異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

反芻

 空気が淀んでいる。いや、淀みこそが空気なのか?
 いや俺何言ってんの……。てかここどこだよ?

 周りの風景を名状するなら紫色の嵐、だろうか。景色全体が渦を巻いているように動いている。その中に時折光る稲妻にも似た光は一瞬世界を白くはするが、すぐに元のなんともいえない空間へと戻る。ちなみに暗いわけでは無い。かといって太陽があるわけではないのだが。
 その中を駆け抜けるのはおびただしい数の黒の物体。率直に気味が悪い。

 今自分はどこに立ち、何を見ているのか。到底理解しえない。そもそも肉体自体があることすら疑問符である。ただどう確認しようとあがいてもそれがあることを確認できないあたり、やっぱり無いのかもしれない。

「殺せ。殺らなければ殺られるぞ」

 世界がささやく。

「殺せ。殺らなければ殺られるぞ」

 反芻する。
 五月蠅い。黙れ。耳障りだ。これ以上何も言わないでくれ。もう――――





「分かったから」

 視界の先に見えたのはどこかの天井と窓から差し込む光。ここは騎士団が泊まる部屋だったか。どうやら朝になったらしい。
 あれ、そういえば今何言ったっけ俺? 分かったから……って何、何が分かったんだ?
 さし当たって重要な事でも無いはずだが、なんとなく気になったので考えてみる。

 確かあれだな、夢だ。夢で何かを見て何かを言われて……どんな夢だっけ。全然思い出せない。ただそんな良い感じの夢じゃなかった気がする。うーむ、何見たっけなぁ……。嵐……嵐……アイドル? アイドルの夢?
 思考の迷宮入りしそうになった時、ふと上半身の暖かな重みに気付いたので目を向けてみる。

 無防備な寝顔にはまだあどけなさは残るが、やはり人は変わるもので少しだけだが昔に比べて輪郭にキレが出てきた気がする。とは言えやっぱり美人よりも可愛い、という系統になるだろう。
 布団にしたたる琥珀色の髪の毛は少しくせ毛気味で、いつもの通りふわふわした感じだ。

 ……そういえばこいつってけっこういつもふわふわした感じだよな。もしかして髪の毛って人の心でも表してるんじゃないか?

 だとすれば俺の髪は……これと言って特色無いよな。なんの遺伝子なのか、ほんの少しのわずかだけ茶色の色素が混じってるが色とか関係ないしな。確かひいおじいちゃん辺りが外国人とか聞いた事がある。
 それはともかく何、俺ってなんの特色も無い人間なの? それもそれで悲しいんだけど……。少なくとも俺の思う自分の性格は……いやいや、あまりナイーブになるのはよくない。もう普通でいいじゃないか普通で! 結論は髪の毛と人間性は何の関係もない!

 何故かはかどるどうでもいい思考の末に、ふとこの場所にいる経緯にさし当たった。

「忍者か……」

 思い出した。夜、急に忍者が現れて、追って、応戦してきたそれをなんとか……しのいだか。その後ティミーが……そうか、今こうやって考えることができるのはティミーのおかげか。たぶん毒も治療とかしてくれたに違いない。しかもこの様子だとずっと俺に張り付いててくれたようだ。まぁ今は疲れてか寝てるみたいだけど。

 でもしかしなぁ、やっぱ毒は反則だと思う。なんというか毒入れたら流石に対応しきれない。おかげで大した手傷じゃなかったはずなのにかなり辛い思いをさせられた。

 ああ、でも戦術的には称賛に値するかもしれないな。戦いなんてやるかやられるかなわけだし。勝つためなら別段やり口がどうあれ否定すべきではないか……。
 まぁとりあえず、これからもし忍者と戦う事があれば刃一本一本に気を付ける。これに限るな。

「アキ?」

 戦いの反省をしていたところ、ふと声が聞こえてくる。と同時に身体のお腹辺りにあった重みが消失し、先ほどとは上の位置で目線が合った。

「お前が治してくれたんだよな? ありがとう」

 とりあえず上半身を起こし、まず言うべきことはこれだと礼を言うと、事もあろうか唐突にティミーが抱き着いてきた。

「良かったよ~」

 ちょ、急に何をこの子は! いやまじで、マジで色々やばいから。そういうのよくない! 心配してくれたのは分かったから!

