異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~
窮地
いざとなったらあれを使ってティミーを逃がすか……。最悪の場合、適当な理由を付けて村に送り返そう。
森を駆け抜けながら片方のポケットを探り、王都に着いたらどうするべきかと考えていく。
裏門から進んだ方がいいか、それとも正門から入っていくべきか。ただスーザンが担当していたのはバリク班だから正門か……ただその場に留まり続けているかと聞かれれば最悪の場合ではない限りあり得ない。ただ今の状況は十分に最悪の場合を考えられる。となるとやっぱり正門か……。
ふとティミーの方を見る。少し息苦しそうだが懸命に走っている。
……やっぱり泣いた顔なんか見たくないよな。
改めて心づもりし、視線を移動すると、向こう側に影が佇んでるのを発見した。
「ティミー」
ひと声かけて動きを制する。
「え?」
「何かいる」
ティミーと共に身体を伏せ、草の間からそっと覗いてみる。
既に陽は傾いてきているうえに、不帰の森は靄がかかっているのでよく見えないものの、影が移動する気配はない。
しばらく目を凝らしていると心地の良い音が耳に届く。
楽器だ。
「これは……リュートか?」
やがて、その影はどこかへと姿を消した。
少しの間その場所を見つめていると、どこからか慌ただしい足音が聞こえる。
どうやらこちらに近づいてきてるらしい。追ってか?
「走るぞ」
「う、うん」
ティミーも異変に気付いたか機敏な動作で立ち上がってくれる。
敵はシノビか、魔物か……どちらにせよこんな所で時間を食ってる暇はない。一刻も早くこの森から出ないと。
とにかく森を突っ切る。
時々根が足元に絡んでくるもなんとか体制を立て直し、枝がむき出しの頬に引っかかり軽い切り傷をつけるも無視し、ひたすら走る。
どれくらい走ったか、前方に人影。
「そこであったかァ!」
人影は図太い声を上げる。
「まずい、左だティミー」
すぐさま足を止め別方向に走ろうと試みるが、靄の中に見てしまった。
その顔の辺りから碧い光が発せられたのを。
瞬間、世界が激しく揺らめく。森の木々がが幾重にも重なって見える。この怪術は『乱』だ。学院の時経験したのと同じだ。
咄嗟にティミーを見やるが、うまい事その光が目に入らなかったようで、しっかりと地面に足がついているようだ。
すぐさま方向転換を試みる。しかし怪術のせいで走るどころではなく無様に地面に転んでしまった。
「アキ!」
少し先を行ったティミーが戻って来る。
先ほどの人影は姿が見える所までやってきていた。やはり学院の時と同じ怪術師だ。
「覚悟せい!」
巨大な拳が振り上げられる。
「ウノスゾイレ!」
咄嗟に魔術の行使。俺達を中心としたおおよそ半径一メートルの位置には余すことなく火柱が立ち昇り、火で囲まれる状態となった。継続時間およそ十秒。この間なら近づいけないし、光を見せられることは無いはずだ。
すぐさまポケットからハルさんの所で購入した欠損転移石を取り出す。疎通石を探した時にたまたまある事に気付いた物だ。いざとなればこれでティミーを村に返そうと考えてた。
 
   まさかこうも早く使う場面に遭遇するとは。欠損品で少し不安だけどここはもう賭けるしかない。
「ティミー、ディーベス村のヘレナさんはどうしてると思う?」
「え、何言ってるのアキ!?」
「いいから早く!」
「え、お、お庭の手入れかな……」
今だ。
ティミーに展開した転移石を握らせる。
転移石の使用方法は魔力を流し込んだ後にその場所を思い浮かべればいい。今の会話でティミーの頭にはディーベス村の風景が映し出されたはずだ。
