-Tuning-希望の妖精物語

川島晴斗

/2/“同調”

「……まぁその、悪かったよ……ブッ」
「笑った!絶対反省してないでしょ!?」

おふざけも大概にし、戻ってきた私はすんなり玄関を通された。
リビングを抜け、今は真和の部屋に居る。
雑貨品類は不備なく揃えてあるが娯楽に使う様な物が見当たらない質素な部屋。
彼は机に隣接した椅子に座り、私は何故か床の上だ。
客人の対応はいつもこんななのか、私だからなのか、それは勿論後者だろう。

「つーか本当に見えないんだな」
「さり気なく話を逸らす、さすがですっ」
「まぁな」

否定しないあたり、かなりたちが悪い。
とはいえ、見えないのは確実性があった。
リビングを抜けた際に真和のお母さんが見えたけど、向こうは私が見えてなかったから。

「こうなったらエロ本の一冊でも探して、朝方リビングに置いといてやるんだからっ」
「んなもん持ってねーよ。探したきゃ延々と無い物探してろ」
「チッ」
「…………」

確かに、味気ないこの部屋からエロ本が出てくるとは考え難い。
残念さから舌打ちをすると真和から蔑視を貰う。
そんなに見つめられたらイヤン。

「……つーか、そんなどうでもいい事を話してていいのか?」
「じゃあ私が現代における科学のなんたるかを語ってあげようか?」
「お前がそれで良いなら俺は構わねぇよ。でも、話はそれじゃねーだろ?」
「…………」

真和の顔つきは先ほどと打って変わって神妙になる。
勿論、私だって真和の言いたい事はわかってる。
絶望を希望に変えるにはまず、絶望の理由を知らなきゃ希望を与えようがない。
しかし、それを直接聞くのは忍びないだろう。

「私の特性について、少し教えようか」

だから、正当とは言えなくとも答えとしては成り立つものを口に出した。
この先どーするにしろ、教える事にデメリットはないし、真和も知っておいて損はしないだろう。

「……お前の特性?」
「そう。私の能力的なやつね」
「ふーん……」

真和は腕組みをし、椅子の背もたれに大きく乗っかって私を見据える。

「目に見えないだ飛べるだとかっていうのはもう知ってると思うけどもっと根幹的な能力は“同調”すること」
「……“同調”?」
「そ。触る事で記憶、意識、感情、体の一部を共有したり、交換したりできる。もっと簡単に言うと、他人の体を見たりパーツ交換を好き勝手できるわけ。試しにちょっと手出して」
「おう……」

恐る恐るといった様子で真和が手を出す。
私はその手を両手で掴み、静かに“同調”を始める。
記憶の“同調”は夕刻失敗した。
だから、今度は別のもの。
私と真和の感情を、共有する……。

ーーブワッ

「……!」

真和の感情が心に流れ込んでくる。
暗く、冷たい感情がどっと私の中に押し寄せてくる。
まるで体温を冷水が冷やすような寒さ。
どうしてこんなに悲しい感情を携えているのーー。

「……なんだよお前……何したんだよ」

対して、真和は真顔で涙を流していた。
赤みのある頬にこぼれた雫が、繋いだ手の上に落ちて行く。

「感情の共有……統合しただけ」
「……お前の感情?ああそっか……希望だもんな……」

穏やかに微笑み、真和は目を閉じる。
まるで感情を味わう様に。
私の暖かさに触れて、氷の心が氷解してきっと涙になったんだろう。

「……ほら?希望もわるくはないでしょ?」
「……そうだな」

ゆっくりと彼は頷く。
それが嬉しくて、私はもう少し共有を続けていた。










数分後、感情の共有をやめて私は再び説明に戻る。

「こんな具合に、触れた対象と何かを共有、またはそのまま交換できるのね。一時的に元気付けるなら感情を共有したり、体のどこかが悪かったら交換したりできるわけよ」
「……なるほどね」
「実はそんな事ができる妖精ってだけで希望の妖精とかいってるのは自称だったりっ」
「……自称でも実際希望与えてんなら良いんじゃねぇの?」
「真和がデレた!?」
「誰がだよっ。その頭に生えた白髪しらが全部剃るぞ」
「カムリル、お坊さんになるの巻!」

髪を掻き上げておでこを出すと、筆箱を投げつけられた。
鼻にクリーンヒットし、バタリと倒れる。

「ぐはっ……!」
「反応おせぇよ」
「しかし希望は不屈のため、立ち上がるのですっ!」
「……ふむ、ここに削りカスの溜まった鉛筆削りがあるんだけど、これも喰らうか?」
「希望は潰えました」

私はそのまま床の上を寝た。
そして、理解した。
真和と真面目な話は無理だと――!

