-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/19/図書館に行こう

木曜日になった。
最近では1日1日が長く感じるけれど、気がつくと1日過ぎ去っているよりは遥かにマシである。

相変わらずの学校では、明葉、和子とは会えていない。
昼休みはカムリルと居るし、授業は別、だから放課後にでも会いたいものだが……。

「真和、放課後に図書館行かない?」

俺の計画は昼休みにカムリルが言い出した一言で呆気なく潰える。 
今のところ、俺の中での最優先事項はカムリルだったから、拒絶はできなかった。

「いいけど、なにすんだよ?」

多目的室の壁に寄りかかり、ストローを指した牛乳パックのお茶を飲む。
向かいに座っておにぎりを頬張るカムリルは口の中のご飯粒を撒き散らしながら答える。

「もちろん、お勉強だよっ!」
「汚ねぇから食ってから喋れ。もしくは喋るな」
「私の意思疎通手段を絶つつもり!?」
「日本語聞こえてなかったのか?」
「しばらく黙りますっ!」

ガツガツとおにぎりを頬張り、時にはペットボトル入りのお茶を飲むカムリル。
その姿は宛らハムスターだなと思いながら、俺はストローを口に加える。

それにしても、勉強ね。
休憩のために一緒にいるはずなのに、勉強とは見上げた根性だ。

「あ、ちなみにわかってると思うけど、市民図書館だから、案内してねっ」
「……へーへー」

学校の図書館に着物の奴を入れるわけがない。
入れても本は読ませないし、霊体でも超常現象と勘違いされかねないから連れて行けない。
図書館、果たして何を勉強するのやら。










「もう陽が傾いてるねー」
「お前のせいだろ」
「ぬははははっ」

非難を笑い飛ばすカムリルと俺の見る空は既に紅に染まっていた。
これはカムリルの意向で一度家に帰り、彼女の着替えと俺の荷物軽減などの意味があった。
軽減、つまり全部家に置いてきたわけではない。
筆箱とルーズリーフをスクールバッグに入れて持ってこさせられた。
使い道はあるのだろうか。
着替えに関しては、変な目で見られないならいいだろう。

「は、入るよ?いいの?入っちゃうよ?」

やって来た市民図書館は3階建てで駐輪スペースも充実しているとなかなか有名な図書館。
入り口前で立ち往生するカムリルの背中を突き飛ばした。

「さっさと行け」
「のわっ!」

カムリルの体は自動ドアに収納され、おずおずと館内に入っていく。
俺も後に続いて入った。
まずは2人で案内図を見て現在地とこれから向かう先を確認する。
1階は図書館、2階は休憩所や開放室、3階は職員用らしい。

「工学、いいね工学。私凄く興味あるよ」
「科学者だったからか?」
「うーん、なんというか、私の世界は機械より魔法が栄えてたから機械に興味あるの。でも薬とかは魔法だけで作れっこないから薬学や生物学は重視されてたね」
「……じゃなんで工学なんだよ?」
「だーって新しいことしてみたいんだもーんっ。行こっ?」
「……ああ」

カムリルに手を惹かれ、電気、工学のコーナーに移動する。
工学だけで棚がほぼ満席になっており、少し俺は圧倒された。

「なんだかすげぇなぁ……なぁ、カムリル……?」
「ほぉおおおおおおお……!」
「…………」

隣にいるカムリルは“工学の基礎”という本に熱中していた。
開いた本に顔を突っ込んで食い入るように読んでいる。

「……おい、聞こえてんのか?」
「ねぇねぇ、私漢字が結構苦手なんだよね。これなんて読むの?」
「…………」

聞いてない。
頭を冷やしてやるため、頭頂部にチョップをかましてやる。

「あ痛っ!」
「落ち着けよバカ。借りることもできるんだから図書館ではしゃぐんじゃねぇ」
「うぐぐ……わかったよー……」

ぶつくさ言いながら適当に本を手に取っていくカムリル。
5冊、10冊。
……その本は借りるつもりか?

「何してんの?」
「取り敢えず手に取ることが大事だよっ。じゃあこれ持って、一旦2階の休憩所行こ?」
「は?そこのスペースで読めばいいだろ?」

本棚の隣には大テーブルに椅子が4つ付いたセットが8カ所ほどあった。
新聞を読む人、本を読む人、勉強してる人などいろいろいる。
わざわざ2階まで行かなくてもいいだろう。

「漢字とか訊くし、ほら、真和とも喋りたい、から、さ……」
「……なんだよ、急にしどろもどろになりやがって」
「なんでもないよ〜!ほら、行った行ったっ」
「…………」

カムリルはそそくさと退散した。
果たしてそれは、暇になる俺への配慮なのか、それとも……。
……いや、ないだろう。
どうにも2月あたりから恋愛云々に敏感なのかもしれない。
俺は疑念を振り払い、カムリルの後を追って2階に向かった。











運良く休憩所には誰もいなかった。
2つあるベンチに、1つの長テーブル。
陽の差し込む窓があり、2階だから眺めもまぁ悪くない。
館内なので当然冷房も効いていて涼しく、快適な場所だった。

