-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/9/1匹の猫

中学3年の、冬が来る前の事だった。

「あー、お腹空いた~。真和、ドーナツ奢って~」
「そんくらい自分で買えアホ」

学校からの帰り道、俺は幼馴染の遊仕和子と同じ道を歩んでいた。
歩んでいた、というのは今の事もそうだけど、人生もだ。
家が比較的近いし、和子自身がよく遊びに誘ってくるから園児の頃から公園などでよく遊び、思春期となった今では流石に鬼ごっこなんかはしないけど、買い物やアミューズメント施設に行ったりする仲だった。

「いやー、洋服買ったらお小遣い飛んじゃってね。真和様、お願いしますっ
「自業自得じゃねーか。ダメだ、額を地面に擦り付けてもダメだ」
「ううっ、真和がケチだ……こんなに可愛い女の子が頼んでいるのに……」
「“自称”、美少女な」
「ぶっ飛ばすよ?」
「悪かった、ドーナツで手を打とう」
「きゃっほーいっ♪」

手放しで隣の女は喜んでいる。
まぁ、普通に可愛い女子なんだとは思うがな。
大きな黒い瞳、クルッとしたショートボブ、制服も冬が近いのにスカート丈も短くて男を魅惑させるには十分な外見だ。
俺はずっと一緒に居たからそんなでもないんだけど。

「……もうこの辺歩く事もないんだよな」
「いきなりどうしたっ?真和のフラストレーション爆発中?」
「ちげーよアホ……」

ふと通学路を見て思った。
中学を卒業するとここも通らない。
進学予定の高校はこことは反対の場所。
高校が忙しくなればここを通る事もなくなるだろう。
住宅地ばかりで面白い場所でもなかったが、寂しさがない訳ではない。

「こんな事で感傷に浸ってたら切りねぇのはわかってるけど、寂しいもんは寂しいな……」
「あと数ヶ月あるんだから、真和は一歩一歩踏みしめればいいじゃん、それしかないし……」
「……そーだな」

少し力強く進む。
早くは過ぎない、ゆっくりではあるけど、足にかける力を大きくした。

「……あ、猫だ」
「あん?」

和子が立ち止まって道の先を見る。
俺も視線だけ先を追うと、確かに猫がいた。
毛むくじゃらで少し太った、尻尾の長い三毛猫だ。
首輪もつけられていない、野良猫だろうか?

「猫よ、こっちに来なさいっ。ドーナツあげるからっ」
「なんでお前はドーナツ持ってんだよ」

スクールバッグから包装に包まれたドーナツを取り出す和子にすかさずツッコミを入れる。
中学校にそんなの持ってくんなっ。
これは後で説教だな。

「ミャ~」

そして猫はまんまとドーナツに寄って来る。
おいおいおい、ドーナツなんか食ったら駄目だろうが。

「和子、それ仕舞え」
「えー?でもな~……」
「変なもん食わして死なせたりしたら大事だぞ。そこら辺考えろよ」
「もー、わかったよー……」

和子は渋々鞄の中にドーナツを仕舞った。
だが、猫はもう既にドーナツに狙いを定めていたのか、和子に飛び掛かった。

「わっ!?な、何よ!?」
「落ち着け!猫が飛び付いただけだ!」
「ニャー!!」

和子の鞄を必死に引っ掻く猫に和子は完全にパニックに陥っていた。
首を右往左往させ、足は落ち着きがなく、直に尻餅を着く。

「あーもうっ」
「ニャッ!?」
「うわっ、重っ」

俺は猫の両脇を持ち上げて和子のスクールバッグから離した。
現れたバッグの表面はひっかき後で見事にアートが刻まれていた。
子供の落書きの様な、ね。

「あ、ありがと……あー!鞄がぁああ!!」
「これも自業自得だぞ……」
「ううっ、私が何したっていうのよぉ……」
「…………」

和子の両目には涙が浮かんでおり、これ以上言及する気にはなれなかった。
バッグが傷付いたのはドーナツを仕舞わせた俺のせいでもあるし、そこは謝らないと……。

「ドーナツ仕舞わせて悪かったな、和子……鞄の代金、半分払うよ」
「……いや、元はと言うと私が悪いし……真和は気にしないでね……」
「そう言う奴は気にしちまうっての。まずはこの猫追っ払うから、ドーナツ出して向こうに投げろ」
「うん……」

和子は俺の言う通りにスクールバッグからドーナツを取り出し、少し離れたところに投げる。
それを見て暴れる猫を、俺は静かに下ろした。
猫はドーナツまで一直線に駆けて行き、獲物を口に加えて去って行った。

「……もう猫なんて嫌い」
「そう言うなって。ほら、帰ろうぜ」
「……うん」

彼女に手を差し出すと握り返され、彼女を引っ張ると立ち上がる。
それからはまた帰路を歩いたが、会話は無くなっていた。










次の日。

「キシャァアアアアアア!!!」
「ニャッ!?」

帰り道、またあの三毛猫が現れた。
公共の面前で和子は四つん這いになり、三毛猫を威嚇している。
後ろから見てるこっちとしてはパンツがチラチラ見えてるが、そんな事言ったら言ったでめんどくさそうだし、動向を伺うとしよう。

「ニャ~……?」
「シャッ!ジユワァッ!」

三毛猫は和子を不思議そうに見つめ、奇声を発してる女の方は手を出したり引いたりを繰り返している。
距離にして1m、お互いに一歩も動かない。

「でやぁあ!」

次の瞬間、和子が猫に飛び掛かった。

「ニャッ!」

しかし猫は近くの塀に飛び上がり、和子は前周りをするだけで終わる。

「チッ!此奴、手強いぞよ!」
「おう。そろそろ恥ずかしいからマジでやめてくれ」
「なっ!?真和はあの猫の肩を持つの!?」
「そんな事言ってねーけど、変質者の肩は持てないとは明言しておこう」
「えー」

文句を言いながらもすっくと立ち上がる和子。
猫には近付かずに俺の真横にピトッとくっ付いた。

「なんだよ?」
「猫、怖い」
「そうかそうか」

逆に俺は猫の方に近付いた。
和子は俺について来ず立ったまま。
猫も逃げる様子はない。

「よっと」
「ニャア?」

昨日とは違って正面から猫を抱え上げる。
やっぱり重いけど、近くで見ると存外可愛いな。

「ほら見ろよ和子。可愛いぞ?」
「ぎゃぁあああああ!!?」
「うっせーよ。ほらほら、ほーらほらほら~」

猫を和子に見せつけると全力で走り出す。
いやいや、そこまで怯えなくたっていいだろ。
トラウマになってんのか?

「つーか行っちまったな……」
「ニャ~」
「お?なんだ?」

猫が俺の手をペロペロと舐める。
少しくすぐったいが、なんか友好的で嬉しいものだ。

「……なごむ」

手が痒くなりそうだったが、俺は和子が戻ってくる2時間後まで猫と戯れていたのだった。



続く

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