「その、ティミー……?」
「あっ、ごめん……」

 察してくれと放った言葉だったが、どうやら気付いてくれたらしく、ティミーはさっと離れると頬を赤く染め、目を軽く泳がせた。
 そんな恥ずかしがるんだったら最初からやらないでね……ハハハ。

「よぉアキー! 起きたみたいだな!」

 乱暴に開け放たれた扉の向こうからハイリがつかつかと部屋に入ってくる。
 嬉しいのは嬉しいが、状況が状況だったのでどうにも素直に喜ぶことが出来ない。

「ったくよぉ、無茶しやがってこの野郎!」

 わしわしと頭を撫でてくるので視界がグラグラする。これもこれでなんか気恥ずかしいんだけど……。

「ティミーも心配してたんだぜ? なぁ?」
「あ、う、うん……」

 先の事があったからか、ティミーは声を詰まらせる。
 そろそろ引きずらないでほしいな! こっちもまた恥ずかしくなるじゃないか!

「まぁでも、その様子だと大丈夫そうだな」

 一呼吸を置き、すっとハイリがこちらに顔を近づけ耳元で囁いてくる。

「ティミーともあつ~い抱擁、交わしてたしな」
「なッ、てめ、掘り返すな、てか別にそんなんじゃないから!」

 何を言い出すかと思えばこの女! 第一俺から行ったわけじゃないしな!? あれはティミーが心配性すぎて思わず起こしてしまった……事故、そうだ事故だから!

「まったまたぁ、そうだな、一応もうすぐ会議あるけど、お前らがまだ二人でいたいっていうなら、俺がうまい事言っといてやるぜ?」

 今度はティミーにも聞こえる大きさで言いやがった。

「ッ……!?」

 顔を真っ赤にさせ声にならない叫びをあげるティミー。
 まじで年頃の少年少女にそういう事言うのよくないから。どこの勘違いお節介おじさんだよ! 至極迷惑極まりない......二回極まったけど気にするな?

「いや行くから。たぶん昨日の事だろ? だったら俺が一番接触してるんだから俺が行かないでどうすんだよ」

 とりあえずあまり反応すると調子に乗ると考え、内心荒れ狂いながらもポーカーフェイスでベッドから身を降ろし、そばにかけてあった騎士団のコートを羽織る。
 よ、よし身体も異常は無さそうだ。受けた傷もすっかり治っている。良好良好。

「ったくよぉ、つれねぇ奴だなぁ?」
「お前、なんとなくベルナルドさんに似てきたな」

 元々男口調だが、最近では特にベルナルドさんっぽくなってると思う。それも些細なレベルかもしれないが、せめてもの仕返しだ。

「おいおいやめろよ。仮にも親父はおっさんだぜ? まだまだ俺はうら若き乙女だってのに。それを言うならまだ先な!」
「年取ってりゃ似てていいのかよ……」

 想像以上に中の良い親子だ。普通なら通用しそうな皮肉もまったく通じない。俺も娘を持つならぜひハイリみたいな子がいいね。無論、感動の再開でいきなり斬りこむという点はいただけないけど。まぁそれに関してはベルナルドさんの自業自得でもあるか……。

「いやそれでもさっきの発言はもう相当おっさんだから」
「どこがだよー? 俺はただ弟分と妹分もとれるお前らのな……」
「言うな! てかいつ俺がお前の弟分になった?  まったくもう話にならん。こんな奴置いといて行くぞティミー」

 やれやれ、攻撃したつもりが逆に返り討ちに遭う所だった。危ない危ない。深追いは禁物だ何事も。

「あ、うん」

 ティミーは少し遅れて返事すると、こちらへ駆け寄ってくる。
 それを確認すると、後ろは振り返らず部屋の外へと出た。


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