-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/24/希望を与えた者

結局というもの、薬の材料となる物がやすやすと手に入るわけもなくて、村は地獄と化していた。
村での病気の再発を確認してから2日が経って、私は漸く発症した。
愛しい彼はもう死んだというのに。

「……これ、使えないなぁ」

明かりも点けてない、薄暗いサラムの部屋。
私は片手で彼の遺体を抱いて、もう一方の赤く染まった手で、最期にサラムに渡された薬を持っていた。
最期まで生きていて欲しいと、彼は最後の1本を盗んできたのだ。
死ぬ寸前まで、私の事を想ってくれていた。
それはたった5日間の愛だったけど、私にとってはかけがえのない物。
これは彼の残した最期の愛なのだ。
でも、カムリルが戻ってきてくれる日なんてわからない。
それなら私よりも、長生きしてくれる人に使わせてあげたい。
例え、この村で1人生き残ってしまう人でも……。

「……サラム」

それでもなかなか手放せないのは、彼の遺品だから。
もう亡くなってから2日が経ってるのに、私の傷口は癒えてくれないらしい。
自分でもわかってる。
そろそろ生き残りを探しに行かないと、ほんとに全滅するって。

「……また、戻ってくるからね」

私は彼をそっと寝かせて外に出る。
外に来ると、悲鳴や泣き声ばかりが木霊していてとても正気を保ってられない。
私がこの中を普通に歩けるのは、彼を失くして狂ってるからなんだろう。
あぁ、この地獄の中に薬を与うべき人は居るだろうか。
薬を与えたなら、私は彼の亡骸にしがみ付いて彼と眠ろう。
この1つの想いを胸に、私は歩いたーー。










村人に生存者はなく、最後に残ったのはフィナの手記だけ。
手記の内容は、悲しいものだった。

[この紙をカムリルが見ると信じて記します。まず、私が死ぬまでに調べた病気の性質を箇条書きでーーね。

・薬を飲んでからの潜伏期間は凡そ3〜4日。
・発症から死ぬまでには個体差がある。
・確証は無いけど、感染要因は感染者と触れ合う事。そして感染者に好ーー持っているーー。

こんな事しかわからなかった、ごめんね。最後まで役立たずだったかも。でもね、薬は効くーーーーたでしょ?3日でも効く。だからもっーーーーーーと駄目だよ?私達は材料のーーーどうしても厳しくて全滅しちゃうけど、カムリルは生きててね。薬を作ってるのはーーーーーーーんだから。あーーーーーーーないように。私は助手でも無いから助言は的外れかな?なんーーーたり。では、愛ーーーと死にーー。私ーー友でいてくれてありーーー。
                                         フィナ」

至る所に血がついていて読めないが、私の頭なら言いたい事は全部わかった。
だからだろうか、私の腕は赤く腫れ上がり始めた。

「……感染条件、それは特定個人に執拗な好意を持つこと……」

私とフィナは友達だった。
きっとそれだけじゃ足りなくて私は死ねなかったのだろう。
私はそこまで人のことを想ったことがない。
フィナも旅の仲間、仲が悪いわけじゃない図書館仲間。
その程度だった。

「……フィナぁ……私、は……」

一緒の旅に出てみて、仲良くなってたんだ。
亡くしてこんなに悲しい思いをするほどに……。
死んでから気付くなんて遅過ぎた。
大切な友達だって、もっと早く気付けていたなら、私にも再発して村に戻ったのにーー。

涙と共に足が腫れ上がる。
赤く滲んだ手記に落ちる涙はなんて寂しいんだろう。
もう彼女と会えない悲しみが、その分愛が募って体を蝕んで行く。
駄目、こんなことではーー。
死ぬなと言われたーー。
最後、“親友”と書かれただろう言葉を裏切ることはできないーー。

「うぐっ、痛っ……」

やがて腕の血管が切れて血が吹き出る。
それが嫌で、近くに置いたビーカーいっぱいの薬を飲み干す。
これだけあればもう少し救えただろうにと思いながらーー。
ーーいや、私がそんなんでどうする?

「ーー後ろ向きじゃ駄目。問題があるなら対策を練る!よし、まずは報告!」

無理やり自分を励まし、手記を持って村を出る。
治った手足で馬車まで歩き、まずは王都を目指した。
配給を定期的にしなくてはならない事と感染原因などを報告しなくてはならないから。
私はもう、自分の勝手で人を死なせる訳にはいかないーー。










私は、国を追放された。
なんで?
そんなの、悪い報告をしたからに決まっている。
薬の量産、配給、酷い感染原因などと悪い知らせばかり聞いて、しかも怒る矛先が病気と来た。
でも人は人に怒りたいもの、なら悪い知らせを話す私に狙いが定まるのは当然だ。
それは、別にいい。
馬車とかは予め匿っておいたから実験などは続けられるし、死刑でなかっただけマシ。
私はそれでも国内のこの病気と戦うため、滅びた東の郊外でひっそりと実験を続けた。





正確な年数は数えてないが、あれから1年が経ったらしい。
死傷者は例の病気ーー私は勝手にドロップ病と呼んでるがーー感染性心的全身炎症症という国の発表した病気によりうなぎのぼりだ。
人が人を好きになる、大切な人になる、そんな当たり前な事はどこにでもあり触れてる。
薬を服用すれば助かるといっても、材料はタダじゃないし、魔法で増やせても労力がいるだろう。
つまり、薬は乱高価したのだ。
そんなことは私には関係ないけれど、とにかく私は寝る間も惜しんで実験を続けている。
明確な成果としては、病原菌の大玉は心臓に常駐しててそこから菌を全身に送ってるとわかった程度。
大玉は魔法も関係しているようで、私1人の研究だと相当時間がかかりそうだ。
まだ調べなきゃいけないことは多い。





