それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

17.幸せなプレゼント、お返しは?

「あの、これ。……良かったら貰ってくれないか?」
控えめに差し出された何かを受け取る。それは確かに見覚えがあった。
「え、これって……!!」
「一番長く見てたから。気に入ったのかなって。」
買うかどうかを悩んでいたコンパクト。あの時よりもずっときらきらして見える。
「こんな素敵なもの、頂いて良いんですか?」
申し訳なさ半分、期待半分で尋ねる。
「当たり前だろ。菅野のために買ったんだから。
 逆に貰ってくれないと、俺が使う訳にいかないし。」
立花さんが使うのを想像してみる。林田君や沙希ちゃんにからかわれてしまうのも、恥ずかしがって赤くなるのも簡単に想像できた。私のために買った、と言われて少し舞い上がる。それなら私も何かを返して喜んでもらいたい。
「ふふ、そうですね。本当にありがとうございます。
 何かお返ししたいんですが、好きなものはありますか?」
「いいよ、お返しなんて。
 勝手にプレゼントしただけなんだから。」
「でも……。」
こんな素敵なものをプレゼントしてもらったのに、何もしないなんて。
「お返しなんてしてもらったら、
 次を期待しそうになるから。」
そう告げる瞳は熱を帯びていて、目の前にいるのが男性である事を思い出させた。その熱を隠す様に笑顔に変わる。
「さ、そろそろ戻らないと。」
「そ、そうですね。私はお手洗いに行ってから戻ります。
 お先に失礼します。」
心臓がバクバクと鳴りだし、逃げる様にトイレに駆け込んだ。
鏡に映る自分の顔は今にも湯気を出しそうな程に真っ赤になっていた。残っていた涙の跡を拭う。直す程のお化粧はしていないしこのままで大丈夫そうだ。

立花さんが男性なのは勿論分かっている。けれど上司としてしか今まで見ていなかった。好きだと言われて、嫉妬したと言われた。上司と部下ではあっても、男性と女性で。そこに恋愛感情が加われば、あの瞳の意味だって自ずと弾き出される。
半端な気持ちで期待させたりはしたくない。でも一心に伝えられるその想いに応えたい気持ちも、ある。手の中にあるコンパクト。この気持ちをどうにかして返したい。どうすれば良いだろう。

「はるちゃん、夜暇?」
終業時間になって沙希ちゃんに小声で声を掛けられる。聞かれたくないのかな?小さく頷く。
「一緒にみのり、行かない?」
みのり、つまり千果さんのところ。好都合だ。この前のお礼をちゃんとしたいし、できる事なら立花さんをよく知っている人に相談したい。
「行く。」
「よし、決まりね。早速行こ。」
心の中で気合を入れて、みのりへと向かうのだった。


「先日はお世話になりました。ご連絡先も教えて頂いたのに
 ご連絡もせず申し訳ないです。」
「もうそんな堅苦しいのはなしにしてよ。ほら、座る。」
千果さんはプライベート用の口調で私を止める。今日はどうせお客さんの少ない曜日だから、と私達の貸切になっていて、服装も着物ではなく普段着だ。
用意されていた料理の数々が並んだ座敷のテーブルを3人で囲む。お酒を酌み交わしながら女子会の始まりだ。
「コウが教えなかったのかと思ったけど、違うならいいわ。
 それであの日、大丈夫だった?」
「何がですか?」
「その感じなら大丈夫そうね。送り狼にならない様にって
 忠告しておいたの、電話で。」
思わぬ言葉にお酒を吹き出しそうになる。
「な、な、」
「立花さんに限ってそれはないでしょー。」
「分かってるわよ。からかいたかっただけ。
 人が慌てる姿って何だか可愛くない?」
「もう、あんまりしちゃだめですよー。」
二の句を継げなくなっている私を無視して、2人は和やかだ。これは躱せる様にならないといけないな。
「千果さん、今日ね、ヤバかったんですよ?」
「あら、何かあったの?」
「立花さんがね、はるちゃんの事避けてたんです。」
「ちょっと、沙希ちゃん!?」
なんて事を急に。
「ごめんね。はるちゃんが泣きそうになってたから、
 立花さんに全部聞いちゃった。避けてた理由も。
 父親と慕ってる人がはるちゃんと仲良くしてるの見て
 嫉妬しちゃって、はるちゃんとの差を感じたって。
 私が聞かなかったら長引きそうだったから、こってり
 絞っておいたからね!」
胸を張って自慢げに言う。私のために動いてくれたんだ。それで立花さんは話してくれた。素直にお礼を言ったらいいのに、少しだけつまらない気持ちになった。

