-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/3/幽霊のような

カムリルを伴って俺は自分が通う高校に訪れた。
最前列でも一番左側の目立たない位置に座して授業の準備をし、机に顔を伏せた。

「真和が寝たら、私暇なんだけど」
「男漁りにでも行ってこい」
「イヤン。だってわ~た~し~は~、もう真和に捕まってるんだものっ!」
「…………」
「え、無視?」
「…………」
「神速で寝た!?」

うるせぇ。










授業が始まると、まぁ真面目に聞いてノートを取ってる。
前列はそういう奴らの集まりのようなもので、寝ている奴の方が少ない。

「だからこのxを求めるだけじゃなく、その前の方程式を調べてどんなグラフになるかを考えるわけです」

歳食った半ば円型ハゲの男性教師が黒板に書いた方程式の説明をする。
そんなん教科書見てりゃわかると思いながら、俺は頬杖を着いてボケーっと聞いていた。

「そのグラフをglassの23でmelしてweetすれば蝶のような波形ができるんだけど、真和描ける?」
「とりあえず日本語を喋ってくれ」
「ぬあっ!?」

隣で何か言ってる変な妖精の寝言も聞き流す。
glassだmelだ、何言ってんだかまったくわからん。

「フ、この世界では通じない言語を喋っているのさっ」
「俺も馬耳東風でいいんだな?」
「ごめんなさい、調子乗りましたっ」

ゴンッ

机に額をつけてカムリルが謝るが、音は立てないで欲しい。
今2~3人こっち見たし。
俺が変な目で見られるんだからやめてくれ。

「シャーペン1本貸してやっからノートの端に落書きでもしてろ」
「私の馬の絵が見たいと申すか」
「なのでこのxが4のときはyが3でーー」
「あーほら、授業聞くから邪魔すんなよ」
「ほほいっ」

ルルルーと歌い出しながらカムリルは落書きを始める。
これは他人から見たらシャーペンが勝手に文字を書いてると思われるんだろうが、指摘されたら考えるとしよう。










「先輩、1人で食べるんですか?」
「お前はいつから後輩になったんだよ」

昼休み、購買で適当に買ってきた菓子パンとおにぎりを手に、人目につかない様な空き教室に来た。
4階まで来るのも億劫なのか生徒の姿はなく、俺とカムリルしかいない。

「でもこんな所までこなくたっていいんじゃない?」
「うっせーな。お前が食わなくても良いなら俺は教室でも良いんだよ」

こいつが教室で飯を食うとどうなるか。
そんなん言わんでもわかるが、他人からは食べ物が異空間に消えて行くように見えるのだ。
超常現象を俺の間近で起こされても困る。

「……!真和のデレ期突入ですかっ!」
「教室戻るか」
「デレ期終了!?」

言っただけで実際には戻らず、適当に前の方に座る。
カムリルも隣に座ったのだが、まぁ他人から見たら空き教室に1人で座ってる寂しい奴になる。
……誰も見にくんな。

「何だかんだ言って優しいんだからっ」
「うっせーよ。とっとと食って寝てろ」
「行動が言葉に出てくれれば良いのに……ぐすん」

行動が口に、つまり口調を優しくしろと。
暴言を吐くなと。
ふむ。
……こいつには無理だな。

「ねー、ちょっと気になったんだけどさー……あでしっ」
「それは俺が食うんだ。お前は昆布食え」
「はい……」

さり気なく鮭おにぎりを取ろうとする手をはたき、その手に昆布おにぎりを乗せてやる。

「んで、なんだよ?」
「私の人生の価値は昆布おにぎりですか?」
「今からもう一個買って来て欲しいか?」
「いらなーいっ」
「んな事わかってんだよ。真面目に話せ」
「はい……」

カムリルはわざとらしく咳払いを一つして、普通の語調で訊いた。

「真和さぁ、友達いないの?」
「…………」

まぁ、半日も一緒にいればわかる様なことだった。
これは認めざるを得ない事実だけど、ここでただ居ないと言ったら馬鹿にされるだけだ。

「居た、んだよ。結局裏切るなら作んねぇ方が賢いだろ?」
「え、裏切られ……」
「そういうこった。お前とは妖精だかなんだかで一緒にいるだけ。友達だなんて思うなよ?」
「…………」

カムリルの手から握り飯が落ちた。
ポカッと口が開いて、声も出せない様子だった。

「……そんなショックかよ?」
「……私、泣きそうだったり」
「……そら悪かったな。でもこれを直すのが、お前の仕事なんだろ?」
「うん、絶対直す。脳弄ってでも直すからね」
「普通に頑張れよ……」

やる気も湧いて腹も減ったのか、落としたおにぎりを拾ってガツガツ食い始める。

「うまーぃっ!!もう1個!」
「自分で出して食えば良いだろ?」
「乙女に吐けと言うのか!?」
「上からとは言ってないだろ?」
「食欲なくなってしまったよ!」

そりゃ良かったな。










なんやかんやで一日が終わる。
6時限目の後は部活でもやってない限り、学校に残る人は少なく、俺も帰る人の1人だ。
何も考えずともカバンを持って教室を脱出し、生徒で溢れる廊下をのらりくらりと生徒を避けながら階段まで出る。

