-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/22/感染性

流石に村で夜を明かす事はできず、深夜になる前には村から離れた所で抗菌剤を開発していた。

「完成ー!!」
「流石カムリルね」

抗菌剤は夜が明ける前に完成する。
まさかたった1日で完成するとは思わなかったが、まぁたかが骨髄炎だったしこんなものだ。
それに、早いにこしたことはない。

「後はこれを量産できれば良いんだけどね。フィナの魔法でできない?」
「……分量を増やす事ならできる、かな?」
「いや、そこは自信持ってやりなさいよ」

今あるのは試験管に少し入ってる分だけ。
これをバケツ3杯分くらいになら魔法使ってできるでしょう。

「うん、じゃあやるね……」
「おっねがーいっ。私はもう寝るから後はやっといて……」
「お疲れ様……ゆっくり休んでね」
「ん~」

ずっと化学式や実験器具とにらめっこしていて私の体力は限界にきていた。
快眠して、元気を取り戻したいところ。
私は荷台の最奥で横になり、冷えた床にピットリとくっ付いて眠りについた。










目が覚めたのは、太陽が空の真上にいる頃。
つまりは正午だった。

「おほほほほほほっ!」
「ひ、ヒヒーンッ!?」

フィナはまだ寝ていたが、暇な間に私は馬に餌を与えていた。
バシバシと投げ付けてやると怒ってきたが、毛がもさもさになる化学薬品を投げつけると自分の毛深さに馬が絶望する。
かなりノリの良い馬だ、流石は国所有の馬ね。

「……ヒーン」
「泣いちゃった?まぁまぁ、後で切ってあげるから許しなさい」
「ヒヒーンッ!」
「うわっ!危なっ!?アンタの蹴り、骨折れるんだからやめなさいよっ!?」

迂闊に近付いたら蹴られかけた。
間一髪で避けたけど、危うくあばらを砕かれるところだった。
フッ、これは調教が必要のようね。

「くらいなさい!必殺!色々かわーる!」
「!?」

虹色の薬品が入った瓶を馬に投げつける。
体に当たる前に馬の足に蹴り砕かれるが、中の薬品が煙となって馬を覆い尽くした。

「ヒ!?」
「お前の色は何の色♪さぁ、姿を表すのじゃ!」

ダダッと馬が煙から逃げ出る。
しかし、もう馬の色は茶色ではなかった。
黄色。
全身真っ黄色の馬だ。
うん、末期色だ。

「ヒィィイイイイン!!?」
「ふははははは!!さらばじゃ!」

お馬さん、そろそろガチギレする。
そろそろご機嫌とってやらないとまずいかな?

「仕方ない、では私の開発した最強芝生を食べさせてあげよう」
「!?」
「ごりゃー!!」

芝生の束を取り出し、思いっきり遠くに投げる。
馬はそっちの方に走って行き、やがて見えなくなった。
時期に帰ってくるだろう。

「……カムリル、何してるの?」
「うわっ!?フィナ、いきなり出たこないでよ」
「え?ご、ごめん?」

後ろから突如フィナが現れる。
フィナさん、いつからそんなに空気感増量したし。

「あのさ、増やしといたんだけど、見てくれた?」

増やしといたというのは勿論溶液のことだろう。
試験管1本分が小瓶1つ分になってた。

「ん、見た見た。案外難しい?」
「溶液が複雑だからそんなにできないよ……知識があるのに瓶埋めるのに精一杯」
「私なんて増やせもしないから気にしないのっ」

小瓶1つ埋めるのが限界でもそれはそれで仕方のないこと。
増えただけマシである。

「ともかく、私達はさっさと適量飲むべきね。10mlも注射ったら感染しても問題ないよ」
「うん……昨日からちょっと怖いから、早く飲もう?」
「おっけー!」

私達は荷台に戻り、ポリタンクの中からおよそ10mlずつ薬を注射器にに取り出し、体内に注入する。
……うん、特に副作用もない、害もない。

「……これで私達は大丈夫。次は、近隣の村を見ましょう。感染してるかしてないか、それによって死亡者数は格段に増えちゃうから」
「……そうだね」

さて、ふざけるのもこれでおしまい。
馬が戻ってくると、すぐに私達は次の村に向かった。










四方の村を、見て回った。
ほとんど全滅していた。
最後に立ち寄った村には3人生き残りがいたけど、その人たちも死んでしまった。
1人は私を見るなりしがみついてきて、すぐに死んだ。
ある人は死体の1つを抱きしめたまま私達を無視してそのまま死亡。
最後の人は薬を使ったけど、もう全身が腫れ上がってて間に合うわけがなかった。

