-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/12/簡単なこと

ライムは力なく横たわっており、右頭部が血に静まっていた。
もうピクリとも動いておらず、その姿を前に俺は某然と立ち尽くすしかなかった。

「……なんで」

絞りでたその声。
問いかけの内容は言うまでもない。
だが、それでも口にせずには居られなかった。

「……どうして、死んでるんだよ」

膝を着く。
そして、そっと血に触れた。
冷たい。
犯行からもう時間が経っている。
これでは、本当に……。

「……ハサミ」

近くにあった血濡れのハサミを、そっと掴む。
これで、ライムは……。

「誰が、こんな……」

血はライムの首元から垂れているのが見てわかった。
おそらくこのハサミで喉を切ったか刺したのだろう。
一体誰が、何の目的でこんな事を……?

「真和!!!」

その時だった。
聞き慣れた声が力強く俺を呼ぶ。
ほとんど反射的に、俺は振り向いた。

「……和子……」
「なにやってるの!?なんで!なんでこんな!!」
「え……あ……」

明らかに俺に対して怒っている和子が近づいてくる。
なんで俺に怒るのか、考えつくのに時間はかからなかった。
だって俺が凶器であろうハサミを持っていて、現場に居るんだから。

「違う……俺がやったんじゃない……」
「凶器を持ってるのに……そんなわかり切った嘘吐くなんて、私をバカにしてるの!?」
「なっ!嘘じゃーー!」
「真和……」
「っ、明葉……」

和子の後ろから明葉も現れる。
待ち合わせをしていたんだから、2人が来るのは当然の事だった。

「……とても残念だよ。ライムと一番仲良かったのは、真和だったのに……」
「違う!本当に俺は!!」
「見苦しいよ」
「ッッーー!」

唇を噛みしめる。
この状況で、俺を嫌う明葉が庇ってくれるわけがない。
このままだと、俺が犯人扱いされる。
2人と仲良くしたいのに、嫌われてーー。
ーー否。
これで良かったんじゃないだろうか?

「ーーそうかよ」

口から出た言葉は非常に冷淡で、先ほどまでの焦りは全て消えていた。
逆に考えて見て、俺が2人と仲違いすれば明葉には邪魔者が居なくなり、和子は好きな奴を失った所にも明葉が優しくしてくれる。
いずれ2人で付き合うようになるかもしれない。
そしたら、これが最良なんじゃないだろうか?
俺は1人でも、3人でギスギスした空気を吸うよりはマシなんじゃないだろうか?

「お前たち、どうするんだ?起訴でもするのか?訴えれば勝てるだろうからな」
「……そんなこと」
「僕たちに酷いことをさせようっていうの?」
「そんなんじゃねぇよ」

だから、できるだけ離れたい。

「俺から言わせたさそうだから、言ってやるよ」

その思いを込めて、とても言いたくなくても、この言葉を口にした。

「絶交だ」










俺はその後どうすれば良いのかわからなかったが、ライムの遺体を人の来そうにない公園奥の土に埋めて墓を立てた。
道端にできてしまった血は2人によって消されたらしい。
遺体は俺が持ち出したから、最後までライムに触れられるものはアレしかなかったからだろう。
警察に捕まる事はなかった。


3ヶ月が経った。
あの2人とは運良く別のクラスとなった高校生活から3ヶ月。
明葉が噂でも流したのか、たまに俺を見ながら“猫”の単語を出して話してるクラスメイトを見た。
おかげで俺はポツンと1人。
それで良かった。
重荷が重なるよりはそれで良い。
蔑まれようが貶されようが、対した事じゃなかった。
これが最良だと信じていたから。

そんなある日、こんな話を偶然耳にしてしまう。
常山明葉と遊仕和子が付き合っている、とーー。
俺の思い描いた通りの結末。
これで良かったんだろう。
俺の心が寂しかろうと、あの2人は互いに恋人という欲しいものを手に入れた。
これで俺に良いんだろう。
俺にとって都合の悪い結果でも、これでーー。

その日、ライムの墓に行った。
特に理由はなくとも、単に墓参りに行ったんだ。
ゼラニウムの花を添え、片膝ついて祈りをすませた。
祈りを終えると、俺は自作のボロっちぃ墓に語りかける。

「……でも、なんでお前が、死ななきゃならなかったんだろうな」

いつも犯人については考えていたが、誰がなんの目的で殺したのはいつもわからなかった。
それもそうだ、ライムの事を知ってる奴なんて俺ら以外にもいるだろうし、他の奴らの顔すら俺は知らないんだから。
そいつらが殺したなら犯人を追う事なんて俺には出来ない。
結果、犯人が俺でいる方が良い。

「それにしても、態々ハサミで殺すなんてなぁ……」

凶器がハサミというのも変な話だ。
持ち合わせがハサミしかなかったのだろうか。
しかも死体まで置き去りにして……。
…………。
ーーなんで処理をしなかった?

