-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/11/険悪化

バレンタインデー。
それは女性が男性にチョコレートを渡すという祭日、否、厄日。
女性からチョコレートを貰えない 人口は一体如何ほどのモノか。
どれほどの人が嘆くことか。
という文化も消滅しつつある。
今では同性同士でチョコレートを送りあうなんてことはよく見る光景。
厄日と言うほど苦しいものではなくなりつつあったのだ。
というか中学校にチョコレートを持ち込むこと自体がダメなんだが、感覚が麻痺してるのかそんなことはお構いなしの皆様をぼんやり眺め、俺は最前列の机に座していた。

「……真和、どしたの?」

隣に立っている壁さんーーもとい和子が尋ねてくる。
俺がチョコレートを貰えない男子代表だから嘆いているとでも思ったのか。
まぁ和子がどう思おうと、今の俺には知ったことじゃなかった。

「……ねみぃ」
「寝不足?チョコがもらえるようお祈りでもしてたの?」
「いや、ちょっと勉強。受験近いからな……」
「え、真和勉強するの!?」
「ハッ倒すぞ」

毎度おなじみの軽口は最早自然なのか、眠くても勝手に口が動く。
だが和子はニヤニヤ笑っていた。
ものすごく変な奴だな。

「……んーだよ?けなされて嬉しがってるのか?」
「違うよ~。真和も頑張ってるんだな~って」
「うるせーよ……」

落ちるつもりはさらさら無いし、受験勉強してたわけではない。
科学がなんか楽しかっただとか言ったら、きっと気が狂ったとか言われるだろう。
余計なことを言うのはよしておく。

「そんな真和には、優しい幼馴染が手作りチョコを渡すのです」
「錆びた鉄の塊で作ったんだろどうせ?」
「普通に会話してよ……」

普通の会話なのだが、和子には通じないようだった。
兎も角、俺は学校でチョコを受け取るのを拒んでしまったのだ。










「……ライム先生、俺は、俺は……」
「ニャ?」
「……眠いんだ」

目の前にチョコんと座るライムが、後ろ足で頭を掻いている。
愛くるしい猫様に土下座する俺の奇行を学生服姿の友人2人が観察していた。
下校の最中、ばったり遭遇したのだ。

「遊仕さん、朝からあの調子なの?」
「うん。眠いって言ってたけど、きっとバレンタインを憂いでるんだよ」
「…………」

地面を見つめてるとそんな会話が耳に入ってくる。
別に憂いでなどいなかった。
物凄い寝ぼけているだけ。
……眠い。

「ミャ~♪」
「いでででっ……重い重い……」

何を思ったか、頭の上にライムがよじ登る。
そして座ったのか、毛のせいで妙に暑くなる。
……ダメだ、反抗する気も無い。

「ついに真和とライムのヒエラルキーが逆転した……」
「これは由々しき事態ね……」
「……お前ら俺をなんだと思ってるんだ」
『変態』
「…………」

言葉がぐさりと刺さり、俺は指先すら動かすことをやめた。

「まぁ、真和はいいや。明葉、チョコあげるけどいる?」
「え?く、くれるの?」
「勿論だよ。はい」
「え……あ、ありがとう……」
「…………」

顔を上げてなくて良かった。
何人前でイチャついてやがるこの野郎どもめ……。
……俺はもう疲れた。

「というか、真和も貰ってよ!」
「嫌だ。俺は一匹狼なんだ。雪をも溶かす暑苦しいバレンタインなんかに付き合ってられっか……」
「本音出てるよ本音」

誰かに足をグシグシ踏まれる。
きっと和子だろう。

「はぁ……折角材料も奮発して頑張ったのにな〜……」
「ライム、ゴー」
「にゃー♪」
「!?」

俺の指図でライムが俺の頭から飛んで行った。
どこに行ったかは知らんが、きっと和子に八つ当たりしてくれたに違いない。

「いたた……」
「遊仕さん、大丈夫……?」
「あ、うん。平気。ライム、あんまり真和の言うことばっかり聞かないでよー」
「ミャ~オ……?」

会話だけでも状況がわかる。
俺最早顔を上げなくていいな。
つまりずっと土下座なのだが、誰も気に留めてないからいいだろう。

「もう、いい加減貰ってよ~!」
「金ならいくらでも貰ってやるよ」
「1円もあげません~!」
「……そうか」
「そうかじゃなくて、貰いなさいっ!心を込めて作ったのに~!」
「心を込めて鉄を作ったのか?」
「私そんなに頭おかしくないよ!」
「痛っ!?」

誰かにケツを蹴られる。
いや、蹴った奴はわかる。
今日に限ってやけに暴力的だ。

「……僕、そろそろ帰るね」
「え?」
「ん?」

明葉の突然のカミングアウトに俺も顔を上げた。

「どうした、明葉?」
「いや、なんでもないんだ……」
「明葉、またね~」
「うん、また……」
「…………」

明葉は静かに去って行った。
なんで急に帰って行ったか。
きっと、俺と和子の会話が面白くなかったのだろう。
自分の好きな人が、自分以外にチョコをあげようと躍起になってたんだから。

