それはきっと、蜃気楼。

些稚絃羽

7.仕事は逃げ?

「それは先日もお伝えした通り……。」
「てんちゃん、販売課にこれ確認してくれた?」
「うわ、まだです!ダッシュで行ってきます!!」
「すみませーん。情報課の加山です。」
「どうぞ。」
「菅野ちゃん、この資料バックアップあったっけ?」
「どれ?あ、私のパソコンに入ってるよ。出す?」
「ごめんけど、お願い。」

毎日忙しく企画会議やその他の作業に追われ、余計な事を考える暇もなかった。それはとても都合が良くて、私は熱心に仕事に逃げ込んだ。立花さんは何を思っているだろう。そんな事を考えない訳ではなかったけれど、恐らく立花さんにも考える暇はない筈で、そのままなかった事になれば、とまた卑怯な事を考えた。


そんな中、梶野インテリアとの2回目のミーティングが行なわれた。会議室に通された梶野インテリアの5人は受付で見せた苦笑いを未だに貼り付けていた。他の会社に入る事なんかないから、と声を上擦らせる岸谷さん。率いる人がそれだから若い4人も固まって、既に疲れているように見えた。
「コーヒー、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
少しでも緊張が和らげば、と思うけれどコーヒーを出すくらいしか私にはできなかった。
改めて、私と立花さん以外の9人の自己紹介が交わされる。
「あらあら、皆固いっスよー。
 俺みたいにもっと柔らかーくならなきゃ。」
「ちょっと柔らかすぎだ。」
「竜胆さん、ひどいっス……。当たり厳しすぎ。」
「てっちゃんは放っておいて始めましょ。」
「おい、沙希まで!!」
「じゃ、始めてくれ。」
「立花さーん……。」
林田君の冗談に皆がノって、テンポの良い掛け合いに笑いが起こる。やっぱり林田君はムードメーカー。大体は彼の一言が場を和ませる緩和剤になる。…たまに可哀想になる時もあるけどね。少しリラックスした表情が見えてほっと胸を撫で下ろした。

「―――テーマは、“恋を呼び込む、大人フェミニン”。
 2、30代の働く女性という大人っぱさを出しつつ、
 恋に前向きになれる様な女性らしさを加えたものを、
 と考えました。家は疲れた体を休め、新たに
 エネルギーをチャージして出て行く場です。
 仕事も頑張って、恋もしたい。
 そんな女性達の頑張る姿を応援するインテリアを
 コンセプトにしました。」
沙希ちゃんの快活な声が響く。スクリーンに浮かぶ3D映像は私達の思考の結晶。でもまだ足りない。
「このテーブルはどれくらいのサイズになるんですか?」
小鳥遊さんの質問が飛ぶ。林田君が答えると今度は重郷さんが。繰り返される質疑応答。真剣なその目に、いつかの困ったような色はない。仕事に対する熱意が伝わってくる様だ。
「……それは気付かなかったな。
 竜胆、その方向で映像出してみてくれ。」
「はい。」
「あと、ソファに関してなんですが……」
立花さんの声に竜胆さんが直ぐ様パソコンをタイプすると、スクリーンの映像が変化する。うん、この方がバランスも良いし形との相性も良い。庭さんのアイディアが光る。
横目で見ると立花さんは嬉しそうに目を細めている。その柔和な表情に少し嬉しくなる。私達はチーム。あの日の言葉を思い出す。きっとあの言葉に動かされたんだ。この人達となら、仕事に真っ直ぐに向かうこの人達となら良い仕事になりそう。そう思えた。

「これで決定という事で宜しいでしょうか?」
頃合を見計らって立花さんが問う。テーブルの向こうでは輝く様な笑顔が頷く。
「本当に良いコラボ商品が出来そうですね。」
重ねられた言葉に岸本さんは、恥ずかしそうに頭を掻いた。そして無言で笑みを返した。
「本来ならもう1、2週間頂いて最終決定案を出すのですが、
 十分な話し合いでここまで煮詰まりましたから、
 このまま梶野インテリアさんにバトンをお渡ししようと
 思います。宜しいでしょうか。」
「はい。私達も早く作りたくてうずうずしてますよ。」
岸本さんが答えながら、思いを確認する様に他の4人をちらりと確認すると、一様に嬉しそうに頷いている。心から楽しみで仕方ないと、表情が物語っていた。そして岸本さんを本当に尊敬している事を窺わせた。
「この映像以上の物をお作りします。
 自社の方の仕事もありますから、完成までに3ヶ月程
 かかると思います。
 うちでは縮小版のサンプルを作って完成版を作るので、
 まずサンプルを皆さんに確認して頂きたいと思います。
 その時はこちらにまた伺います。大体1ヶ月後ですかね。
 庭か重郷から連絡させますので。」
ハリのある声が響く。初めとはまるで別人の様な揺るぎない目がそこにはあって、はっとする。私は本当に真っ直ぐに向き合ってた?そんな事も考えないといけないなんて。ちゃんとしなきゃ。私はLTPの一員なんだから。握った拳に力を入れた。

「よし!今日は皆で飲み行きましょう!!」
林田君が弾かれた様に立ち上がって言う。それを見て竜胆さんが冷ややかに返す。
「自分が飲みたいだけだろう。
 あとは重郷さんと小鳥遊さん目当てか。」
「ち、違うっスよー。
 そんな事言ったら警戒しちゃうでしょ。」
おろおろしながら否定しているからあまり説得力がない。小鳥遊さんと重郷さんにも笑われているし。林田君ったら、ちゃんと否定しておかなきゃ。結構一途なのに。
「林田の事は放っておいても、良かったら
 皆さんどうですか?」
立花さんに勧められると、皆乗り気の様。守屋さんと庭さんも静かながら期待を込めた目で、岸谷さんを見ている。
「ではお願いします。」
「やったー!!」
苦笑気味の岸谷さんの答えに、沙希ちゃんと林田君が手を上げて喜ぶ。それを見た皆も嬉しそう。一体どんな飲み会になるのかな。

 

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