「というか、俺そろそろ着替えたいんだけど。どっか行けよ」

寧ろ話は一変し、彼は私を睨みつける。
その真和はまだYシャツにスラックスを着ていた。
というのも、彼が家から帰る前に一緒に居たから私は知っているが。

「真和ちゃんの生着替えー!」
「出ていけよ」
「はい、ただいまっ!」

真和が鉛筆削りを持ち上げたので、私はさっさと退室したのだった。











今日はなんの厄日なんだろうか。
知りたくもなかった事・・・・・・・・・・を知り、帰り道では白い変な妖精に絡まれた。
別に、前者は構わない。
元を辿れば俺が悪い事だった。

問題なのは後者、妖精だ。
彼女の姿を思い返す。
腰まで伸びた白髪はくはつ、飾り気の無い白い着物を纏い、首からは幾つか黒い箱を連ねたネックレスを掛けていて、そして玄関先で見たあのポーズ。
……そりゃ愉快っちゃ愉快だが、一緒にいたら俺のいろいろなものが危うい気もする。
希望を与えるだなんだと言ってるが、生憎俺はそんなもの欲してないし、そもそも現状が詰んでる・・・・んだからやる事自体が間違ってる。
奴の事だから追い払った所で話を逸らされるのが落ちなのは明白、さっさと諦めるのを待つしかない。
という事は、俺は何もする必要が無いわけだ。
話は多少面白いから乗ってやるが、それ以上をしようとは思えない。
俺は、いつも通りの自分でいればいい。

「……よっこらせっ」

考えがまとまるのと着替えが終わるのはほぼ同時だった。
再び椅子に座り、壁を蹴った反動で椅子のキャスターをバック方向に移動させて本棚で手を着いて停止。
漫画を一冊取ってパラパラ適当にページを捲る。

「あー、今のとこ止めて!」
「…………」
「うわぁ、早過ぎて文字読めないぃ……せっかく朗読しようとぶべらっ!?」

漫画を勢いよく持ち上げると、カムリルの顎に衝突した。

「……お前、いつの間に入ってきたんだよ」
「さぁ、いつからでしょう!」

ぱちっと瞳を閉じてウインクをするクソ妖精。
鼻からはなんか鼻血も出ている。
さっき出て行く際は付いてなかったし、俺がやったからじゃないはず。
…………。

「まぁ安心しろ。お前が覗きをしようが、俺はお前を拘束したり殴ったりしねぇから。寧ろ興奮しそうだし」
「私Mじゃないけどねっ!」
「Mにしてやろうか?」
「私は普通でいたい女の子なんです~っ」
「うざっ」
「ストレートに女の子にウザいって酷いぃぃ」

ガクッと体を倒し、目の前でしくしくと泣き真似をする。
鼻血が着物の裾に付いてしまえば良いのに。

「ちょっとー、真和~」

そこに突如、母さんからの声がある。
廊下からの声に、俺はそのまま返事を返した。

「何、母さん?」
「ケチャップが無いんだけど、持ってってない?」
「え?」

ケチャップと聞いて、すぐにカムリルの顔の赤い部分に目を向けた。
俺の視線を感じ取ったカムリルはニヤッと笑い、懐からゆっくりとケチャップを取り出す。
その仕草がどこぞの悪代官に小判を渡す商人みたいでどことなくむかつく。

「ふんっ」
「ああっ!?」

俺は速攻カムリルからケチャップを奪い取り、一度蓋を開けて容器を力一杯握り、彼女の顔面に噴射する。
その後すぐに蓋を閉め、部屋を出て母さんに渡した。

「勝手に持ってってごめん。はい」
「別にいいけど……あら?なんか減ってない?何にかけたのよ?」
「汚物を消毒しただけだよ」
「?」

母さんははてなを一つ残して去って行った。
俺も自分の部屋に戻る。

「……乙女の顔が……なんという事でしょう……」

カムリルは空を抱く様に両腕を広げて天に自分の不幸を僻んでいた。

「お前が乙女ならメスゴリラも乙女だな」
「私の女子力はゴリラ以下なのね……」

鏡見てこいと言いたいが、俺がやった事なので自重しておく。
今現在顔が酷いだけで女子力云々とは言ってないが、無いのも事実だろう。
こいつだし。

「まぁ、顔洗ってこいよ」
「私の顔をこんな風にした人が言って良いセリフじゃないっ!」
「泥で洗えな?」
「うわーいっ、さすが真和さん辛辣ぅ~」

何故か万歳をして顔が赤い奴は部屋を出て行った。
……俺のこれからの生活、どうなるんだ?
果てしなく不安だ……。










結局、昨日は寝るまでカムリルとくだらない話をしてしまった。
そのカムリルは部屋の主たる俺を差し置いてベッドで眠り、俺が朝食を食ってもう学校に行こうと言うのに、女とは思えない豪快ないびきをかいて眠っている。

「ぐぐぁ~~……ごぉおおお~~……」
「起きろ変態」
「グギ……痛っ!!?」

頭をひっぱたくとカムリルは跳ね起きる。
実は起きてたんじゃなかろうか。
結局俺に反応しなかったんならどっちでも良い事だが。

「学校行くぞ」
「え?私も?」
「お前を家に置いてたら何するかわかんねぇからな。来い」
「ほぇえ、真和からデートのお誘いだなんて……大胆なんだからっ」
「行き場所を豚肉製造業社に変更して、お前の肉を提供しに行っても良いんだぞ?」
「学校だーいすきっ!」

なんとも早い変わり身である。
しかし、学校か。
こいつを連れて行って、何もなければいいが……。



続く

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