材料は度々なくなる。
そういう時は適当な人に体を売れば魔法で増やしてもらえた。
とても嫌だけど、手段を選んでる暇はない。
それに、私にこの先結ばれる人なんていないだろうからと、そう思い込めば耐えることができた。





2年目、そういえば私は特定個人を想ってなかったから薬を飲むのをやめた。
これも貴重な実験材料になる。
肌にシミができ始めたけど、その程度の進行速度なら気にはならない。
あの子の手記通り、症状が出るのは個体差があるようだ。
体の調子はそんなに悪くない。
よし、今日も今日で資料と実験器具と睨めっこだ。





被験体、試験体、死亡後、病中の状態。
なんにしても“同調”は必要である。
隣の村や町のコソドロに体を貸せばお金も“同調”もできる。
死体との“同調”には困らない。
どうせその辺に落ちてるもの。
死体を埋める墓場もいっぱいだというのだから、とんだ笑い話だ。
いいよ、大丈夫。
私がなんとか、してみせる……。
あぁ、もう何万回“同調”したのか……。





問題が出て来た。
材料は、ある。
が、食料はない。
参った、体力がなければ実験もできない。
……そろそろ馬を食べるか。
移動手段は残しておきたいが、もう必要あるものでもないだろうし、誰かが村に来たらかっぱらえばいい。
最後に使うのは、薬を王都に届ける時だけだしね。
また、未だに国でも特効薬は完成されていない。
私がやらないと……やらないと……。





腕が真っ赤だったのに気付いたのは記念すべき実験3年目。
3年、もうそんなに経ったかと思う。
毎日実験しかしてなかったから時間は早く感じた。
あはは、フィナと同い年だ……。
なんて。
それよりも、研究に集中をしなくちゃならない。
手が赤くても血が出ない件、これはおそらく体が順応しているのだろう。
親玉が病原菌を身体中に量産するこの病気、あともう少しでなんとかなりそうな気がするのに体が持つかわからない。
いや、持たせるしかない。
今日だけは薬を射とうーー。





まだ、足は動く。
今日は村に出た。
皆死んだような顔をして町をフラフラ歩いている。
人を愛せないんだから、そんな顔もしたくはなるよね。
皆所々体が赤いのは、今の抗体が効かなくなってきたからだろう。
誰も特効薬の策案は立ててないらしい。
急げ、急げ……。





それから、半年。
隣の村に材料を増やしてもらいに行った時に、新しい薬品を見つけた。
最近になって図書館の人が発明した魔法薬品だとか。
その薬品を調合して、初めて親玉を倒すことに成功した。
なんてことはないじゃないかと思われるかもしれない、けど魔法を使えない私にはこの薬品は作れなかっただろうし、結局は待つしかなかったんだ。

「……終わったぁ」

全身真っ赤の私も、これで漸く報われるというもの。
後は、誰か学者にこの薬品を賄賂して渡せば信頼ありの薬品として国に使われることだろう。
私は、名誉とかそういうのはいらない。
薬が作れて、少しでも国が希望を持てるなら、それでいい。
さぁ、最後の仕事を……。
……仕事を……。
…………。











チュンチュンとスズメの鳴く声が聴こえる。
パチリと開いたはずの瞳は完全に開かず、焦点も定まらなかった。
……なに?生きてるの?

「う、動いたぞ!医療魔法士を呼べ!早く!」
「はいっ!」
「……うっさいわねぇ……何事よ?」
「カムリル殿!お目覚めになられて歓喜の極みであります!!」
「……あーそっ」

これは、今頃になって私が祭り上げられてるの?
いや、そんなことわどうでもいい。

「ねぇ、薬は……?」
「順を追って説明申し上げます。村の辺境で倒れているカムリル殿を商人が発見し、手元にあった薬を解析したら単なる抑制剤ではなく完全な抗体と見たてました。商人が国にこれを献上し、早急に量産、国中に頒布いたしました。貴女様のおかげで、暗鬱とした世界は救われたのでございます」
「……そっか…………」

この国は漸く救われたらしい。
ハハッ、これは重労働した甲斐があるってものよ。

「……幾つか、問いたいわ。私、世俗と全く関わってなかったから……」
「なんなりと」
「ん……じゃあまず、この病気の進行はどこまで及んでるの?」
「はい、どうやら世界中に蔓延しているようです。発生源は、未だに特定できておりません」
「……そっか」

発生源はわからない、じゃあ自然発生なのかな?
こんな酷いもん起こしやがって、ちくしょう。

「……死亡者数は……訊いても意味ないか。そうそう、3年前に東の郊外に村がたくさんあったでしょ?もう取り壊しとかしちゃった?」
「いえ……確か、まだ死体の処理しか行ってなかったかと……」
「そう……」

死体の処理はされちゃったか。当然よね、3年もあれば……。

「次、私が目覚めることはないと思うわ。体も動かないし」
「なっ……!」
「その時、私を“フィナ”……いや、その村人たちと一緒に埋めるか火葬してくれる?」
「……承りました」
「ん、ありがとっ」

目も見えない、体は一切動かない。
後はもう、死を待つだけね……。

「……最後に、何かなされたいことはございますか?」
「……んや、なんにもないや」
「……これで、最期ですよ?」
「いいの。だーってーー」

私は、世界の悩みを解決させたーー。
世界に希望を与えられて、これ以上望むものなんてないわーー。





やがて、1人の少女が死に失せた。
その少女カムリルは、やがて“救済の女神”と讃えられたーー。
これは、希望に満ちた少女の伝承である。
いつまでも世界を想った少女の、悲しい伝承ーー。



続く

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