-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/17/もう少し、側に

「……私、出て行きたくない……」

ボロボロこぼれる涙を隠そうともせず、潤んだ瞳で俺を捉えるカムリル。
対して、俺はどんな言葉をかけてやればいいのかわからなかった。

「……真和」
「……あ、あぁ……」
「……実は私、ひとりぼっちなんだ……」
「…………」

意外な告白だった。
これだけ明るくて人懐っこい奴が、ひとりぼっちだなんて。
でも、思ってみればそうだ。
もう数日一緒にいるが、他の妖精と会っている姿を見ていない。
俺の移動区間が狭いだけなのか、それとも妖精がいないのか。
とにかくカムリルはこの数日、俺と母さんだけしか会話をしていない。
他に、誰も会話の相手がいないんだ。

「10年間さ……好きでもない神様としかお話ししてなかった。だって、仲間もいないし、人に見えないんだもの……」
「……実体化すりゃいいじゃねぇか。そしたら、人にも見えるだろ?」
「いやだよ。だって、離れられなくなっちゃう……」
「…………」

カムリルは上手く現状を言い表していた。
俺と仲良くなって、寂しさがなくなって、だから離れたくない。
上手くまとめるとこういうことだった。

「私、ね……?この世界の人が羨ましいんだ。美味しいもの食べてるし、オシャレな服着てるし、いい事ばっかりだよ。だから、そういうのに触れ合ったら……離れたくなくなっちゃう……」
「……カムリル」
「人もいっぱい、いるじゃない……?誰にだって親しい人の1人や2人、いる。親でも、同僚でも……。私には……私にはーー誰もいなかった……」
「……!カムリル!」

言い終わると同時に、足から崩れ落ちるカムリル。
咄嗟に俺は駆け寄って、思いのままに抱きしめた。
胸にうずまった彼女の顔から涙が伝い、俺の服が冷たく染みる。

「……馬鹿かお前はっ。離れたくないなら離れなきゃいいだろうが」
「……こんな、私にも……救える命が、あるの……あるのよぉ……うぅぅ……」

すがりつくように俺の服を掴み嗚咽混じりに泣きじゃくる。
こんな私にも?
違うだろ、お前は凄い奴だろうが……。

「……休む、ぐらいしたらどうなんだよ。オーバーワークにもほどがあるんじゃないか?」
「たくさんの人が、喧嘩して、傷ついて……私が休んでて、いいの……?休んでたら、なんにも取り柄が、なくなっちゃう……」
「……そんなことねぇよ」

取り柄がない。
違う、お前は面白い奴じゃないか。
楽しい奴じゃないか。
それに、科学だってあるだろう。

「……私に取り柄があっても、見えなきゃ意味ないよ……」
「…………」

悲しい一言だった。
見えないから……。
それだけで、全てが覆ってしまう。

「別に、取り柄がないからって、だけじゃない……やりたかったから、なんだよ?……今では、ちょっと、わからないけど……」
「それは……どうして?」
「……うん」


彼女の手の力が、強くなった。
声調を整え、涙を止めてから、彼女は語り出した。

「私ね、誰かが幸せだったらよかったんだ。前世でもね、研究ばっかでもいいかと思っててさ、その後の研究で私は死んで、人生を全うしたんだ。その後、何の気まぐれか妖精になって、人を幸せにしてたんだけど、私は感謝の一つもされない。私はこんなことしたって何にもならないって、気付いたの……。でも、やめたら私には、なんにもない……」
「……なんにも、じゃないだろ」
「真和には見えるから……でも、他の人にとって、私は存在すらしてない……っ」
「…………」

人を喜ばしても自分に笑いかけてはくれない。
それが、10年。
どれほど辛いことであろうかーー。

ふと、彼女が俺の体を押し返した。
俺は尻餅をついて、彼女を見やった。

「……私、何してるんだろうね」

ポツリと、カムリルが言葉を漏らす。
儚く笑いながら、力なく腕を垂らして、あまりにも幽鬼のような様子で。

「……ごめんねっ、真和。きっと、人肌に触れられたのが嬉しくて、興奮したんだ。ポジティブになる薬射つから、そしたら明日には、元気なカムリルちゃんだよ」
「……そうか」
「……うん。そしたら、明日には出て行くから」
「…………」

言って、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま静かに、のそのそと出口に歩いていく彼女を、俺は呼び止めた。