俺は目を見開いて自分の頭の悪さに驚いた。
考えて見れば、いろんな疑問の点が残る。
なんでこんなことに3ヶ月も気付かなかったのだろうか。
そんなに俺が絶望していたのだろうか。
否、そんなことは良い。
なぜ死体を、なぜハサミを置き去りにした?
汚かったからといったらそれまでだが、違うだろう。
ハサミで殺せば手は汚れる。
ビニール手袋などをしてれば話は別だが、そんな用意周到な犯人が死体を残すだろうか。
しかもハサミなんて殺しにくいもので……。

なぜ?

“明日さ、ライムの毛を切ろうと思うんだ”

あのタイミングで死んだのはどんな意味がある?

“そうだな、昼食べたらだから、1時には来るよ”

それは誰にとって都合が良かったんだ?

“わかった。和子には伝えてある?言ってなかったら僕から連絡しとくよ”

…………。
…………。

「……普通に考えれば、そうだよな」

俺は立ち上がった。
薫風薫る木々に囲まれ、俺は一つの答えを悟ったのだ。

考えてみれば簡単なこと。
ただ俺の中では、そんなことはないと思っていたんだろう。
そうじゃなければ、ここまで鈍いのも理由がつかない。

「……ライム、お前は……」


ーー明葉に殺されたんだな。


ライムを殺したであろう人物の名を、俺は呟いた。
そして泣いた。
自分の欲望を叶えるために、3人が出会えたきっかけを、罪の無い猫を友人が殺した事に。

「……ライムッ……ごめんな……」

情けなく泣き崩れた。
こんな結末にならない方法はあったはずだった。
俺が2人の感情にもっと早く気付いていれば。
いや、気付いておいて何もしなかったんだ。
俺が、俺が何かしていればーー。

自分の情けなさを呪った。
不甲斐なさを恨んだ。
俺が何もしなかったのが悪いのだからーー。
そして俺はーー。
友達を作るのを、やめると誓った。
だから、次この場所に来る時にはアンモビウムの花をーー。




















「その日の帰りに、俺はお前と会った。なんの不幸かと思ったよ。今更、希望なんてな」
「…………」

カムリルは顔を伏せた。
話は終わり、陽はとうに暮れて三日月が空に飾られている。
灯りの付いてない教室では綺麗に見えた。

「……真和は」
「……おう」
「悪く、ないじゃない……」
「…………」

目の前の少女の涙声に俺は顔を顰める。
悪くない。
その言葉を肯定もできるし否定もできる。
俺が何か悪い事したわけじゃ無いのは事実、でも何もしなかったんだから悪いとも言える。
彼女の言葉に肯定すれば、俺の心は幾分か救われるだろう。
だけれど。
俺が悪くないと、明葉が悪い事になってしまうから。
それだけは避けたかった。
今の関係すらも崩してしまうなんて……どうしてできようか?

「……俺が悪い。俺が悪くなきゃならない。明葉が裏切ろうと、そうする事が最善なんだよ」
「違う!こんな間違った事は起こっちゃいけない!裏切ったのは貴方の親友で……どうして真和が苦しまなきゃならないの……」
「…………」

顔を上げたカムリルは嗚咽を漏らして泣いていた。
俺みたいな他人の為に、ここまで感情を揺さぶってくれているのか。
普段ふざけてるくせに、優しい奴だ。

「俺が苦心しようが、それで彼奴らの関係が成り立つんだから仕方ねぇ。今のバランスを崩さない為にも、俺が何かするわけにはいかないんだ」
「…………」
「現状は詰んでる。俺が何かして良い方向に向かわそうなんて賭けはできないんだから」

何も手出しする事ない。
俺が仲直りを望むなんていうのはそれこそ傲慢ごうまんだ。
しかも、明葉はライムを利用し殺すまでに俺を憎んでいる。
どう見積もったって分の悪い賭け。
俺にはそれに、挑戦する勇気も無かった。

「……バカッ!」
「……あん?」

突如暴言を吐き出すカムリル。
その目を見れば、僅かな怒りと、心配に思う気持ちが見えていた。

「賭けはできないってなに!?賭けたら真央が死んじゃうわけでもないでしょ!」
「……そうだな。関係の悪化が目に見えてるだけだ」
「それでもやるっ!やれっ!」
「…………」

無茶ぶりにもほどがある。
伝わらなかったかと、俺はため息を吐いた。

「仲直りはできない。お前も俺なんかに時間使ってないでどこか行くといい」
「嫌に決まってんでしょ!私は諦めないわ。この件は絶対絶対ぜぇええええったい諦めない!希望は不屈だからねっ!」
「….…そうかよ」

気丈な奴だ、と思う。
どこまでも諦めが悪く、屈する事がない。
だから俺の側に居るよりも、他に必要な奴がいると思うのに……。

「ねぇ、真和?」
「……なんだよ」
「真和は私の事さ、ただの妖精だと思ってるかもしれない。妖精だから、貴方の側に居るんだって思ってるかもしれない。けどね、私にとってはそれだけじゃないんだよ」
「……それだけじゃ、ない?」
「うん、それだけじゃない」

涙を拭い、彼女は笑った。

「私はね、貴方を友達だと思ってるから、なんとしてでも貴方の力になりたいの……!」

絶え間ぬ涙ながら、少し恥ずかしがりながら言う彼女の笑顔は、月に照らされて最高の笑顔だった。



続く

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