「重いぃ……」
「ならそんな持ってこなきゃいいのに……」

ズシンという音を立ててカムリルが本をテーブルに置く。
ざっと見て13冊。
こんなに読むのか、若しくは借りるのか。
借りるとなると会員登録とかいるのだろうか?
そしたら面倒臭いな。

「これ全部今読んじゃうから良いのっ」
「はーん……読めるんなら良いけどな」

壁際のベンチの中心に、俺は腰を掛ける。
速読もできるってことか。
流石としか言いようがないな。

「そうそう、読むから良いのっ」

言いながら、カムリルが俺の隣に腰を下ろした。
…………。

「近い、邪魔だ」
「だって、ここ空調効き過ぎて寒いし……」
「…………」

隣に座ってるぐらいで暖かくなるものだろうか。
人の発する微弱な電磁波を1人分感じたからって暖かくならないだろう。
…………。

「それにアレでしょ?女の子が隣に座ってると嬉しいでしょ?ねー?」
「すみません、ちょっと加齢臭するんで向こう行ってもらってもいいですか?」
「私は女の子だぁああ!」

腕を振り上げ、激怒を露わにされる。

「近くで暴れんじゃねぇよ。ほら、遠く行っといで?」
「……うう、真和は私の事そんなに嫌いだったのね……」
「は?そんなわけーー」

言いかけてやめた。
ほぼ反射的に口から拒否を言い渡そうなど、普段の俺ではない。
なんだろうか、凄く違和感を感じる。
確かに嫌いじゃないんだが、そんな反射的に断るぐらい……?

「……お?真和さんどうしました?」
「……寝不足らしい」
「そう?お姉さんが膝枕してあげようか?」
「あと50年若返ったらな……」
「私生まれてないっ!?」

ナイスツッコミである。
それはさておいて、俺はどうしたものだろう。
適当に寝不足とか口にしたものの、眠くはない。
本でも読めばいいのだろうか、丁度目の前にあるし。

「1冊読ませろ」
「いいのかい?こんなおばあちゃんが手に取った本だよ?」
「いいんだよ。暇だし、読ませろ」
「……はーいっ。ふふふっ♪」
「……何がおかしい?」
「なんでもなーいっ♪」
「…………」

わけのわからん奴だ。
なんてことを思いながら、俺は積まれた本に手を伸ばし、わけのわからない内容を理解しようと中を開いた。

…………。
…………。

ピトッ。

「…………」

ピトッ。

「……お前、やっぱり向こう行けよ」
「え!?」

もう陽も落ちる頃か、図書館に来てからだいぶ時間が経ったと思う。
俺が頑張って“難関!電子工学の達人!”なる本を四苦八苦しながら読んでいるのにもかかわらず、カムリルがときたま肩を寄せてきて集中できずにいた。
別に集中しなくてもいいのだが、当て方が露骨なのだ。

「近い、暑苦しい」
「寒いくらいなんだけど……」
「…………」

寒い?
再度言われて、始めて違和感に気付いた。

「お前、温度感じるんだっけ?」
「……あっ」

自分でもおかしなことを言っているのに気付いたのか、間抜けな声を出すカムリル。

「……おい」
「……ちょっと席外すねっ!さらば!」
「…………」

顔を真っ赤にさせたカムリルは逃げるようにして階段を駆け下りて行った。
転ばないといいがと思いながら、俺は再度本を手に取った。
とにかく自分を落ち着けたかったから。










結局、閉館ギリギリまで読んでも俺は本の内容を理解できず、会員登録を行って借りることにした。
カムリルも5冊ほど本を借りたから、丁度よかった。
図書館は閉館し、すっかり暗くなった外に出る。
本が入った鞄は俺が持ち、手ぶらのカムリルは足早に帰路を歩んだ。

「まさか、全部読むとは思わなかったわ」
「ふふん、私の速読にかかれば200ページ5分なのだっ」

自慢げに腰に手を当て、鼻の下を伸ばして笑うカムリル。
13冊の本を全て読み終え、終盤ではルーズリーフになにやらよくわからない記号や数式を書いていた。
5分で200ページね。
途中漢字のこと訊いてきたりしたのに……頭おかしいな。

「勉強も技術ですっ。真和も頑張ってね」
「来週試験だからな……ボチボチやるよ」
「いざとなれば、私が答え教えれるんだけどね。あ、国語はてんでダメだから、諦めてっ」
「お前に頼らなくても良い点取ってやるよ」
「そうこなくっちゃー♪」

などと言いつつ、全く勉強してない日々が続いている。
本当に勉強しないとまずいかもしれない。

「……明日は勉強するわ。邪魔すんなよ?」
「うん?わかった。本もあるし、工学についてもいろいろ考えてみるから、私にはお構いなく〜」
「はいはい」

お構いなく、ね。
連日構ってばかりだったというか、毎日構っていた分、明日が本当に静かに勉強できるかが不安でもある。
なんにしても勉強はしなくちゃいけないのだが。

「静かにしてろよ?」
「何度も注意しなくたってわかってるよー」

プンスカ怒り出すカムリルと駄弁を繰り返しながら、俺達は家に帰ったのだった。



続く

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