「真和速いぃ~!」
「…………」

人とぶつかったりしないんじゃないの?
人に揉まれてるから遅いんだよ。
なんて思いながら足を休めずに昇降口を出る。
約7時間ぶりに出た外では雲が広がり、雨が降る予兆があった。

「真和、放課後ですよっ」
「んなもん言われなくてもわかるわ」
「放課後デートです。キャァァアアアア!!」
「うるせぇな……なんで黄色い声出ねぇんだよ……」

キャーキャーという可愛らしい声でなく、隣で大絶叫されて普通に耳が痛い。

「という事でデートです。ふんふふーん♪服買ってよ服~」
「スーパーにダンボールがあるだろ?あれを加工してお前の服にしても良いんだぜ?」
「うわーん!私はそんなものより可愛い服が着たいんだぁあ!!」

言われて気付く。
そう言えばこいつは何故味気ない白い着物を着ているのだろうか。

「お前なんでそれ着てんの?」
「え?あー、これは白衣なのね。科学者が着るアレ」
「……どうみても白衣じゃねぇだろ」
「こっちの世界じゃないの。私は別世界から来たからねっ。名前もカムリルだし」
「……はーん」

確かに、白髪で着物を着てるなんて、文化を勘違いした外国人ぐらいだ。
しかし、この国の言葉をペラペラと間違える事もなく喋るこいつが勘違いをするとも思えない。
それが元の国の文化というなら、納得もできる。

「だからさ、いつまでも白衣ってのはやだよ、女の子だし。それに、幽霊みたいだからねっ」
「羽ついてる奴が何言ってんだか……」
「実は出し入れ可能なのよね。しまったら幽霊じゃない?真和を呪ってやるぅ~!」
「科学者が呪い使うのか。時代錯誤の痴呆は黙ってろよ」
「うぉおおおおお喉がむず痒いぃ!!」

何かの呪いにかかったかのように喉を必死に掻く変態を先置いて、俺は足取りを家とは違う方向に歩み出す。
そんな事は、今日初めて俺の家への道を知ったカムリルがわかるわけもなく、また変なボケを言いながら付いてきた。

隣町まで歩いて来て大手のデパートに入る。
歩みを止める暇を与えない人混みのある1階は電子機器が販売されていて手前の携帯電話のコーナーからすぐにエスカレーターに乗った。

「真和先生、やっぱりツンデレだよね?」
「張っ倒すぞ?」
「うえーん……カムリルちゃんピンチなのら~……」
「可愛く言ったつもりだろうが、俺にはガマガエルの鳴き声にしか聞こえんな」
「ほんとにその心をズタズタにする事言わなきゃモテそうなのにね!」

喧しい。
そもそもモテねぇっつうの。

6階辺りからはレストランやら衣類専門店が建ち並んでおり、その一つに入る。

「初めに言っておくが、俺は学生だ。働いてる身でもないし、そんなに金に余裕はない。一万以内に済ませてくれ」
「ううっ、高校一年生が私なんかのために一万円も投資するなんて……これは可愛くなるしかない!」
「顔見て言えよ」
「なんという事を……」

ショックで膝から崩れ落ちるカムリル。
本心から言ってないってわかってるくせに、一々オーバーなリアクションを取るな、めんどくさい。

「それと、俺は女性ものの服を買う趣味なんてない。なんとかならないか?」
「任せてっ!ちょうど5〜6個ほど性転換薬がーー」
「もう帰ろうぜ?俺宿題やんなきゃだし」
「嘘だよねっ!今日宿題出されてないの知ってるからねっ!」
「……チッ」
「舌打ち!?」

そりゃ今日一日隣りにいたんだから知ってるか。
まぁ宿題云々は問題じゃない。
性転換薬?そんなもん安易に飲めるかよ。
それに、女になったら買えるって訳でもないしな。

「じゃあ、私が実体化しよう。そしたら、カップルに見えるのでは?」
「実体化?」
「私が見えないのは波長のズレとかじゃなくて、肉体がないからなのね?だから肉体を得て世界と交わるの。これ、実体化」
「……そういう事か」

姿が現れて自分で会計もできるんならそれが一番良い。

「それなら財布預けとくから、1万までは買って良い。1時間後にまた来るから好きにしとけ」
「え?真和はどうするの?」
「適当に家電とか見て時間潰す」
「い、一緒に見たりは?」
「しねーよ。なんで俺が女もの見て喜ぶんだよ……」
「いや、もしかしたらカムリルちゃんの着替えが見えてしまったり、うっかりえっちな展開に発展したりーー!?」
「悪いな、俺はゴリラに興味はないんだ。1時間後に会おうぜ」
「真和の中で私はゴリラで確立してるの?ねぇ?あー、ちょっと行かないでよー!」

ゴリラを無視して俺は1人、エスカレーターを下って行った。
1時間後、どうなっているやら。



続く

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く