「……カムリル」
「…………」

予想以上に、感染力が強い。
もしかしたら、最初の村に行った日に私達は感染していたかもしれない。
薬が効いて、発病は妨げられているだけ。
…………。

「ーー次の村に行くよ」
「……うん」

私は冷たく指示を出し、フィナと村を後にした。

あれから、丸一日。
隣にある村に着いた。
人は、まだ生きている。

「……久しぶりに人間を見た気がするね」
「……そうね」

馬車で、村の中ほどまで行く。
いつものように私が御者を務め、今日は隣にフィナが座っていた。
馬車の音を気にした人が何事かと、私達を見てくるから。

「……異郷の私達を珍しがってる。人の出入りが少ないんだね」
「……だから、無事なのかな?」
「まだそれはわからない。でも、これは幸運ね」

私は感染原因の予想が全くできていない。
しかし、人の出入りが無いと感染しないとわかれば、それでいい。
ここは来た道から風の吹く位置にあり、空気が流れ込んでくるから空気感染しないと仮定できるからだ。

「……私達は出て行った方が良いのかもしれないね。私達は抗体を飲んでるだけで感染はしてるから」
「うん……」

私の提案に、フィナは頷いた。
悲しい事だけど、私達は迫害されても仕方のない体を持っている。
完全な滅菌を、しないといけない。

「……悲しいね、人と話せなくなるのは……」
「…………」

フィナの呟きは私の心の奥に沈んで行った。
その村では、抗菌剤と用途のメモ書きだけを置いて去った。











地図を見る限りでは、次の村で国の東の方にある集落は最後だ。
ここを見て、その後に一度国の中心街に戻ろうと決めた。

「……ここは、どうなんだろ?」
「人が普通に歩いてる。希望を持っていいかな」

フィナに希望を持たせるように回答する。
今回は馬車を村の離れに繋いでから中に入ったが、ここは人が普通に歩いている。
感染者はいないのだろうか?

「……!カムリル、あれ!」
「ん?」

フィナが1人の男性を指差す。
麻袋を担ぎ、汗を掻きながら歩いている青年。
彼の腕は、痛々しいぐらいに赤く腫れ上がっていた。

「……あれは、そうなのかな?力仕事してそうだし、一部だけだから関係無いんじゃない?」
「……そう、かな?私の早とちりかも……」
「……んまぁ、一応声かけようか。“滅菌剤”もできてるしね」

そう、この数日の旅でついに抗菌以上の滅菌剤を完成させたのだ。
私達はもう菌を死滅させてるから普通に人と話せる。

「あのー、すみませーん」
「うん?何かな?」

私は気軽に声を掛けると、青年がこちらを向く。
ツンツンの髪の毛があちこち跳ねているが、顔のパーツは綺麗に整っていて中々イケメンだった。
袖の長い服越しでもわかるほどガタイはがっちりしていて男らしい。

「おぅふ、イケメンだー」
「? イケメン?」
「イケテル顔面の略。顔面って言葉は穏やかじゃないかな?まぁどーでもいいけど」
「いや、と言われても知らないけどさ……」

つい自分のペースで喋ると、青年は困ったように頬を掻いた。
私も話の本筋を忘れないうちに話すとしよう。

「ところで、その腫れはどうしたんですか?」
「これかい?なんか、村を出たときに出来て、中々治らないんだ。痛みは無いから良いんだけどね」
「……村を、出て……」

胸がざわついた。
そして、この予感はきっと当たっている。
一刻も早く、処置をしないとーー。

「フィナ、馬車に戻ろ!」
「…………」
「……フィナ?」
「……。え、な、何?」
「…………」

返事もなく固まっていたフィナは、恍惚な表情で青年を見ていた。
おい、この非常時に何を考えている!