「アキ待って!」
ティミーも状況を察したようだ。でも既に転移は始まってる。
「俺の事は心配するなよ」
ひと声だけかけると、まばゆい光が目の前を覆う。光が消滅するとそこにティミーの姿は無かった。
転移成功。これで今頃ティミーはディーベス村に着いているだろう。怪術師はタチが悪すぎる。守り切る自信が無かった。
間もなく、展開していた火柱が消えた。
「マジかよ……」
ティミー逃がしといて良かったよ本当に。
周りを見れば黒ローブの人間――怪術師数名に囲まれていた。視界が歪んでいて詳しい人数を把握しきれない。
「む? もう一人は何処かな?」
そのうち、先ほど拳を掲げてきたがたいの良い『乱』の怪術師が声を発する。名前は確かテツ。
「リーダーはこれさえ殺せばいいと言っていた。さっきのに加えてまだもう一人もいないけれど、問題ない」
続いて口を開いたのは少女のようだ。恐らく学院の寮前でも一度会っている。名前は確かヒカル。身のこなしが非常に軽やかだったのを覚えてる。何の怪術かは分からない。
「ま、ちゃっちゃと始末しようぜ。悪いなアキヒサ。お前はちょっとばかし強すぎるんだ」
これはヒスケか。俺に話しかけてるらしい。俺が強すぎる? いったい誰がそんな事言ったんだか。
はぁ、やれやれ、こいつら悠長に話なんかしやがって余裕だな。
怪術、解けちゃっただろ? 敵は三人か。
「フェルドディステーザ!」
俺を中心に紺色の焔が四方へ飛散。怪術師達が各々飛び退いた。
起き上がりすかさず疾走。
「おいテツ! なんで普通に走れてんだよあれ!」
「すまん、靄のせいで威力が弱くなっていたようだ!」
「馬鹿かよ!」
「いいから追って」
後方で話し声が聞こえる。随分と間抜けな奴で良かった。
……でもまだ安心はできなさそうだ。後方、奴らが追ってくる気配を感じる。後ろを向いたら確実に負けだなこれは。
しかしどうするか……。スタミナは無限じゃない。いつかは切れる。魔力を体の中で循環させれば土系統魔術程じゃないとも、少しは身体能力を上昇できる。でもそれはたぶん奴らも同じ。せめてフェルドフルークが使えればいいけどあれは発動までに少し時間がかかる。止まってる暇はない。
「状況は依然厳しいか……」
森を駆け抜け思考する中、突如、何かが横切る。前方、人影が立ちはだかるのが目に映った。
恐らくあの三人のうちの誰かだ!
「クッソ」
碧光。またもや視界が揺らぎだした。
――――はぁ、いきなり前に現れるとかそれどこのチート?
平衡感覚を失い身体が制御しきれない。今自分がどうなってるかも見当がつかない。浮いてるのか、それともまだ地面に足がついてるのか。でもたぶん盛大に転んでいるところなんだろう。もう無理か。
「グラス・ヒュメ」
誰かが魔術を詠唱した。逃亡者には一秒たりとも猶予は与えないという事か。まぁ、妥当だな。
時間がスロー再生された錯覚に陥る。死を覚悟したからかもしれない。
しかし覚悟とは裏腹に、一向に痛みはやってこなかった。それどころか何かに優しく包まれた気がする。
誰かが、俺を受け止めたのか?
「何奴!」
助けだろうか? 『乱』の怪術師テツが叫ぶ声が聞こえる。
揺れる視界の中、なんとか上を見上げてみた。
白いローブのようだ。白いローブの誰かが俺を腰に抱えて走っているらしい。
やがて、景色が暗転した。どこか暗闇に入ったようだ。なるほど、これは本格的に冥界に連れていかれてるみたいだ。さしずめこの白ローブは天使と言った所か……いや悪魔かもしれない。まぁどっちもでいいか。
「グラスクリフ!」
またしても魔術の詠唱。唯一見えていた一筋の光が格段に弱まる。まるで穴が塞がれたかのようだ。
いや実際に塞がれたのか?
