異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~
紅き槍
「……さて」
スーザンがいなくなって話し相手もおらず暇になったので脱獄の方法を考えてみる。
魔力を押さえるためにつけられた枷。魔力で強化された鉄格子。ちなみに地下なので窓は無い。掘られたトイレには水の流れがあるものの、小人にでもならない限り水の流れる方に行くことはできないだろう。行けたとしてもばっちいから却下だけど。
落ちているアイテム、藁か何かで出来た枕、麻の敷物、朽ちた鎖の残骸。有用そうなものは無い。
持っているアイテム、メールタットで貰った町人変装装備。使い道が見当たらない。
やっぱ脱獄なんて無理か……せめてこの枷をどうにかできればなんとかなりそうなんだけどな。一回フル出力で魔力流し込みを試みてみようか。さっきちょっと流そうとした時はこの枷に封じられたけど、ありったけ注ぎ込めば案外いけるかもしれない。
とにかく右手に魔力を集中させてみる。体内で流れる魔力を感じる暖かみを感じる。それを一点、右手に集約するようなイメージを極めて激しく、勢いよく。
右手に震え。いや違う、震えているのは枷だ。
魔力の流し込みをやめてみると、その振動は収まる。
「落ち着け俺……」
これ壊せるんじゃないの? だってまだフルじゃないよこれ。
再度先ほどと同じように魔力を流し込んでみる。やはり半分くらい注ぎ込めたかなというところで枷が小刻みに震えだした。
「よしとりあえず待て」
これ壊せるだろ絶対。でもまだ駄目だ、もしも壊れたのが衛兵に見つかりでもしたらもっと強力な枷とか用意されちゃうかもしれない。実行するなら衛兵がなんらかの隙を見せた時だ。入れ替わりの時短い時間だけどいなくなったはずだからその時一気に決めるか……。あるいは他に機会があればそこを待つか。とにもかくにも希望が見えてきたぞ。
しばらく静かな時間が流れる。虎視眈々、何らかの隙があれば脱獄。キアラの位置は恐らく壁隔てた向こう側。
突如、鉄の扉が開いた。顔を覗かせたのは扉を見張っている人とは別の騎士団員の人だった。
「ちょ、聞けよ」
「今は職務中だぞ」
「んな固い事気にすんなって。それより大変な情報を聞いちまったんだ」
声のでかい男だ。いやただ単に地下だから音が響いてるだけかもしれない。
いやそんな事より大変な情報って言ったな? 一体どんな情報なんだろう。
「大変な情報ってお前、ここがどこか……」
見張っていた方の団員の視線がこちらに向くので慌てて寝たふりでもしておく。
ここまで聞いてお預けはごめんだ。
「寝てるんだろ? 別にいいじゃねえか。それに、もし聞かれてても魔封じの枷がつけられてんだから何もできやしないさ」
ごめん、たぶんそれ壊せるよ……。
「まぁ、それもそうか。とりあえず聞かせろよ」
見張りの男も退屈してたのだろう、意外とあっさり後から来た人の話を聞く意思を見せる。
「それがな……」
しばしの沈黙。もったいぶらないでとっとと話してほしい。
もやもやしていると、その男はゆっくりと口を開いた。
「ミアお嬢様分かるだろ? どうにも隣国へ奴隷として売り出されるらしい。なにも国民に対する見せつけだとか。明後日には大々的にダスクレーステに送り出されるそうだ。そこから隣国への直通らしい」
「……ッ!」
危ない、思わず声を出してしまいそうだった。
にしてもミアが奴隷? あり得ない、ばかげている。
「おいおいそれまずいんじゃないのか。今すぐにでもかりだされんじゃないの俺ら」
「いや、それは無さそうだ」
なんだと? 騎士団は動かないって事か? 自分の当主の娘が大変な目に遭おうとしてるのに。
なめている。それでもお前らは栄えあるウィンクルム騎士団か。
「なんで動かないんだよ?」
「ああ、副団長が決定した。罠かもしれないからだそうだ」
「おいふざけん……!!」
気付いたら声が出ていた。同時、何やら鼓膜を破らんばかりの甲高い音が耳を貫く。
「なッ!」
驚いたような声はどうやら鉄扉の向こう側かららしい。
何か軽い物が勢いよく倒れる音と共に、隙間からかすかに漏れていた橙色の光が消え去った。
「どうした!」