「待てよ、カムリル」
「……なに?」
「まだ科学教えてもらってねぇぞ」
「……え?」

驚いて目を丸くする少女。
カムリルは賢い、約束は覚えているはずだ。

「パフェ奢る条件、まさか忘れたとは言わせねぇぞ」
「……そーね。覚えてるよ……じゃあ、明後日にはーー」
「あぁ、行ってもいい。だけどな、これだけは覚えていけ」
「……なに?」
「いつでも休憩しに来い。遊びに来い。くだらない駄弁ぐらいは付き合ってやるからよ」
「…………」

カムリルは顔を伏せて、そのまま退室した。
これ以上、俺には言える言葉が浮かばなかった。










翌日、早朝。

「真和のベッドにシミが!これは一体何事でしょう!?」

いつの間にか部屋にいたカムリルが叫ぶ。
俺は机にある充電ケーブルを挿した携帯を外して少し弄る。

「警部、現場の写真です」
「ふむ、どれどれ?」

カムリルに俺の携帯の画面を見せる。
カーテンから光が差し込む室内で静かに眠る俺と、その近くにはコップを手にしたカムリルがいる。
中身には透明の液体が入っているのがなんとか写っていた。

「……なんで写真撮ってあるのよ?」
「動画撮りながら寝てたからな。いろいろやって画像に直したんだ」
「いやいや、なんで撮ってたのよ?」
「世の中には危険がいっぱいだからな」
「あぁ、そう……」

真顔で何かを受け止めるカムリル。
うん、本当に何時もの元気なカムリルだ。

「真和、今日も学校?」
「今日は何曜日だ?」
「水曜日?」
「そうだ。だから学校はある」
「えー、私飽きたよ〜」
「俺も飽きた。だからってサボれねぇし、俺は行くぞ」
「私はどうすればいいでブランドゥス?」
「好き勝手にしレジゲンド」
「超適当な語尾だねっ」

お前にだけは言われたくない。

「……うーん、私も一応ついてく。学校で何があるかわからないしね」
「お前は俺をガキかなんかだと思ってんのか?」
「まぁ、これでも全体通して生きた年数は31だしね。クソガキじゃない?」
「黙れ、ババア」
「体は21歳のまま成長してないから21のお姉さんです。フッ」
「屁理屈でサバ読むのかよ」
「あーあー聞こえない聞こえないー!」

うずくまって必死に耳を塞ぐ31歳。
行動がもはや子供だが、ツッコんでると時間がなくなる。

「そろそろ支度するから、一度出て行け」
「むっ。それはつまり、後で戻ってきたら脱ぎ捨てた真和の服があるんだね?」
「洗濯カゴ直行だバカ。お前もゴミ箱直行してやろうか?」
「覗くかないから勘弁してぇえ!」

悲鳴を上げながらドドドと勢いよく四足歩行で部屋を出て行く。
扉が開けっ放しだから閉めようとすると、またカムリルがひょっこり顔を覗かせた。

「ねぇねぇ、真和さん」
「んだよ?」
「31歳のババアは恋愛対象外でしょうか?」

…………。
…………。
………あ?

「あんだって?」
「なんでもなーいっ。ふひひっ、さらばでござるっ!」
「…………」

ニヤニヤ笑いながらカムリルはパタンと扉を閉めた。
彼女がどういう意図であんな質問をしたのかはわからない。
一先ずからかったんだと判断して、俺は着替えを始めた。










それは昨夜の話。
私は湖灘家の屋根の上に1人で座っていた。
雲で見え隠れしながらも月が出てる素敵な夜。
体育座りをしてぼんやり白い月を見ていた。

「……嬉しいなぁ」

部屋を出る時に私に言った彼の言葉。
いつでも来ていいって、休憩しに来いって。
思い出すだけで、口元がほころぶ。
当然だけど、あんなことを言われたのは初めてだったから。

「……人として、嬉しい……」

人とは、支え合うもの。
私は今までたくさんの人を支えてきた。
けど今、妖精になって初めて私は支えられた。
紛れもない、人としての喜びをもらった。

「……優しくされるから、一緒に居たくなっちゃうのに、なんで気付かないんだろ」

仲が良ければ一緒に居たいし、仲が悪ければ離れていたい。
人間として当然の感覚なのだ。
だから彼に私を突き飛ばして欲しいんだけど、そうもいかないらしい。
真和が友達と呼んでくれるくらい仲がいいのだからむざむざ彼が突き飛ばしてくれるはずがない。
当然、私だって突き飛ばす気はさらさらない。
あれだけ優しくしてくれる人をどうして突き飛ばそうと思えるのーー?
むしろ、もっと側に居たいのにーー。

「……かなり好きだなぁ……」

切ない気持ちを持ちながら、私は羽を垂らして俯いた。
それは寂しいからではなく、別の感情が胸に溢れていたからーー。

「……これが恋なのかな……?」



続く

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