、宜しくお願いします。」
「あぁ。千果さんの料理には負けるかもしれんが、
楽しみにしておいてくれ。」
「どんなところだろうね?」
「楽しみだね。」
沙希ちゃんの問い掛けに答えながら、私はもう少し先の、帰りの車中に思いを巡らして1人呼吸を整えるのだった。
「分かってるよ。でも君達はその中を働いてるんだろ?
それに自分達の商品が出来る過程を知らずにいるのは、
君達にも消費者にも不敬な事だと思うから。」
サンプル確認のため梶野インテリアを訪れた私達。工場見学をしたいというこちらの要望に頷いてはくれたものの、私達を心配して何度も良いのかと確認される。その時の立花さんの言葉は、きっと誰もの耳に残っただろう。自分の損得は関係なく、敬意を持って目指す場所に一直線。立花さんはそういう人だ。
庭さんによって開かれた重厚な扉の向こうにはPartnerの工場では見ない機械ばかりが鎮座していて、様々な音を響かせながら懸命に仕事に励んでいた。工場の中は確かに暑い。30℃近くまで上がると言われている外の熱を浴び、分厚い扉で締め切っているために熱は逃げず風は入らない。その上、機械の稼働熱まで加わって少し息がしづらいくらいだ。こんな中を毎日動き回っているのだと思うと、彼らはもっと評価されるべき立場にあると思う。
庭さんに連れられて来たのが岸谷さんだと、瞬時に判別できなかった。作業服を身に着けると顔付きまで変わる様だ。
「暑い中をわざわざありがとう。
工場内の見学までしてもらえるっていうんで、
皆いつもよりやる気を出しているんだよ。」
そう言う岸谷さんはどこか誇らしげで嬉しそう。工場見学は双方にとって良いものになるだろう。
機械やその作業工程の説明を聞きながら、工場内を案内される。隣で製作志望だったという林田君は目を輝かせながら前のめりに話を聞いている。最年少の小鳥遊さんもここではプロの製作者で、実際に機械を動かしながら説明してくれる姿はとても格好良かった。
会議室に通されて興奮気味の林田君を中心に話をしていると、守屋さんと庭さんがサンプルを持って会議室へ入ってくる。布が掛けられて見えない全貌に期待値が高まる。守屋さんがそっと布を外すと、姿を現したサンプル達に誰もがおっ、と声を漏らした。
ソファは広めの1人掛け。座面は丸く、背凭れと肘掛が柔らかな曲線で体を包み込む様な形。全体は<浄化>を意味するホワイト。外側の見える部分を<落ち着き>のブルーのラインが囲み、体に触れる部分に<幸福>や<希望>のイエローが流れ星の様に走る。
―一日働いた疲れを休めてまた明日を頑張れる様に。
テーブルはソファに合わせた高さのローテーブルで、長方形にすることで人が集まっても使いやすい様にした。末広がりの足でしっかり地面を捉える形。引き出しも付けて様々な用途で活用できる様にしている。明るいブラウンの木材を使っているから、コーラルとホワイトのチェック柄のタイルがよく馴染んでいる。コーラルには<喜び>という意味がある。
―純粋な気持ちで更なる喜びを見出してゆける様に。
キャビネットは落ち着きのある深いブラウン。270°開く観音開きの扉を開けると、中は入れ替え可能の仕切りが付いていてその人に合った使い方ができる様になっている。
扉の内側には浮き彫りで彫られた桜の木。日本を代表する桜は純潔や心の美しさという花言葉を持っているため選ばれた。<女性らしさを高める>ピンクや<変化>を促してくれるグリーンが加えられている。
―内に秘めたものを解き放って、新たな自分になれる様に。そして恋ができる様に。
働く女性達の毎日を、仕事を恋を応援するインテリア。皆が一様に感嘆の思いを口にする。
「私、そのキャビネット欲しいです!
大きいの置く場所ないけど、そのサイズ丁度良いんで。」
夏依ちゃんは買う気満々の様子。
もう一度サンプルに目をやる。本物のようなクオリティーなのに、ミニチュアサイズ。
「まずミニチュアで造るって、面白いですよね。」
そう言うと、
「このサイズをつくる方が難しいんじゃないですか?」
と立花さんが聞く。岸谷さんは、小さく笑みを溢した。
「そうなんだ。
小さい方が難しいし、細かい所に注意が要る。
小さくてもちゃんと使える物ができれば、
実寸は造りやすくなるし、失敗がないんだ。
何より技術を向上させられるしね。」
難しい方を敢えて選んでする。そこには消費者に良いものを使ってほしいという思いが込められていて。技術だけでなくその思いがあるからこそ、彼らのつくる商品は愛されるのだと感じた。
夏依ちゃんは実用面で欲しいと言っていたけれど、私も持つべきかもしれない。
怯んで避けてばかりじゃいけない。恋に対してもっと前向きに考えるべき時が来たのだから。
一歩、踏み出さなくては。
「ところで皆、今日夜は空いてるかな?
前回のお返しに、行きつけの店に招待したいんだが。」
岸谷さんが切り出す。即座に林田君が反応する
「えっ、今日俺運転なのに…。」
とても切なそうな顔でしょげている。お酒は弱いけど飲む雰囲気が好きなんだよね。よく飲まれているけど。
「帰りは運転してやるよ。」
「マジッスか!やりー!!」
立花さんの一言で急浮上。この2人の関係は、やっぱり子犬と飼い主って感じがしちゃうんだよね。
「皆、大丈夫か?」
「明日は休みなので問題ないでーす。」
沙希ちゃんの回答に私も頷いて答える。
「ではすみませんが、宜しくお願いします。」
「あぁ。千果さんの料理には負けるかもしれんが、
楽しみにしておいてくれ。」
「どんなところだろうね?」
「楽しみだね。」
沙希ちゃんの問い掛けに答えながら、私はもう少し先の、帰りの車中に思いを巡らして1人呼吸を整えるのだった。
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