「……和子、お前も本当に鈍い奴だよな」
「真和にだけは言われたくないんだけど……」
「……あん?」

俺が鈍いと?
女友達なんて和子ぐらいしか居ないようなものなんだが、一体誰が俺のことなんてーー。
そこまで考えて、自分の考えの矛盾に気付く。
鈍いと言ってるのは、その友達で、幼馴染の和子ではないか。

「いや、なんでもないよっ。それと!チョコ貰ってよ」
「……あぁ。…………」

ピンク色の紙で包装された箱をぼんやりしながら受け取る。
1辺15cmほどの箱、用紙に包まれ、ラッピングにリボンも巻かれていた。
こんなの1個1個やるはずもない。
俺が鈍い、か。
……こういうことなのか?

「……お前、他の奴にもこういう包装してるの?」
「そんなわけないでしょ。友達だけで30個は作らなきゃいけないのに、そんな時間ないよ」
「……。……そうか」

ということは、俺の考えは正しいのだろうか?
よく考えて見れば、つきまとってきたり可愛いか訊いたりするのもそういうことなら頷ける。

「……真和?」
「……いや、なんでもねぇよ。」

どんな顔をしていたのか、心配されてしまう。
俺はその日、一度考えるのをやめた。
予想が当たっているのは明白だったのにーー。










明葉は和子が好き。
和子は俺が好き。
俺は特に付き合うつもりもなく、3人と仲良くしていたい。
無理のある話だった。
当たり前だ和子が俺にアピールなどをすると明葉が嫉妬し、俺は和子の気持ちに答えず明葉のストレスが溜まって行く限りなんだから。

俺たち3人の関係は悪化する一方だった。
明葉は俺を避け、俺が2人を疎むようになったからだ。
和子にとってはわけがわからなかっただろう。
3人になると、俺か明葉のどっちかが帰るのだから。
それでも、仲が悪いとは互いに思いたくなかった。
だから俺と明葉も、会ったら世間話ぐらいはする。
和子とは俺も明葉も仲が良いまま、そして、俺と明葉は
仲が良いですよという見せかけの関係が続いていた。

ただ、1匹だけは誰とも関係が崩れない奴がいた。
今日俺は、ひっそりそいつの元に訪れる。

「お前とは、ずっと仲良しで居たいもんだよ」
「ニャ?」

受験も終わった3月後半。
結局なぁなぁな関係のまま同じ高校に合格した俺含む3人の気も知らんのか、ライムは首を傾げる。
ライム、多分一番俺になついてくれているだろう猫。
飼い主も居ない哀れな猫だ。
……俺たちの方が、哀れか。

「……お前も毛が伸びてきたな」

言って、ライムの体を撫でる。
毛むくじゃらで、これはこれで触り心地が良い。

「ニャ~♪」
「そろそろ春だし、暑いだろ?明日切ってやるよ」
「ニャ~オッ」
「……なんだよ、可愛い奴め」

甘く鳴くライムの顎を撫でる。
なんという癒しだろう。
やっぱり持つべき友達は猫であるな。

「……真和?」
「……うん?」

振り返れば、そこには明葉が居た。
買い出しにでも行ってたのか、買い物袋を2つ持っている。

「……あぁ、やっぱり真和だ。何してるの?」
「ライムに癒されてたところだ。お前もどうだ?」
「いや、僕は良いよ。荷物もあるし……」
「そうか……」

俺は、2人と仲良く居たい。
今明葉と少しでも話して仲直りできればと思ったが、フられてしまっては仕方がない。

「……あ。明日さ、ライムの毛を切ろうと思うんだ」
「え?」
「失敗するかもしれねぇけど、俺がやって良いか?」
「…………」
「…………?」

明葉は目を伏せて沈黙した。
俺がライムの毛を切る、それさえも許せないのかと不安になる。
やがて、明葉は口を開いた。

「……何時ぐらい?」
「え?」
「何時くらいに、ここにくるの?」
「……そうだな、昼食べたらだから、1時には来るよ」
「……そっか」

再び明葉は目を閉じる。
時間を訊くもんだから承諾を得られたと思ったが、まだ考えるらしい。
俺が再び不安にーー陥りかけて、明葉は笑った。

「……わかった。和子には伝えてある?言ってなかったら僕から連絡しとくよ」
「あ、ああ。頼むぜ」
「うん。じゃあまた明日ね」
「おう……」

ニコリと笑って明葉は去って行った。
明葉が俺に笑顔を見せたのは久々で、それは行為の印なんだと、当時の俺は受け取った。

そして次の日、きっかり13時。

「ーーえ?」

昨日と同じあの場所で、ライムの体は血の湖に沈んでいた。
近くには、ベッタリ血のついたハサミが置かれていてーー。



続く

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