先ほど話していた男が声を荒げると同時、激しい轟音が心臓を揺らす。
すかさず鉄の扉をあけ放った刹那、二人の男は紅の奔流と共に倒れ伏した。
扉の向こう、佇む影。妖美に光る紅い槍が目に飛び込むと、即座にその影は姿を消した。
「まずい……」
こうしちゃいられない、騎士団全員が危ないかもしれない。
魔力の収束。高速に循環させ一気に右手へと、流入。ガラス細工が砕ける音共に手首の枷は屑となった。同様にすべての枷を外すと、前方の鉄格子に視線を移し、手を向ける。
「頼むぞ……ケオ・テンペスタ!」
右手からは旋回する紺色の焔が出現。太い熱戦のように放たれるそれは施錠を消し飛ばす。
「よし」
焦燥感に押し出されるがままに扉を蹴倒し、開きっぱなしの鉄扉の向こうへと疾駆する。
扉の中は小さな部屋になっていた。ランプで中は照らされていたらしい。地面には赤黒い液体を流す団員三名が倒れていた。恐ろしい事に堅牢であるはずの鎧は容易く破られたようだ。
無駄とはわかりつつも、もう一つあった開けっ放しの鉄扉の向こう側を見てみる。
俺がいたところと同じように鉄格子の空間が四つ、そのうち一つは無残に砕け散っていた。
部屋を最後まで見渡すと、隅に俺の剣ザムラソラスとキアラが用いていた黄金色の槍が立てかけられている。
ザラムソラスを手に取り、黄金色の槍を背中に背負うと、螺旋階段を駆け上った。
やけに長い階段を上り終えると、大理石が埋め込まれた廊下に出た。身の丈はある窓からは月明かりが差し込んでいる。
あの地下は直接地上にはつながっておらず、一度城を三階まで上がらなくてはいけない。理由は単純に防犯。もし罪人が逃げた時、城内ならばすぐに捕まえることが出来るからとの事だ。
それで目隠しをされて牢屋に入れられたからな……。どこに行けばいいのかさっぱりだ。前方には早速分かれ道。
とりあえず突き当たりまで向かうと、途中、赤い点を見つけることが出来た。
「血か……」
あの騎士団たちをやった時の物かもしれない。とりあえずこの跡をつけるしかないな。
影の足が速いせいか、血痕と血痕の感覚はかなり広く、見落とさないように注意を払いながらも廊下を走った。やがて、角を左に曲がったところから声が聞こえてきた。
「脱獄者だ! こうなれば生死は問わん、向かい討て!」
声の聞こえる方への疾走。角を曲がると、騎士団三名と紅い槍を持ったキアラが対峙する光景が目に飛び込む。
「レイズ!」
確か地属性土系統、身体能力の全てを上昇する魔術。
先手を打ったのは騎士団員だ。一気に間合いを詰め、上段斬り。天から迫る刃に向かい、キアラは槍を薙ぐ。
瞬間、俺の傍を煌めく何かが通過した。
咄嗟に振り向く。刃だった。騎士団の真っ二つに折られた剣の半身が壁に突き刺さっている。もし軌道がずれていたら俺は死んでいただろう。
再度前を見やると、キアラは槍を振りかざしているところだった。騎士団員と言えば剣が容易く折られたからか、信じられないと言った表情で立ち尽くしている。後ろの二名も呆気にとられるばかりで期待できそうにない。
じわりと嫌な水分が背中に覆いかぶさった。
「やめろキアラ!」
地を思い切り蹴り上げる。同じ騎士団員が殺されるのを呆然と見ているわけにはいかないし、何よりキアラに人を殺させたくない。これ以上は。
「この……ッ!」
自然と声が漏れつつ大理石の上を滑走し、両者の間に割り込む。同時に、紅の剣線が縦に迸った。
すかさずザラムソラスで迎撃。手の痺れと共に聞こえる甲高い音は耳鳴りが起きたのかと錯覚させる。
刹那の膠着。金属と金属と擦れる音だけが断続的に発せられている。想像以上に、重い。そして何より、キアラの紅い槍はザラムソラスの刃を直に受けたにもかかわらず、斬り裂かれないで原型を保っている。
「くっ」
キアラはこの状態では埒が明かないと判断したか、後方に飛び退く。
こちらを一瞥すると、突如、窓に向かって槍を薙いだ。氷細工の割れるような音が響く。
「ミアを助けなきゃ」
キアラは無表情にそれだけ言うと、事もあろうか窓の外の闇の中へ身を投げた。ここは三階の高さはあるというのに、だ。
「おい!」
咄嗟に駆け寄るも、ついに闇の中にキアラの姿を見つけることは出来なかった。