「父親?あぁ、聡さんの事か。」
「千果さん、お知り合いです?」
「えぇ、あの喫茶店は私がコウに紹介したの。
 仕事始めたばっかで頑張りすぎて壊れそうだったから。」
そうか、千果さんの紹介のお店だったんだ。
「どう?妬ける?」
千果さんが楽しそうな顔で私の顔を覗き込む。
「どうして私が妬くんですか!?」
「あら、違った?ちょっと不満そうだったから。」
何か顔に出てた?隠す様に顔に触れると、千果さんに優しい顔で見つめられる。
「コウは貴女に本気よ。貴女は、コウをどう思ってる?」
その問いはからかうものではなかったけれど、どういう思いからのものかは分からなかった。


「まだ、分かりません。今までは尊敬する上司でした。
 それは勿論、今も変わりません。
 でも立花さんが望んでいるのはそういう事じゃない。
 それもちゃんと分かっているつもりです。」
好きだと言われて、少しずつ知らなかった面を知っていって、その度に素敵な人だと再認識して。
「本気で想ってくれていると分かっているからこそ、
 中途半端な気持ちで答えを出したくはありません。
 答えを出すためにも、誠心誠意向き合いたいです。」
真っ直ぐな気持ちに私も真っ直ぐに答えを出したい。

「そう。そういう言葉が聞けて良かったわ。」
千果さんは微笑んで、少なくなったコップに酌をしてくれる。沙希ちゃんが前のめりになって言う。
「ねね、立花さんと話して戻ってきた時さ。
 ちょっと赤くなってたけど何言われたの?」
落ち着いてから戻ったつもりだったのに気付かれていたらしい。言うの、恥ずかしいな。でも沙希ちゃんのおかげで立花さんと元通りになった訳だし。バッグからコンパクトを取り出す。
「これを貰ってね。」
「可愛いー!!ミッチェルのだよね!」
「うん。ショップに行った時に買ってくれたみたいで。
 それでね、お礼をしたいって言ったら、その。
 次を期待するから、って断られて……。」
思い出して顔が熱い。お酒の所為だと誤魔化せるだろうか。
「赤くなってる。可愛いー!」
「そう言われてちょっと男感じた訳ね。」
直接的な言葉に息が詰まる。空気を変えようと話題を相談に切り替える。
「あ、あの!えっと、何て言うか。
 こういう場合どうお返ししたら良いでしょう?」
2人はきょとんとして、それから腕を組んでうーんと唸る。
「期待するからって言われたら何ともしにくいわね。」
「そうですねー。」
「まぁでも、また一緒に出掛ければ?」
「物じゃなくて、ですか?」
どういう物を返そうか、で悩んでいたんだけど。出掛ける?一緒に何か買いに行けばいいの?
「好きな人から休みの日に出掛けようって誘われたら、
 それで十分お返しになるんじゃない?」
「でもそれ、結局期待させちゃうんじゃないですか?」
沙希ちゃんが言うと、千果さんは不敵な笑みを湛えて言う。
「どう転んでも面白くない?」
「千果さん……。」
真面目に考えてくれていると思ったのに。面白がってるだなんて。
「冗談よ。でもコウの事だから、素直に喜ぶと思うわよ?
 自分のために時間を取ってくれるっていうだけで。」
本当にそれで喜んでくれるなら、誘ってみようかな。それだけで幸せな気持ちにしてくれたお礼になるのなら。コンパクトに目を移す。やっぱりあの日より輝いて見えた。

 

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