異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

正体

 右方から刺突。軽く躱し、斬撃。続いて左方からの上段斬りに下段斬りでの対応。
 振り下ろされてきた刃はザラムソラスの剣線が両断し、さらには相手の首すらも斬り裂いた。
 同時、前方から複数の魔力弾。即座に火の壁を形成、併せて、ケオ・テンペスタの詠唱。紺色の廻旋が壁と共に前方の敵をを、穿うがつ。
 すぐさま踏み込み間合いを詰め、第二撃が繰り出される前に両側の魔術師兵をさばいた。

 何人が俺の手に消されたのだろうか。気付けばウィンクルム城の入口まで来ていた。
 頬についた返り血を指で拭い取り、石でできた坂道を駆けあがる。
 ウィンクルム王城は都市内で高台の位置にある。元々山だった場所を崩して平地にして建てられたと言われているが、本当のところは定かではない。

 走り続け、ようやく建物内へ続く門を発見した。開け放たれた門の前にはまたしても大勢の兵たちが俺の事を待ち構えているようだ。
 待つだけなんて、なんておつむの残念な奴らなんだろう。
 いったん足を止め、地面にザラムソラスを突き刺す。急に俺が進行を止めたせいか、兵達は顔を見合わせる。まったくもって隙だらけだな。

「フェルモストロヴィロス」

 唱えると、兵達の足元が光を帯びる。
 一瞬の間があって。
 螺旋する膨大な紺色の焔が顕現し、一瞬にして兵士たちを焼き尽くした。

「まとまってくれて助かったよ」

 敵に感謝しつつ、再びザラムソラスを手に取り敷地内に侵入する。石畳の広場の周りには右、左、正面と建物内に入るための扉が三つほどあったが、行く場所は決まっているので迷わず右方を選ぶとする。

 広場を進もうと一歩踏み出した。同時に何やら不穏な気配を第六感が察知する。
 踏み込み、軽く前傾体制になった刹那、背中にこれ以上の無い熱が縦に、ほとばしる。
 咄嗟に身体の反転と併せて、前方へ飛び退く。
 前を見やると、血が滴り妖美な紫色の光を帯びる刀剣が目に入った。恐らく魔力の込められた業物だ。
 少し遅れて、その姿を視認する。黒装束に身体を包み、首から上は白い妖狐のお面。平生通りならば黒装束に覆われているはず髪の毛は露出しており、その茶色の中、金色の線が一本存在感を示していた。
 やがて暗殺者はその妖狐を取り外しながら、言葉を発する。

「ねぇ、避けないでくれるー? 背骨引き裂けなかったじゃーん」

 斜めから見下すかのようにこちらへ視線を送る暗殺者。今まで感じていた疑惑が確信に変わった瞬間だった。
 研究所でこの暗殺者と戦った時、こいつはほんの一言、声を発した。
――――この剣きつい。
 その声はどうにも俺の知る人間にそっくりで、そいつはもう死んでいるはず・・・・・・・の人間だった。だからこそ俺はあの一言だけでは確信を持てなかったのだ。
 でも今は違う、チャラチャラした髪の毛に耳につく鬱陶しい声、そして舐め腐ったその視線。

「久しぶりだなファルク」
「久しぶりぃ? アキちん何回も僕と会ってるじゃーん、覚えてないのー? あ、もしかしてアキちん魔力多すぎて脳みそまで魔力になっちゃったー? 脳筋野郎と変わらないじゃん、きっもちわりぃ!」

 相変わらずべらべらうるさい野郎だ。
 でもよく考えればそうだよな。シノビがセキガン側だとして、バリクさんもまたセキガン側。つまりバリクさんとシノビは仲間だ。そしてあの時、残留魔力を確認し、この死体がファルクだと言ったのは他でも無いバリクさんだった。しかもあの死体はファルクの服こそ着ていても、首から上は無かった。

「でもあの演出は必要あったのかファルク?」

 ふと疑問が口をつく。
 あの死体がファルクじゃないとすれば他の誰かの物だ。恐らくシノビのうちの誰かだろう。つまり一人無駄な犠牲を出したという事になる。

「まぁ色々あるよねー? ミアちゃん捕まえられなかったあの雑魚共の見せしめにもなるしー? 僕も騎士団の中にずっといたらボロ出しちゃいそうだったしー? つーかあそこ堅苦しいから無理なんだよねぇ、だから抜けるための理由が欲しかったっていうか? いきなり消えても怪しまれるかもだしねー」

 なるほど、確かにミアが何者かに捕まえられて失踪すればあの時点で騎士団は汚名を着せられるだろう。うまくいけば三番隊だけではなく、三番隊に鉱脈調査へ何回も向かわせた騎士団全体の大きな汚点にもなり得る。この作戦が成功すればさらに楽に王都を陥落できたのかもしれない。
 でもそうだとして見せしめだからと言ってそんな事をするのか? 第一最後のはなんだ、完全に自分のためじゃないか。

「お前、仲間をなんだと」
「仲間ぁ!? きもっちわりぃ! アキちんそういうとこあるからほんっとキモイ! あんな奴らただの雑魚、張り合いの無い仕事が来れば押し付ける人形、楽するための道具! わかるぅ? ああでもそんなおめでた脳のアキちんに理解できるわけ無いかぁ!」

 俺の言葉を遮り、ファルクが吠える。その目に映るのは、狂気。

「おま……」
「あーもうしんどーい、アキちんと話すの飽ーきーたぁ。なれ合いとか鬱陶しいだけだからさぁ、とりあえずアキちんとっとと僕に殺されねー? 今なら一瞬で終わらせてあげるから? ね? ねぇ?」

