それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

11.打破する方法

それからの5日間、私の頭は様々な事でこれまでになく多忙を極めていた。
仕事自体はジュエリーの企画のみに絞られていたけれど、その企画だって私にとってはフリーズするくらいの代物で、会社でも家でも考えようと意気込んでは何も出せずに白い紙をただ見つめるだけで時間は過ぎていった。
それから勿論、立花さんの事。ふと沙希ちゃんの言葉を思い出しては、立花さんの告白が過ぎって、顔が熱くなって。それを隠そうと無駄にコーヒーを淹れに行ったり、見る必要のない資料を必死に読んだり。
多分他の人には気付かれていないと思うけれど、沙希ちゃんには誤魔化せない。様子のおかしいだろう私を見て、何だかやけに優しい顔をして頷くんだ。何も言って来ないところが助かる様で、逆に何を思っているか分からなくて無性にどぎまぎしてしまった。
そんな事だから当然、元から捗っていなかった仕事の方もますますやりづらくなってしまった。
これじゃいけない。何とかしなきゃ。これはもう、第三者の知恵を借りよう。


という事で、仕事が定時で終わり真っ直ぐ家に帰ってから電話を掛ける。
数回のコール音の後、聞き慣れた、けれど久々に聞く声が耳に届いた。
「はい、菅野です。」
「お母さん、私。湖陽。」
お母さんは私の声を聞くと、あらどうしたの、といつもと変わらない調子で言った。この間のメールで中途半端に終わってしまったから少し心配した。自分がそういう風にしてしまったのだけれど。
「ちょっと色々と行き詰まってて。……実はね、」
恥を忍んで正直に話す。会社の人から告白された事。今回の仕事が愛をテーマにしている事。そして今の状況に立ち往生している事を。幾らかやんわりとした表現で。

「そうなの。なかなか大変そうね。」
「うん。この状況を打破する方法、何かない?」
そうね、と言ったまま沈黙。お母さんはマイペースな人だから、こういう時は黙って待っておく。
「貴女が今打破したいのは仕事の方?それとも告白の方?」
「え?」
「だから仕事をちゃんとやりたいだけなのか、
 相手に自分の事を諦めて欲しいのか。」
どう、なんだろう。仕事は勿論ちゃんとやりたい。私的な事でできません、なんてしたくない。でも私は立花さんに諦めてほしい?確かに告白された日にお断りをしたし、諦めないという言葉がいつまでも続くことはないだろうとも思っている。でも人の気持ちまで何とかしようなんて、流石に。
「仕事はきっちりしっかり、ちゃんと参加したい。
 でも今すぐ諦めてほしいとは思ってない。
 この場合はどうするべき?」
「そう言うと思ったわ。やっぱりお父さんの子ね。
 それなら、そうね。まず仕事の方は、恋愛がだめなら
 家族や周りの人の事を考えなさい。」
家族や周りの人?
「愛は何も恋愛感情からだけのものじゃないでしょう?」
「家族愛とか、そういう事?」
「簡単に言えばそうね。でもそれだけじゃないわ。
 相手が誰でも、その人を大切に思う気持ち。
 その人がそこにいてくれて嬉しいと思う気持ち、
 その人の為に何かをしたいと動かされる気持ち、
 そういうものが愛だと、私は思うの。
 だからとりあえす、友達の事を思い浮かべてみて、
 その人にこれからも一緒にいたい気持ちを表すなら、
 って考えてみたら?」
愛という言葉に固執せず、大切に思う気持ちで考える。素直に納得できる言葉だった。

「うん、やってみる。」
「じゃ、次ね。今のところ、相手の男性から告白されて、
 どうしようって思っているだけなのよね?」
それを聞いて少しムッとする。図星なのがまた。
「一応お断りはしたよ。」
「でもそれは、嫌いだからじゃないでしょ。
 好きかどうかも分からないからじゃない?」
母親だからといって言い当てられるのは何か悔しい。答えない私にお母さんは続ける。
「好きかどうか分からないなら、確かめなさい。」
確かめる?と聞き返してしまう。何を、どうやって?
「相手がどんな人なのか、知る努力をしなさい。
 一緒に働いていても知らない事は沢山あるはずよ。
 だから、知りなさい。そして、考えなさい。
 好きになれる人なのか、どこか不快感を感じないか。」
「不快感なんて、」
感じない、と主張しようとして遮られる。
「分からないわよ?まだ良い格好しようとしているだけ
 というのも十分に考えられるもの。
 世の中には自分を隠すのが上手い人がいるんだから。」
そんな人じゃないと思うけどな。
「自分の目で、耳で、心で感じ取って。その人の本質を。
 それはきっと、これからの貴女を成長させてくれる。」
仕事においても人としてもね、と付け足す。こんな風にお母さんが自分の考えをはっきりと伝えてくれたのは初めてかもしれない。意思の強いお父さんに比べて、お母さんは笑顔でその隣に寄り添っているイメージだったから。でもそこまで到達するのに、お母さんはどれほどの苦労を強いられてきたのだろう。計り知れないんだろうな、と母の偉大さを感じた。

「情や人の言葉に流されないようにね。
 貴女は、貴女の信じる道を進みなさい。」
力強く私を後押ししてくれる。そうだった。お母さんはいつだって私を応援してくれていた。
「ありがとう。頑張るね。」
声が震えない様に力を入れたけど、バレてしまっただろうな。
「湖陽。」
「何?」
「愛してるわ。」
「……ありがとう。」
言葉にしてくれて、ありがとう。
私も、という声は嗚咽に掻き消されて、上手く伝えられなかった。

 

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