「怪術は!」
「え」
白ローブが俺に話しかけてるらしい。この声はどうしようもなく聞き覚えがあった。
「だから怪術はまだ解けてない!?」
「まだ、だけど」
「じゃあしばらく抱えたまま走るねっ」
初対面のはずなのに敬語が外れたのはたぶん初対面じゃないから、そして何よりこの白ローブは俺の親友だったから。
「ま、まさか……あかりか?」
「ふっふーん」
間違いない。この明るい声、調子。視界がぐらついてはっきりと視認できないものの、どうやら持っている武器は槍のようだ。
「ま、この世界ではキアラだけどねっ」
やがて目の前に一筋の光が差した。
森を駆け抜けながら片方のポケットを探り、王都に着いたらどうするべきかと考えていく。
裏門から進んだ方がいいか、それとも正門から入っていくべきか。ただスーザンが担当していたのはバリク班だから正門か……ただその場に留まり続けているかと聞かれれば最悪の場合ではない限りあり得ない。ただ今の状況は十分に最悪の場合を考えられる。となるとやっぱり正門か……。
ふとティミーの方を見る。少し息苦しそうだが懸命に走っている。
……やっぱり泣いた顔なんか見たくないよな。
改めて心づもりし、視線を移動すると、向こう側に影が佇んでるのを発見した。
「ティミー」
ひと声かけて動きを制する。
「え?」
「何かいる」
ティミーと共に身体を伏せ、草の間からそっと覗いてみる。
既に陽は傾いてきているうえに、不帰の森は靄がかかっているのでよく見えないものの、影が移動する気配はない。
しばらく目を凝らしていると心地の良い音が耳に届く。
楽器だ。
「これは……リュートか?」
やがて、その影はどこかへと姿を消した。
少しの間その場所を見つめていると、どこからか慌ただしい足音が聞こえる。
どうやらこちらに近づいてきてるらしい。追ってか?
「走るぞ」
「う、うん」
ティミーも異変に気付いたか機敏な動作で立ち上がってくれる。
敵はシノビか、魔物か……どちらにせよこんな所で時間を食ってる暇はない。一刻も早くこの森から出ないと。
とにかく森を突っ切る。
時々根が足元に絡んでくるもなんとか体制を立て直し、枝がむき出しの頬に引っかかり軽い切り傷をつけるも無視し、ひたすら走る。
どれくらい走ったか、前方に人影。
「そこであったかァ!」
人影は図太い声を上げる。
「まずい、左だティミー」
すぐさま足を止め別方向に走ろうと試みるが、靄の中に見てしまった。
その顔の辺りから碧い光が発せられたのを。
瞬間、世界が激しく揺らめく。森の木々がが幾重にも重なって見える。この怪術は『乱』だ。学院の時経験したのと同じだ。
咄嗟にティミーを見やるが、うまい事その光が目に入らなかったようで、しっかりと地面に足がついているようだ。
すぐさま方向転換を試みる。しかし怪術のせいで走るどころではなく無様に地面に転んでしまった。
「アキ!」
少し先を行ったティミーが戻って来る。
先ほどの人影は姿が見える所までやってきていた。やはり学院の時と同じ怪術師だ。
「覚悟せい!」
巨大な拳が振り上げられる。
「ウノスゾイレ!」
咄嗟に魔術の行使。俺達を中心としたおおよそ半径一メートルの位置には余すことなく火柱が立ち昇り、火で囲まれる状態となった。継続時間およそ十秒。この間なら近づいけないし、光を見せられることは無いはずだ。
すぐさまポケットからハルさんの所で購入した欠損転移石を取り出す。疎通石を探した時にたまたまある事に気付いた物だ。いざとなればこれでティミーを村に返そうと考えてた。
 
   まさかこうも早く使う場面に遭遇するとは。欠損品で少し不安だけどここはもう賭けるしかない。
「ティミー、ディーベス村のヘレナさんはどうしてると思う?」
「え、何言ってるのアキ!?」
「いいから早く!」
「え、お、お庭の手入れかな……」
今だ。
ティミーに展開した転移石を握らせる。
転移石の使用方法は魔力を流し込んだ後にその場所を思い浮かべればいい。今の会話でティミーの頭にはディーベス村の風景が映し出されたはずだ。
「アキ待って!」
ティミーも状況を察したようだ。でも既に転移は始まってる。
「俺の事は心配するなよ」
ひと声だけかけると、まばゆい光が目の前を覆う。光が消滅するとそこにティミーの姿は無かった。