「この人!感染者!早く馬車から薬を取ってくる!」
「え!?あああああ、わ、わかった!」
「? 感染?」
「貴方も、ちょっとついて来てください。死にたくなかったらね」
「……よくわからないけど、わかったよ」

フィナが馬車を止めた方に入って行き、その後を私達が歩む。
できるだけ、治療時間を短縮するために私達も馬車に向かうのだ。
そこまで遠い距離でもなく、私達がつく前にフィナが息を切らして戻ってきた。

「お、お待たせ!これだけあれば、た、足りる!?」
「うん、取り敢えず1個で良いから」

フィナが手にしていたのは滅菌剤の入った注射器を詰め込んだ袋。
移動中に作ったやつ全部じゃない?
今そんなにいらないけど、まぁいいや。

「お兄さん、名前は?」
「名乗ってなかったね。俺はサラムだ」
「んじゃサラム、これ射って」

フィナの袋を奪い、中から注射器を1つ取り出してサラムに渡す。
サラムは少し怪しげに薬を見つめ、それでも私達の真面目な態度に覚悟を決めたのか、

「……これで良いのか?」
「うん。あと、この薬を村人全員に服用させて。じゃないと死ぬし、感染するし、大変な事になっちゃうから」
「……本当に、そんな病気に俺はかかってたのか?」
「信用できないなら他の村に行くといいよ。近隣の4つの村が死体が放置されたまま壊滅してたから、見りゃ一目瞭然よ」
「…………」

サラムは閉口し、事の重大さに目を丸くする。
そしてすぐ、注射器の供給は始まった。
サラムの呼び掛けで次から次へと注射器は村人に配給され、およそ全員に渡ったであろう。
薬が足りたのは幸いであるが、村人の魔法も使えば幾分かは増量できるだろうし良しとしよう。
作業が終わる頃には、日が完全に暮れていた。

「……サラム、協力ありがと」
「俺達こそ助かったよ、カムリル。馬で隣村を見に行った奴の証言と君の言ってる事は一致した。君達は村の恩人だよ」
「そそそ、そんな……き、気にしないでくださいっ……」
「…………」
「いえ、そういうわけにはいきません。今日は村総出で宴会を開きますのでどうぞご堪能ください」
「ッ…………」
「わ、わかりましたっ!ありがとうございますっ!」

善意から、サラムは宴会をすると良い、サラムに惚れてるだろうフィナが即答する。
……一秒でも速く移動したいのが、私の本音だ。
こうしてる間にどこで病気が感染しているかわからないというのに……。
でも、普段外に出れない私達が得られない幸せを、友達が感じている。
なら、それを尊重したいと思ってしまうのも、いけない事かしら?
そう、少しくらいいいではないか。

「……カムリル?顔色が悪いよ?」
「……や、何でもない。私たちも疲れてるし、暫く振りの人の温もりに癒されようか」
「そうだよっ。ほら、行こう~?」
「……うん」

フィナに手を引かれて村の中心部の方へ入って行く。
いたるところに松明が掛けられていて、夜でも明るく音楽などの騒音が聴こえてくる。
広場に出て、踊り子が踊っていたりハチマキを巻いたお兄さんが料理を配ったりして楽しそうだ。

「サラムさんっ!わ、私と一緒に回りませんかっ!?」
「ん?願ってもないよ。行こう」
「…………」

私を連れて来た等の本人はイケメンを連れて屋台を周りに行き、私はポツーンと置いてかれる。
恋は盲目というけど、友達の私も目に入らないとは。

「やぁ、お嬢ちゃん」
「うん?あぁ、村長さん。やーほっ」

そんな私に声を投げかけたのは初老のお爺さん。
私はそんなに背が高くもないのだけど、お爺さんだから私よりも背が低い。
細目で優しげな印象だ。

「うちの村はなんとか生きられそうじゃい。ありがとうのぅ、ほっほっほ」
「いえいえー、役に立てて嬉しいですよっ」
「健気な娘じゃな。うちの若いのもお嬢ちゃんみたいに育つと良いのじゃが……」
「それは無理よ。こう見えても天才だから、私。なんちゃってね、あっはっは」
「うむぅ、気に入ったぞぃ。サラムなんてどうじゃ?村自慢の色男なんじゃがな、まだ結婚しないと頑なに拒むのじゃ。じゃがお嬢ちゃん達なら受け入れてくれるじゃろう」
「なら、私よりフィナが良いわよー。あの子は純真だし、何かと面白いし」
「ふむぅ、お嬢ちゃんとくっついて欲しいのじゃがのう……しかし、あの嬢ちゃんもなかなかべっぴんじゃしなぁ……」
「顔しか見てなかったのかいっ!?」

という感じで、村の人と少し仲良くなったのでした。



続く

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