スーザンがいなくなって話し相手もおらず暇になったので脱獄の方法を考えてみる。
魔力を押さえるためにつけられた枷。魔力で強化された鉄格子。ちなみに地下なので窓は無い。掘られたトイレには水の流れがあるものの、小人にでもならない限り水の流れる方に行くことはできないだろう。行けたとしてもばっちいから却下だけど。
落ちているアイテム、藁か何かで出来た枕、麻の敷物、朽ちた鎖の残骸。有用そうなものは無い。
持っているアイテム、メールタットで貰った町人変装装備。使い道が見当たらない。
やっぱ脱獄なんて無理か……せめてこの枷をどうにかできればなんとかなりそうなんだけどな。一回フル出力で魔力流し込みを試みてみようか。さっきちょっと流そうとした時はこの枷に封じられたけど、ありったけ注ぎ込めば案外いけるかもしれない。
とにかく右手に魔力を集中させてみる。体内で流れる魔力を感じる暖かみを感じる。それを一点、右手に集約するようなイメージを極めて激しく、勢いよく。
右手に震え。いや違う、震えているのは枷だ。
魔力の流し込みをやめてみると、その振動は収まる。
「落ち着け俺……」
これ壊せるんじゃないの? だってまだフルじゃないよこれ。
再度先ほどと同じように魔力を流し込んでみる。やはり半分くらい注ぎ込めたかなというところで枷が小刻みに震えだした。
「よしとりあえず待て」
これ壊せるだろ絶対。でもまだ駄目だ、もしも壊れたのが衛兵に見つかりでもしたらもっと強力な枷とか用意されちゃうかもしれない。実行するなら衛兵がなんらかの隙を見せた時だ。入れ替わりの時短い時間だけどいなくなったはずだからその時一気に決めるか……。あるいは他に機会があればそこを待つか。とにもかくにも希望が見えてきたぞ。
しばらく静かな時間が流れる。虎視眈々、何らかの隙があれば脱獄。キアラの位置は恐らく壁隔てた向こう側。
突如、鉄の扉が開いた。顔を覗かせたのは扉を見張っている人とは別の騎士団員の人だった。
「ちょ、聞けよ」
「今は職務中だぞ」
「んな固い事気にすんなって。それより大変な情報を聞いちまったんだ」
声のでかい男だ。いやただ単に地下だから音が響いてるだけかもしれない。
いやそんな事より大変な情報って言ったな? 一体どんな情報なんだろう。
「大変な情報ってお前、ここがどこか……」
見張っていた方の団員の視線がこちらに向くので慌てて寝たふりでもしておく。
ここまで聞いてお預けはごめんだ。
「寝てるんだろ? 別にいいじゃねえか。それに、もし聞かれてても魔封じの枷がつけられてんだから何もできやしないさ」
ごめん、たぶんそれ壊せるよ……。
「まぁ、それもそうか。とりあえず聞かせろよ」
見張りの男も退屈してたのだろう、意外とあっさり後から来た人の話を聞く意思を見せる。
「それがな……」
しばしの沈黙。もったいぶらないでとっとと話してほしい。
もやもやしていると、その男はゆっくりと口を開いた。
「ミアお嬢様分かるだろ? どうにも隣国へ奴隷として売り出されるらしい。なにも国民に対する見せつけだとか。明後日には大々的にダスクレーステに送り出されるそうだ。そこから隣国への直通らしい」
「……ッ!」
危ない、思わず声を出してしまいそうだった。
にしてもミアが奴隷? あり得ない、ばかげている。
「おいおいそれまずいんじゃないのか。今すぐにでもかりだされんじゃないの俺ら」
「いや、それは無さそうだ」
なんだと? 騎士団は動かないって事か? 自分の当主の娘が大変な目に遭おうとしてるのに。
なめている。それでもお前らは栄えあるウィンクルム騎士団か。
「なんで動かないんだよ?」
「ああ、副団長が決定した。罠かもしれないからだそうだ」
「おいふざけん……!!」
気付いたら声が出ていた。同時、何やら鼓膜を破らんばかりの甲高い音が耳を貫く。
「なッ!」
驚いたような声はどうやら鉄扉の向こう側かららしい。
何か軽い物が勢いよく倒れる音と共に、隙間からかすかに漏れていた橙色の光が消え去った。
「どうした!」
先ほど話していた男が声を荒げると同時、激しい轟音が心臓を揺らす。
すかさず鉄の扉をあけ放った刹那、二人の男は紅の奔流と共に倒れ伏した。
