-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

最終回

「ごめんね」

そう言って、カムリルは“同調”を始めた。
繋ぎ合う両手も、体も、俺の自由は無くなっていた。

「……なに、を?」
「えへへ。まず心臓を交換しちゃった」
「なっ!?」

“同調”は共有と授受を可能にする。
授受、つまりは交換ーー。

心臓の交換。
それはつまり、病菌はカムリルに発生し始めるということ。
抗体を飲んだ体なら耐えられるのかもしれない。
でも、まずーー?
それはつまりーー。

「……ごめんね、本当に」
「カムリル、なにを……」
「……真和の中の悪細胞を私の細胞と交換してるの。大丈夫、ちゃんと80歳まで生きられるから」
「なっーー!」

笑顔で言うカムリル。
俺は驚愕した。
細胞まで交換したら、カムリルはーー。

「やめろ!手を離してくれ!お前に死んで欲しくないんだよっ!!」
「ありがとう……私、その言葉だけで、生きてて良かったって思える……」
「離してくれ!頼む!頼むから……!」
「……ありがとうっ……」

俺の懇願を無視し、カムリルは泣きながらありがとうと漏らす。
口元まで伝う涙に顔を歪ませながらなおも笑みを浮かべた。
感情の共有も行なっているのか、カムリルの暖かい感情が心になだれ込んでくる。

「……真和、大好きだよ。ちゃんと生きててね?」
「お前も、生きてて欲しいんだよ……!やめてくれ!俺だって、お前のことが好きなんだ!」
「……。……ありがとう……」

ーーブシッ。

カムリルの振袖が、赤く染まった。
白い着物がえぐい音と共に、次々と赤に染め上げられて行く。
逆に俺の体は白さを取り戻して行き、元の体へと戻っていく。

「……どうして……お前、まだやりたい事たくさんあるだろ!?オシャレしたり、甘いもん食べたり!俺はお前に救われて、もういいから!自分のために生きてくれよ……」
「ごめんね、真和……」

泣き叫んで、どんな言葉で引きとめようとしても、カムリルは手を離さなかった。
ただ泣きながら謝るだけで、その一点張りだった。

「私ね、自分のために生きてるよ」
「そんな、自分を犠牲にしなくたってーー!」
「真和のためにこの命を使いたい。貴方を助けたいの。だから、ごめんねっ……」

泣きながらも最高の笑みを浮かべた。
違う、そんなの、そんなのはーー。

「……“同調”終わり。でも、暴れて欲しくないからもうちょっとこのままで居て?」
「そんな……嫌だ……」

“同調”が終わった。
情けなかった。
何もできないで、このまま終わってしまうなんて。
止まらぬ涙を抑えることもできず、もはや話すしかないこの手を、ただ離したくない。
それだけしか、もう俺にはできなかった。

「……真和」
「……なん、だよぉ……」
「……愛してるっ」

刹那、彼女の口が、俺の唇を塞いだ。
涙が混じり合ってしょっぱいキス。
カムリルはときどき唇を離して、嗚咽を漏らしながら、何度も何度もキスをした。

ーープシャッ。

「痛いーー」
「カムリルッ!!?」
「……あはは」

カムリルの右頭部から血が吹き出した。
どう見たってもう限界のその体、それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。

「……お別れだねっ」
「そんな……」
「だって、死ぬ間際の醜い姿も見せたくないし、私の血でここを染めたくないの……ごめんねっ」

カムリルの体が、ゆっくりと離れていく。
血で汚れた羽を羽ばたかせて、飛んでいるのだ。
俺が追いかけられないようにーー。

「行かないでくれ!手を離すな!」
「……さようならっ」

涙を一粒落として、カムリルは手を離した。
突如彼女は部屋を越えて飛び上がって行く。
最後に手を掴もうと伸ばした俺の手は、彼女の手には届かなかったーー。































その日のうちに、カムリルの死体を見つけた。
ライムの墓の近くの木で、眠るようにもたれかかって死んでいた。
何時間か、死体を抱きしめていた。
そして泣いていた。
赤い体を、精一杯抱きしめてーー。






ライムの墓の隣に、無名の墓を立てて和子に怒られた。
でもそのうち、俺の身に起きた出来事を話そうと思う。
本当の墓の名前もーー。

それから、俺は少し考えた。
夢ができたんだ。
大丈夫、アイツの細胞を持ってるんだから、頭脳で俺に勝てる奴は殆ど居ないだろう。
きっと叶えられるーー。











十数年が経った。
明葉と和子が結婚したらしい。
俺にもいい加減良い人を見つけたら?などと言ってくる辺り、中々余裕そうだ。
2人に子供ができるころには、俺は1つくらい発明が終わっているだろう。











ーーまぁ一般的に、君のような英雄まがいな人には天使か妖精をやってもらうんだ。





…………。
現代で偉人になる。
それは、世界に希望をもたらす発明をすること。
違うだろうか、カムリルーー?



続く

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