 ファルクはニヤリと口元を歪めつつ、殺気の籠った眼でこちらを見やる。妖美に光る刀剣を逆手に構えた。

「レイズ」

 身体強化の詠唱と同時、ファルクがあっという間に俺との間合いを詰める。やっぱり、速い。
 滑るように繰り出される斬撃。すぐさまその刀剣を斬り裂くために上段斬り。が、俺の繰り出した斬撃はしのぎを這い、火花を散らすのみ。
 受け流されていた。いくらザラムソラスの切れ味が良くても刃にしっかりと当たらなければ斬れる者も斬れない。

 勢い余り、身体が前にのめる。背中ががら空きになった。横目、すぐ後ろを見れば、既にファルクが余裕そうに笑みを浮かべ刀剣を引き絞っている
 俺は軸を右足に、すぐさま身体を反転。すかさずザラムソラスを縦に構える。
 再度火花が散った。ファルクの刀剣はザラムソラスの側面を滑る。斬撃に重みは無かった。恐らく力任せに斬りこめば刀剣の方が折れると咄嗟に判断して軌道を変えたのだろう。ファルクの手に握られる薄紫に光る刀剣は、華麗に宙を舞っていた。

軽量リヘラ

 地属性土系統のファルク相手に接近戦はやっぱり分が悪すぎる。
 身体の軽量化、間合いをとるため後方に、飛躍。
 瞬く間にファルクとの距離が開いた。微量の安息と共に、先ほど背中につけられた傷の痛みを思い出す。

「もうアキちん逃げないでよぉ! せっかく即死させてあげようと思ったのにさぁ?」
「殺さないっていう選択肢が一番嬉しんだけどな」
「あっはー! 無理に決まってんじゃん! とっととくたばれ脳内お花畑のアーキちーん!」

 疾風の速さでファルクが詰め寄る。ほぼ一瞬だった。
 妖美に光る刀剣が俺の首元を狙う。咄嗟に頭を逸らし、直撃を防いだ。しかし安心したのも束の間、ファルクは素早く右手から左手に刀剣を移すと、第二撃。
 今度はザラムソラスでなんとか斬撃を受けきるも、留まることなく刀剣は俺に襲い掛かった。

 狡猾なまでの動きで刀剣を振るうファルクに翻弄される。曇り空の下、断続的に金属の擦れる音が耳に届く。一合、二合、三合、何合打ち合ったかは分からない、だが全て防戦一方なのは確かだ。もっとも、打ち合うというよりは打ち流されてると言う方が適切かもしれないが。

 背中の痛みが増してきた。
 剣術は確実にファルクの方が上、あるいは相性が悪すぎるか。どちらにせよこのままだとまずい。心臓の鼓動も早まって来た、息も上がって来た。魔力で少々の身体強化をしているとはいえ地属性土系統の身体強化には到底かなわない。さぁどうする。

「あっれー? アキちん疲れてきたんじゃないのー? とっとと楽になっちゃえばぁ?」
「生憎、俺は、往生際が……悪いんでな」

 剣戟の嵐の中、言葉を途切らしつつもなんとか言い返す。ただ笑みを返す余裕までは無かった。
 それに対してファルクの口元には相変わらず笑みが浮んでいる。まだまだ体力的に余裕らしい。まぁ地属性土系統の身体強化はスタミナも格段にアップさせるからな。
 しかしこうも連続で斬撃が続いてちゃ魔術を放つ暇も無い。かといってここでザラムソラスで反撃しても受け流されて自滅する気しかしない。

「ところで、お前は……なんで、セキガン側につくんだ?」

 だいたい察してはいるが、こちらの膨大な疲労を悟られないように声をかけてみる。

「そんなの決まってるじゃん? 僕たち暗殺部隊だよー? 金さえくれればなんだってするしー。だからアキちんもお金払ってくれれば味方になってあげるよー? まぁ、マルテルのおっさんがくれた額以上なんて用意できないと思うけどねぇ!」

 ザラムソラスと共に軽く弾かれる。すぐさま体制を立て直し襲い来る追撃をなんとか、凌いだ。
 やっぱりマルテルも噛んでいたのか。スーザンから聞いたバリクさんの話に虚偽は無いと言いきれなかったが、これで完全に確信を持てた。弥国きっての暗殺部隊、国家の影響力の凄まじい分家、怪術を使うチーター集団。改めて敵の強大さには恐れ入る。

「ちなみに……いくらくらい、払われたんだ?」
「そんな事までいう訳ないっしょ? アキちんはやっぱり脳魔だなぁ!」

 横薙ぎの斬撃に、とうとう足がもつれる。挙句に懐をがら空きにしてしまった。まずい。
 刀剣が俺の胸板を両断せんと、猛進。
 死の覚悟。同時、反射的にありたっけの魔力をザラムソラスに流し込んでいた。
 流し込まれた魔力はやがて、外へと超拡散する。辺りに烈風が巻き起こり、風圧が全身に覆いかぶさる。すぐそばまで差し迫っていた刀剣と共にファルクは後方へ飛び退いた。

 狙ったわけでは無かった。咄嗟にあがこうとした結果、がむしゃらに魔力を解き放った。ただそれだけだ。でも今回、どうやらその悪あがきは功を奏したらしい。

 魔力も力だ。そこに属性を付加させずとも、放てばある程度の圧力は生じる。通常の人間が無駄に魔力を外に放出すれば、自然回復が追いつかず魔力が無くなり、死ぬまでは行かずとも意識は飛ぶ。
 でもどうしてだか俺に至ってはその魔力量が半端じゃないらしい。一度にどれだけ解き放とうがまだまだ失くなる気配は、無い。

 ファルクとの間合いが開いた。好機。

 

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