扉の向こう、佇む影。妖美に光る紅い槍が目に飛び込むと、即座にその影は姿を消した。
「まずい……」
こうしちゃいられない、騎士団全員が危ないかもしれない。
魔力の収束。高速に循環させ一気に右手へと、流入。ガラス細工が砕ける音共に手首の枷は屑となった。同様にすべての枷を外すと、前方の鉄格子に視線を移し、手を向ける。
「頼むぞ……ケオ・テンペスタ!」
右手からは旋回する紺色の焔が出現。太い熱戦のように放たれるそれは施錠を消し飛ばす。
「よし」
焦燥感に押し出されるがままに扉を蹴倒し、開きっぱなしの鉄扉の向こうへと疾駆する。
扉の中は小さな部屋になっていた。ランプで中は照らされていたらしい。地面には赤黒い液体を流す団員三名が倒れていた。恐ろしい事に堅牢であるはずの鎧は容易く破られたようだ。
無駄とはわかりつつも、もう一つあった開けっ放しの鉄扉の向こう側を見てみる。
俺がいたところと同じように鉄格子の空間が四つ、そのうち一つは無残に砕け散っていた。
部屋を最後まで見渡すと、隅に俺の剣ザムラソラスとキアラが用いていた黄金色の槍が立てかけられている。
ザラムソラスを手に取り、黄金色の槍を背中に背負うと、螺旋階段を駆け上った。
やけに長い階段を上り終えると、大理石が埋め込まれた廊下に出た。身の丈はある窓からは月明かりが差し込んでいる。
あの地下は直接地上にはつながっておらず、一度城を三階まで上がらなくてはいけない。理由は単純に防犯。もし罪人が逃げた時、城内ならばすぐに捕まえることが出来るからとの事だ。
それで目隠しをされて牢屋に入れられたからな……。どこに行けばいいのかさっぱりだ。前方には早速分かれ道。
とりあえず突き当たりまで向かうと、途中、赤い点を見つけることが出来た。
「血か……」
あの騎士団たちをやった時の物かもしれない。とりあえずこの跡をつけるしかないな。
影の足が速いせいか、血痕と血痕の感覚はかなり広く、見落とさないように注意を払いながらも廊下を走った。やがて、角を左に曲がったところから声が聞こえてきた。
「脱獄者だ! こうなれば生死は問わん、向かい討て!」
声の聞こえる方への疾走。角を曲がると、騎士団三名と紅い槍を持ったキアラが対峙する光景が目に飛び込む。
「レイズ!」
確か地属性土系統、身体能力の全てを上昇する魔術。
先手を打ったのは騎士団員だ。一気に間合いを詰め、上段斬り。天から迫る刃に向かい、キアラは槍を薙ぐ。
瞬間、俺の傍を煌めく何かが通過した。
咄嗟に振り向く。刃だった。騎士団の真っ二つに折られた剣の半身が壁に突き刺さっている。もし軌道がずれていたら俺は死んでいただろう。
再度前を見やると、キアラは槍を振りかざしているところだった。騎士団員と言えば剣が容易く折られたからか、信じられないと言った表情で立ち尽くしている。後ろの二名も呆気にとられるばかりで期待できそうにない。
じわりと嫌な水分が背中に覆いかぶさった。
「やめろキアラ!」
地を思い切り蹴り上げる。同じ騎士団員が殺されるのを呆然と見ているわけにはいかないし、何よりキアラに人を殺させたくない。これ以上は。
「この……ッ!」
自然と声が漏れつつ大理石の上を滑走し、両者の間に割り込む。同時に、紅の剣線が縦に迸った。
すかさずザラムソラスで迎撃。手の痺れと共に聞こえる甲高い音は耳鳴りが起きたのかと錯覚させる。
刹那の膠着。金属と金属と擦れる音だけが断続的に発せられている。想像以上に、重い。そして何より、キアラの紅い槍はザラムソラスの刃を直に受けたにもかかわらず、斬り裂かれないで原型を保っている。
「くっ」
キアラはこの状態では埒が明かないと判断したか、後方に飛び退く。
こちらを一瞥すると、突如、窓に向かって槍を薙いだ。氷細工の割れるような音が響く。
「ミアを助けなきゃ」
キアラは無表情にそれだけ言うと、事もあろうか窓の外の闇の中へ身を投げた。ここは三階の高さはあるというのに、だ。
「おい!」
咄嗟に駆け寄るも、ついに闇の中にキアラの姿を見つけることは出来なかった。
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