転移成功。これで今頃ティミーはディーベス村に着いているだろう。怪術師はタチが悪すぎる。守り切る自信が無かった。
間もなく、展開していた火柱が消えた。
「マジかよ……」
ティミー逃がしといて良かったよ本当に。
周りを見れば黒ローブの人間――怪術師数名に囲まれていた。視界が歪んでいて詳しい人数を把握しきれない。
「む? もう一人は何処かな?」
そのうち、先ほど拳を掲げてきたがたいの良い『乱』の怪術師が声を発する。名前は確かテツ。
「リーダーはこれさえ殺せばいいと言っていた。さっきのに加えてまだもう一人もいないけれど、問題ない」
続いて口を開いたのは少女のようだ。恐らく学院の寮前でも一度会っている。名前は確かヒカル。身のこなしが非常に軽やかだったのを覚えてる。何の怪術かは分からない。
「ま、ちゃっちゃと始末しようぜ。悪いなアキヒサ。お前はちょっとばかし強すぎるんだ」
これはヒスケか。俺に話しかけてるらしい。俺が強すぎる? いったい誰がそんな事言ったんだか。
はぁ、やれやれ、こいつら悠長に話なんかしやがって余裕だな。
怪術、解けちゃっただろ? 敵は三人か。
「フェルドディステーザ!」
俺を中心に紺色の焔が四方へ飛散。怪術師達が各々飛び退いた。
起き上がりすかさず疾走。
「おいテツ! なんで普通に走れてんだよあれ!」
「すまん、靄のせいで威力が弱くなっていたようだ!」
「馬鹿かよ!」
「いいから追って」
後方で話し声が聞こえる。随分と間抜けな奴で良かった。
……でもまだ安心はできなさそうだ。後方、奴らが追ってくる気配を感じる。後ろを向いたら確実に負けだなこれは。
しかしどうするか……。スタミナは無限じゃない。いつかは切れる。魔力を体の中で循環させれば土系統魔術程じゃないとも、少しは身体能力を上昇できる。でもそれはたぶん奴らも同じ。せめてフェルドフルークが使えればいいけどあれは発動までに少し時間がかかる。止まってる暇はない。
「状況は依然厳しいか……」
森を駆け抜け思考する中、突如、何かが横切る。前方、人影が立ちはだかるのが目に映った。
恐らくあの三人のうちの誰かだ!
「クッソ」
碧光。またもや視界が揺らぎだした。
――――はぁ、いきなり前に現れるとかそれどこのチート?
平衡感覚を失い身体が制御しきれない。今自分がどうなってるかも見当がつかない。浮いてるのか、それともまだ地面に足がついてるのか。でもたぶん盛大に転んでいるところなんだろう。もう無理か。
「グラス・ヒュメ」
誰かが魔術を詠唱した。逃亡者には一秒たりとも猶予は与えないという事か。まぁ、妥当だな。
時間がスロー再生された錯覚に陥る。死を覚悟したからかもしれない。
しかし覚悟とは裏腹に、一向に痛みはやってこなかった。それどころか何かに優しく包まれた気がする。
誰かが、俺を受け止めたのか?
「何奴!」
助けだろうか? 『乱』の怪術師テツが叫ぶ声が聞こえる。
揺れる視界の中、なんとか上を見上げてみた。
白いローブのようだ。白いローブの誰かが俺を腰に抱えて走っているらしい。
やがて、景色が暗転した。どこか暗闇に入ったようだ。なるほど、これは本格的に冥界に連れていかれてるみたいだ。さしずめこの白ローブは天使と言った所か……いや悪魔かもしれない。まぁどっちもでいいか。
「グラスクリフ!」
またしても魔術の詠唱。唯一見えていた一筋の光が格段に弱まる。まるで穴が塞がれたかのようだ。
いや実際に塞がれたのか?
「怪術は!」
「え」
白ローブが俺に話しかけてるらしい。この声はどうしようもなく聞き覚えがあった。
「だから怪術はまだ解けてない!?」
「まだ、だけど」
「じゃあしばらく抱えたまま走るねっ」
初対面のはずなのに敬語が外れたのはたぶん初対面じゃないから、そして何よりこの白ローブは俺の親友だったから。
「ま、まさか……あかりか?」
「ふっふーん」
間違いない。この明るい声、調子。視界がぐらついてはっきりと視認できないものの、どうやら持っている武器は槍のようだ。
「ま、この世界ではキアラだけどねっ」
やがて目の前に一筋の光が差した。
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